岩手県立博物館

岩手山を望める丘のミュージアム

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展示室のご案内

2階

総合展示室

庶民のくらし[民俗分野]

 「家のくらし」「働く人びと」「まつりと芸能」の3つに分けて岩手の人びとのくらしを紹介します。

家のくらし

 雫石地方のジョウイ(常居)とダイドコロを舞台に、正月を中心とした昔のくらしを再現しています。ジョウイにはいろりがあり、ここで食事のための煮炊きや暖をとったり、軽作業(夜なべ)をしました。小正月にはオカザリを飾りました。みずきに米、粟、繭などに見立てた餅を飾り、たわわに実ったようすを表して、豊作を祈りました。これを予祝といいます。
 三陸沿岸の小正月には鬼のような異形の面をかぶったスネカがやってきます。怠けものを懲らしめるとともに福をもたらすといわれています。場所によってはナモミ・ナゴミともいわれています。
 家の中にはさまざまな神さまがまつられていました。オシラサマは代表的な家の神さまで、目の神さま、養蚕の神さまともいわれています。まいりのほとけは10月の決められた日に掛軸などを拝み、先祖の供養をするものです。

働く人びと

 農村、漁村、山村にわけて生業を紹介しています。
 農村では北上川流域の稲作で、特に収穫の用具と儀礼を取り上げています。千歯扱き、足踏み脱穀機、唐箕といった教科書に出てくる道具を実物で見ることができます。また、残った稲わらは縄や俵のほか、ツマゴやワラジ、ミノ・ケラといった衣類にも利用されました。
 漁村では三陸沿岸の磯漁を中心に展示しています。磯漁で使われた船をサッパといいます。
 船からヤスやモリを使って魚介や海藻を採りますが、場所によっては水中に潜って採ることもあります。また、大漁を祝う習俗としてあざやかな大漁着を送る習俗があります。県内では大漁バンテンといわれていますが、静岡から青森県の太平洋沿岸地域に見られる習俗です。
 山がちな岩手県では、山ひだのくらしといわれるように、きびしい自然の中で人びとの生活が営まれていました。かつて燃料の中心だった木炭は山中に夫婦が泊まり込みで炭焼きをして作られていました。また、山中で狩猟をする人びとをマタギと呼んでいます。山の神を信仰しながら、独特の言葉や禁忌をもち、狩猟をしていました。漆は岩手を代表する産物です。漆は縄文時代から使われている伝統的な塗料で、漆の木を傷つけてにじみ出てくる樹液を掻き取ります。漆を採ることを漆掻きといいます。

まつりと芸能

 芸能は神仏に無病息災、五穀豊穣、魔霊退散などを祈る儀式のなかで奉納されました。また、小正月の予祝芸能や盆の念仏踊りの先祖供養のように、人びとの生活の中に密着したまつりや芸能も多くみられます。まつりと芸能の一部は展示室やサービスコーナーで映像をみることができます。

展示品のご案内

大漁バンテン

大漁の時に漁師たちに配られる漁師の祝い着で、一般に万祝(マンイワイ・マイワイ)と呼ばれますが、三陸では長バンテン・ハンテン・カンバンなどともいいます。江戸時代から昭和30年代まで、静岡から青森にかけての太平洋沿岸の漁村における独特の習俗でした。

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エンブリの烏帽子(えぼし)

民俗芸能「田遊び」の一種、エンブリの烏帽子。豊作を祈る小正月の予祝行事が芸能化したもので、烏帽子をかぶり、エブリ(田をならす道具)をもったエンブリスリを主体として踊られます。主として八戸市を中心とする青森県三八地方からいわて県北地方にかけて分布し、岩手県内では軽米町小軽米など六ヶ所で伝承しています。

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権現さま(獅子頭)

宮古市・黒森神社

岩手県地方では、獅子舞の獅子頭をとくに「権現さま」と称して、疾病災難よけの神様として信仰してきました。正月や神社の祭礼には、山伏神楽などの神楽衆に奉じられて各家を回り、悪魔退散、家内安全を祈祷する権現舞が踊られました。宮古の黒森神社には、南北朝時代から現在まで、20頭の獅子頭が保存されています。

オシラサマ(貫頭衣型)

オシラサマは、旧家にまつられていて、養蚕の神とか目の神とかいわれ、気仙・上閉伊・下閉伊・九戸・二戸地方などに多く分布しています。30cmぐらいのクワの木などに人や馬の頭部を刻んだもので、1月16日や3月16日などに、主として女性たちが着物を着せて拝みます。その着物を頭にすっぽりとかぶったものが包頭衣型、頭を出したものが貫頭衣型です。

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馬ッコつなぎの藁馬

旧暦の6月15日、上閉伊・和賀・江刺地方などでは、「馬ッコつなぎ」という行事が行われています。藁で20~30cm の馬を二頭造り、田の水口などに置きます。供物はウルチ米の粉を水で練ったシトギで、馬の口にくわえさせたり、傍らに供えたりします。遠野では、田の神がこれに乗り、作柄を見て回るといいます。