釜石市へJターン
わたしの IWATE LIFE

石村工業株式会社
村井智哉むらいともやさん
〈盛岡市出身 / 2014年に移住〉

震災後、人々の暮らしはきっと変わる。
新しい生き方を求め、向かった故郷

エネルギーのこと故郷のこと…
大震災で訪れた人生の転機

 震災からの復興が着実に進む釜石市(かまいしし)。再開した工場が立ち並ぶ大平地区の一画に、村井智哉さんの働く石村工業株式会社があります。入社してまだ1年余り、溶接や塗装など現場仕事もひととおり経験し、今は営業としてお客様の対応に忙しい日々を送っています。仕事への充実ぶりをにじませながら「いつも生まれ故郷・岩手への思いが根底にあった」と村井さんは振り返ります。

オリジナル製品の注文も多い同社。現場では綿密に打ち合わせを行います。

 きっかけは、2011年3月11日に発生した東日本大震災でした。「それまでの仕事は半導体や次世代の燃料関係。でもこれからは経済効率が優先ではなく、暮らしに本当に必要なものを作っている会社で働きたいと願いました」。新しい生き方を探すために岩手に入り、釜石市の復興ボランティアへ参加。その際に知ったのが、ペレットストーブの製造を行う石村工業という会社。「クラフトマン」と命名された同社のオリジナルストーブに興味を引かれたのは、電気を一切使用しないことでした。
 「エネルギー問題を突き詰めていけば、人間が使える燃料は『木』しかないはず。これからますます大事になってくる製品の普及に関わりたい」。村井さんの熱い思いは石村社長の胸に響き、会社の一員として迎えられたのです。

石村工業のペレットストーブは、電気を使わない「環境にやさしい」ストーブ。南部鉄器製の岩手山とフクロウがシンボルマークだ。

薪(まき)ストーブはこれからの希望。
可能性と魅力を伝える日々

 村井さんの肩書きは営業技術。「商品知識はもちろん、ストーブ設置の際の注意事項などの技術的なノウハウも含めて販売するのが自分の仕事」と、繁忙期の10月から翌年3月までは先輩と2人、車に自社製品を積み込んで全国を飛び回っています。また、これまで石村工業のストーブの多くは個人注文でしたが、村井さんは積極的に営業を展開して、県内外のハウスメーカーとの取引も徐々にスタート。「念願のストーブの仕事に関われていることがうれしい」と微笑みます。

「将来は自分でストーブを設計してみたい」という村井さん。工場での作業工程も熟知している。

 休日には三陸を拠点とする復興支援団体のプロジェクトに参加、釜石市に建設中の自然エネルギー100%のエコハウスの改装なども手伝っている村井さん。「外から来る人たちが被災地に新しい価値観や暮らし方を生み出していくと思う」と地域の未来を描きます。「それに実は最近、自分の先祖の墓が釜石にあるのがわかったんですよ」と話す村井さんは、とても楽しそうです。
 震災後の生き方を探し、たどり着いた自然エネルギーの仕事。出会いに感謝しながら、村井さんは自分で薪ストーブを設計する夢を描いています。「まずは『嗜好品』というイメージを覆し、薪ストーブへの理解を深めたい」と、今日も仕事場へ向かいます。

「岩手の大学で知り合った友人たちは今も心の支え」という村井さん。

休日はボランティアに参加することも。今年は田植えにも挑戦しました。

Q&A

Q1移住で苦労したことは?

被災地で知り合いが一人もいなかったので住まいがなかなか見つからなかった。今は社宅を借りていますし、復興関係の知人などに相談もできるようになりましたね。

Q2岩手の魅力は?

豊かな森、鉄の町、薪ストーブメーカーが揃っている県は他にはないんです。それに被災地だからこそよくも悪くも新しいことが始まっている。そこに可能性も感じます。

Q3移住希望者へのアドバイスを!

「やってみたい」という正直な思いが大事で、ダメだと思ったら次を考えればいい。不本意に踏ん張って頑張って…ではモチベーションが続かない。強い意気込みは必要ないと思います。

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