平泉-HIRAIZUMI-は、2011年6月世界遺産に登録されました。

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世界遺産平泉・東北復興対談 達増拓也岩手県知事×ドナルド・キーン氏(日本文学研究者)

希望ともす悠久の祈り

東日本大震災により未曽有の危機に直面した岩手。こうした中もたらされた平泉の世界遺産登録は、県民の心に希望の灯をともした。平泉を復興の象徴ととらえ、そこに込められた平和と共生の理念を胸に復興に取り組む達増拓也岩手県知事と、平泉に深い愛情を抱き、震災後、日本国籍取得と日本永住を表明、日本人と共に生きる決意を示したドナルド・キーン氏(日本文学研究者、米コロンビア大名誉教授)が被災地への思い、平泉の魅力について対談し、復興への決意を新たにした。
(聞き手は千葉絢子・岩手めんこいテレビアナウンサー=平泉町出身)

ドナルド・キーン コロンビア大、同大学院、ケンブリッジ大を経て、1953年京都大大学院に留学。以降、半世紀以上にわたり、日米を往還しながら研究創作を続ける。アメリカ・アカデミー会員、日本学士院客員。文化功労者。勲二等旭日重光章受章。菊池寛賞、読売文学賞、毎日出版文化賞など受賞多数。2008年、文化勲章受章。代表作に『日本人の西洋発見』『百代の過客』『日本文学史』『明治天皇』『ドナルド・キーン自伝』などがある。2011年、コロンビア大での最終講義を終え、日本国籍取得と日本永住を表明。1922年ニューヨーク市生まれ。

達増拓也(たっそ・たくや) 東京大法学部卒。外務省入省。米ジョンズ・ホプキンス大国際研究高等大学院修了。外務省大臣官房総務課課長補佐などを経て、衆議院議員連続4回当選。2007年から現職。1964年盛岡市生まれ。

千葉絢子(ちば・じゅんこ) 慶応大法学部卒。2001年岩手めんこいテレビ入社、報道部所属。1978年平泉町生まれ。

震災発生と東北、岩手への思い

「惨状見て『帰国』決意」キーン氏 「国内外の支援に感謝」達増知事

――昨年3月の東日本大震災で東北、岩手が大きな被害を受ける中、翌4月にニューヨークにお住まいになっていたキーンさんが日本国籍取得と日本永住を表明され、とても感激しました。日本に永住する決意を固めたのは、大震災がきっかけになったのでしょうか。

キーン 35年ほど前から、1年のうち半分を東京で、もう半分をニューヨークで過ごす生活を続けてきました。昨年の1月、体調を崩して東京の病院に入院したとき、「あとどのぐらい生きられるかわからないが、できることなら日本で最期を迎えたい」と初めて考えました。東北の震災をテレビで見たのは、退院してニューヨークへ戻ってからでした。恐ろしさを感じたのは言うまでもありませんが、悲しかったのは大勢の外国人が日本を去ったということでした。そのとき私は決めたのです。「日本人と共にいつ死んでもいい」と。
 私は『日本人の戦争』という本の中で、詩人の高見順の日記を引用しました。戦時中、高見順が住む鎌倉に敵が上陸するといううわさがあり、彼は母親を安全な場所に疎開させようと東京まで送っていきました。上野駅には大勢の人が同様に集まっていましたが、誰もが順序よく並び、騒がず黙々と待っていました。それを見て彼は「この人たちと共に生き、共に死にたい」と書きました。私も同じ気持ちです。震災がなければ、それほど切実に考えなかったかもしれません。しかし、あの惨状を見て、「どんなことがあっても日本に帰る」と決意したのです。

――今のお話を聞いて、知事はどのように感じましたか。大震災の後、国内外から寄せられた支援に対して、どんな思いがありますか。

知事 大震災からまだ時間がたっていないときに、キーン先生が日本国籍を取得されるというニュースを耳にして、とても感動したことを覚えています。そして今、キーン先生から直接お話を伺い、大変勇気が湧いてきました。
 大震災発生直後から、国内外の多くの方々からさまざまなご支援をいただき、感謝するとともに、「人と人とのつながり」の大切さを改めて実感しました。
 また、昨年6月にパリのユネスコ本部で開かれたユネスコ世界遺産委員会で平泉の世界遺産登録が決定された際に、登録へのお礼とともに東日本大震災からの復興にしっかり取り組むという誓いのスピーチを行ったところ、世界各国の出席者の方々から称賛と激励の声を多くいただき、感激しました。

出典:平成24年1月8日付岩手日報