八幡平市へU・Iターン
わたしの IWATE LIFE

地域おこし協力隊・「ピネムの森」管理人

松本篤英まつもとあつひでさん
〈宮崎県出身 / 2011年に移住〉

松本明子まつもとあきこさん
〈宮古市出身 / 2014年に移住〉

八幡平の豊かな自然の中で交流し、
学び合う「場づくり」を続けたい

「地に足のついた暮らし」を
求めて岩手へ

 その場所は、岩手山麓(いわてさんろく)の森の中にありました。樹齢50年のストローブ松と庭の泉をシンボルとした「ピネムの森」は、自然と調和する暮らしを体感し、感性や創造の力を育む「場づくり」のプロジェクト。「地域おこし協力隊」の松本篤英さん、明子さん夫妻が、元保養所を住居兼活動拠点として借り上げ、運営しています。
 篤英さんは宮崎県出身。長らく東京で会社員をしていましたが、東日本大震災をきっかけに生き方を変えようと、2011年夏「自然を求め何度も訪れたことがある」八幡平市(はしまんたいし)へIターン。さらに翌年春には「岩手暮らしの次のステップに」と、自然との共生を実践する葛巻町(くずまきまち)の体験施設「森と風のがっこう」の研修生になりました。

思い通りにしようと管理しすぎるのではなく、「自分もこの場所の一部」という感覚を大切にしている、と話す2人。

 一方明子さんは、岩手県宮古市(みやこし)生まれの関東育ち。海外ボランティアや青年海外協力隊の活動を経て、2011年からボリビアの日本大使館で働いていました。しかし、東日本大震災の被災地となった故郷に「何もしてあげられない自分」と、数千万円のプロジェクトを動かす「実力以上の力を与えられた自分」にギャップを感じ「地に足のついた暮らしをしたい」と帰国を決意。インターネットで見つけた「森の風のがっこう」の研修生に応募し、2012年春、岩手へUターン。こうして2人は同期生として出会い、やがて同じ夢を持つ人生のパートナーとして絆を深めていきました。

自然の「そのまま」を生かした庭は野草の宝庫。飾ったり、草木染めの材料になったりもします。

自然を受け入れ、日々のきらめきを
大切にする暮らしを続けたい

 およそ2年間、葛巻で自然に寄り添う暮らしを実践した2人は、次のステップとして「さまざまな人が交流し、学び合える場を岩手につくりたい」と考えるようになりました。そんなとき、八幡平市地域おこし協力隊の募集を知り「ここで夢をかなえよう」と応募。2人揃っての採用が決まり、2014年4月に赴任しました。
 2人は3年間の任期中に「活動の拠点となるゲストハウスをオープンする」ことを計画。1年目は地域交流をしながら場所探し。2年目の春に物件が見つかり「ピネムの森」と名付けた場づくりがスタートしました。

篤英さんの独創的なアイデアと、海外生活で培った明子さんのセンスが融合した、すてきな空間。

 泉が湧く500坪の敷地に畑や庭をつくり、建物は木や土など自然の材料を使いながら自分たちの手でリノベーション。一方で「コンポストトイレ」など自然との共生を考えるワークショップや、料理や手仕事を通じた交流会も開催。地域の子どもたち、大人たちはもちろん、自然と共生する暮らしに興味を持つ人たちが、全国各地、時には海外からも訪れるようになりました。
 協力隊の任期は今年度まで。それまでに宿泊所の許可を取得し、その後もゲストハウスを営みながら「場づくり」を続けたい、と2人は語ります。「八幡平の豊かな自然は、私たちに多くのインスピレーションを与えてくれます。そうした日々のひらめきや変化を受け入れて暮らす心地よさを、この場所から発信していきたい」。

Q&A

Q1移住に必要な情報を集めるには?

私たちはインターネットが主な情報源でしたが、アドバイスするなら「現地の知り合いを増やすこと」かな。ネットワークが広がるほど、欲しい情報も手に入りやすくなると思います。(篤英さん・明子さん)

Q2ふたりが思う八幡平の「いいところ」とは?

「人工物」が少ない。自然が豊かで、家づくりや暮らしのための材料がそこらじゅうにあるところ(篤英さん)。「こんなことしたい」というアイデアがどんどん生まれ、それを実現できる環境(明子さん)。

Q3田舎暮らしに「向いている人」とは?

その場所や環境、自然を受け入れ、楽しむことができる人。都会の暮らしと比べて「ないもの」を探すのではなく、「あるもの」に目を向け、その豊かさを実感することが大切だと思います。(篤英さん・明子さん)

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