野田村へUターン
わたしの IWATE LIFE

NPO法人のんのりのだ物語 代表理事
下向理奈しもむかいりなさん
〈野田村出身 / 2011年に帰郷〉

村の人たちが笑顔になれるように、
多くの出会いをつなげていきたい

次のステップに踏み出すために
子どもを連れて故郷へUターン

 「小さい頃は野田村(のだむら)がそんなに好きじゃなかったんです」と話す下向理奈さんは、高校を卒業後、教員を目指して群馬県の短大に進学。当時、在籍していたダンスサークルで才能を認められたことをきっかけに、短大を辞め、本格的にトレーニングをしながら音楽の道を志していました。
 しかし、声帯のトラブルに見舞われたこともあって、音楽を断念し、20歳で結婚・妊娠。「そんな時に起こったのが東日本大震災。その年の7月に出産した私は、親のそばで子育てをしようと野田村へのUターンを決めました」。

「しもむん」の愛称で呼ばれる下向さん。村の誰からもかわいがられる存在です。

 地域の人たちに受け入れてもらえるだろうか…と最初は不安があったものの、息子のゆずくんが下向さんと地域をつなぐ潤滑油(じゅんかつゆ)に。みんなが子どもをかわいがってくれ、自然に溶け込めたといいます。こうして仮設住宅での暮らしにも慣れた頃、下向さんは改めて自分に問いかけました。「これから私はいったい何をしていけばいいんだろう…」。
 将来の自分を模索する中、野田村役場の臨時職員になった下向さん。特定課題対策課に配属され、地域資源を活用したツアーの企画・実施を担当する体験教育旅行コーディネーターに。この仕事が、その後の道を決めたのでした。

NPOでは、民泊体験や夢を実現したい人のサポートなど、様々な事業を展開。

野田村ってほんとにいいところ、
仕事を通して故郷の魅力を再発見

 ツアーを企画する段になって、下向さんは「村のことを何も知らない」ことに気づきました。あちこちに出向いて村の人に教えを受けるうちに、自然の美しさや人の素晴らしさ、農業・漁業の魅力、食の豊かさなど、村の良さを再認識したといいます。
 そして2012年、野田村にボランティアで来ていた学生たちと協力し、最初の「のだ暮らし体感交流ツアー」を実施。毎回内容を進化させながら、学生と村の人たちの触れ合いを広げるツアーを継続して行っています。

「のんのり」とは野田村の方言で「こぼれるくらい、たくさん」という意味だとか。

 「学生以上に受け入れる人たちが楽しんでくれる。そのお手伝いができることがうれしくて」。徐々に村内でも協力者が増えてきた頃、下向さんはNPO法人を立ち上げ、ツアーを引き継ぐことを決意。農家や漁家(ぎょか)など村の人たちも加わり、2015年1月に「のんのりのだ物語」を発足しました。
 「村の人たちの支えがあったから、今の自分がいます。みんなが生き生きできるよう、もっといろいろなことに挑戦していきたい。このNPOが地域の絆を結ぶ存在になれればうれしいです」。仕事を通して、村で暮らす喜びを知った下向さん。今度は自分が新たなことを始める人たちをサポートしていきたいと考えています。

NPO法人の代表として、一人で何役もの仕事をこなす下向さん。母親のサポートを受けながら、仕事と子育ての両立に頑張っている。

Q&A

Q1岩手に帰ってよかったと思うことは?

海も山も川もあるから、疲れた時にリフレッシュできる場所がいっぱい。人との距離が近いので付き合いが深いですし、親身になって叱ったり褒めてくれます。ありがたいですね。

Q2仕事と子育てはどう両立している?

ONとOFFの区別があまりない仕事なので、時間をやり繰りして子育てしています。母にもお願いしていますが、近所の人たちも息子の面倒を見てくれるので助かっていますね。

Q3Uターンする人へのアドバイスは?

自分の家族以外のつながりを、できるだけ作っておくこと。何かやりたいことがある人は、事前に相談できる人を見つけておくといいですね。田舎では人脈が一番の武器になります。

わたしの IWATE LIFE

このページの先頭へ