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義経・弁慶を訪ねて

皆鶴姫伝説

義経(当時:牛若丸)は、京都鞍馬寺の鬼一方眼(きいちほうがん)のもとで文武の修行をしていた頃、方眼の娘「皆鶴姫」に惹かれ恋仲になった。方眼は我が国にひとつしかない中国伝来の兵法書を持っており、義経はこれを見たいと望んだが叶わなかったため、皆鶴姫に頼んだところ、姫は父に内緒で兵法書を義経に手渡し、義経はこれを持って奥州平泉へと旅立っていった。兵法書がなくなっていることに気づいた方眼は激怒し、皆鶴姫をうつぼ舟に乗せて九十九里浜から島流しにした。姫は来る日も来る日も流され続け、気仙沼の母体田(もたいだ)の浜に打ち上げられ、信仰に厚い地元のおじいさんとおばあさんの世話により元気を取り戻していった。しばらくして、皆鶴姫は玉のような男の子を出産したが、産後の日だちが悪く、日に日に弱っていった。その頃、平泉で過ごしていた義経は皆鶴姫の夢を見、正夢と信じた義経は馬を走らせ急いで母体田の浜に向かったが、義経がたどり着いた時には息を引き取っていた。義経は、忘れ形見の男の子をおじいさんとおばあさんに頼み、平泉に戻ったが、後に気仙沼に寺(観音寺)を建立し、観音像をまつって皆鶴姫を弔ったとされる。
寺には漂着した器舟の船底、義経が使ったという「笈」、弁慶が袈裟を掛けたという「袈裟がけの岩」などがある。 

所在地 宮城県気仙沼市本町1丁目4-16
連絡先 観音寺
電話 0226-22-0247
交通アクセス JR気仙沼駅より徒歩20分