サケの人工ふ化放流

 資源保護
 
 サケは昔から私たち人間の暮らしに深いかかわりがあったと言われています。それは全国各地に残るサケに関連した史跡や神社への信仰、民話などから推察できます。岩手の河川におけるサケ漁業も古くから盛んに行われ、徳川時代には南部鼻曲り鮭として南部藩の重要な財源として扱われてきました。
  この貴重なサケ資源の保護、増殖が1700年代には、すでに経験的に正しい知識を得ていたことは、津軽石川及びその周辺漁場においてサケを河川にそ上させるために禁漁時間を設け、さらに河川内でふ化した稚魚を小川の堰に導き、大切に保護していたことからも明らかです。全国的には、1750年頃に新潟県の三面川で、1806年には月光川水系の滝淵川、牛渡川において天然産卵を保護した種川制度がありますが、本県ではすでに天然産卵による稚魚の保護も併せて実施されていました。
 サケ資源の減少がみられるようになったのは明治に入ってからのようです。乱獲による減少、このため資源保護の種々の布達が出されました。
 明治10年、県下の著名河川をはじめ支流にいたるまでサケ稚魚の採捕を禁止し、さらに明治14年には海、川での夜間操業をも禁じました。明治25年には漁業採藻取締規則を制定し、サケ漁の禁止期間、鮭鱒留網の構造を規制し、明治42年には岩手県漁業取締規則改正により河川の鮭留地曳網漁業は人工ふ化放流を条件とするとされる等逐次改正され、明治後期には概ね確定的なものとなりました。
 今日の特別採捕の基礎ができたのは、大正に入ってからのことでした。大正15年漁業取締規則の改正、これにより許可制のもと親魚を採捕するようになりました。
 
 
 必要性
 
 サケが天然産卵するためには、公害のない河川、河床からは湧水が出ている場所が必要です。しかし、ダム建設をはじめ河川改修工事等が進み、現在では自然のままの地形、環境を保つことが大変難しくなってきました。河川の環境も変化し、まさにサケにとっては生活しにくい時代となってきたわけです。
 従来の天然産卵が自然環境に左右されやすいのに比べ、人工ふ化場では冬場でも温度変化の少ない地下水を使い、管理するので天然産卵のふ化率30〜40%を大きく上回る95%以上もの仔魚のふ化に成功しました。人工ふ化場では稚魚になってからも外敵にさらされることがまったくないので、稚魚たちは安心して餌を食べ、育っていきます。そして、ある程度大きくなり、ひとりで生活できるようになった稚魚は人工ふ化場から放流されます。このように放流されたサケも、すべてが帰ってくるわけではありませんが、岩手県の場合、天然産卵のサケの回帰率が約0.5%なのに対し、人工ふ化されたサケの回帰率は約4%、なんと8倍もの高率で帰ってくるのです。このことは、人工ふ化放流がサケの資源増大に、いかに大切かということを数値でも示しているわけです。現在、このように保護管理されなければサケを守ることができなくなったということは、とても悲しいことですが、サケ資源を守りこれを増大させるためにも、人工ふ化場のはたす役割はなくねてはならない存在となってきました。また、それと同時に、わたしたちは自然環境をできるだけ保護改善していかなければなりません。
 それは、次代につたえる使命であり、わたしたち自身の暮らしそのものに直接に関わる問題でもあるからです。
 

 

@採卵

 雌の腹を切って卵を取りだします。

A受精

 卵に雄の精子をかけ、受精させます。

B受精卵の洗浄

 卵のよごれ等を取りのぞき、水を吸収させます。

Cふ化槽への収容

 発眼するまで卵を管理します。

D検卵

 良い卵をえりわけます。

Eふ化池や浮上槽への収容

 発眼した卵を砂利をしいた池や浮上槽で管理します。

Fふ化
G飼育

 じょうぶな稚魚を作るために飼育します。また、その一部は海中で飼育し、さらに大きな仔魚を作ります。


H稚魚運搬

 川と海に放流します。

社団法人岩手県さけ・ます増殖協会の「南部さけ」より