第19回・企画展「水田除草用具の移り変わり」
展示期間:平成15年7月4日 〜 9月26日


 弥生時代前期に始まったと言われる我が国の稲作は、湧水や谷水を容易に利用できる谷間や低湿地帯で自然採取的に行われていたとされています。
 その後、安定して稲を作る栽培方式に変わっていく中で、「除草」という作業が生まれました。このことは、西暦700年代前半の万葉集の中に“田草引く”という言葉で見られます。
 除草作業は、初めは素手で行われていましたが、次第に様々な用具が作られるようになりました。今回の企画展では、どのような用具が作られ、いつ頃から使われてきたのか、人間と雑草との闘いの歴史についてご紹介します。

主な水田雑草の展示
◎除草の変遷
 水田の除草は、6月の梅雨期から夏の炎天下に行うものであり、稲作作業では過酷な作業の1つです。
 このため、素手による手取り除草作業は、文政5年(1822年)に書かれた農業便利論に出てくる「雁爪」や、その後の「八反取り」など道具を用い、泥土の反転や掻き廻しをすることにより除草してきました。
 その後、明治25年に鳥取県の精農家によって考案された「田打ち車」など「回転式除草機」が開発されたことにより、除草にかかる労力が大きく軽減されました。東北では、明治中期に山形県に最初に導入されましたが、本県では、大正7〜10年頃から北上川流域を中心に普及しました。
 現在、最もよく使われている除草剤は、昭和23、4年頃から「2・4−D」の試験が始まり、昭和28年から実用化されました。昭和30年代からは、殺草力に優れた新しい除草剤が次々と開発され、昭和40年代には多くの除草剤が出現し、雑草や稲の生育状況にあわせて初期、中期、後期除草剤の体系処理が行われて効果を上げました。
 しかし、近年は減農薬栽培米などの生産で、回転除草機等の使用が再び見直されています。


1 雁爪
 雁爪は、文政五年(1822年)に書かれた大蔵永常の農具便利論に、「此雁爪は田の一番草、二番草をとるに専ら用いる也」と記されており、「畿内西国では用いざるところなし」とも記されている。しかし、実際の普及は明治に入ってからだと言われている。東北には、福島県の老農林遠里氏による林農法で取り上げた明治23年以降に導入されたとされている。
 雁爪の使用法は、「農具便利論」に「稲株のあいだあいだに打ち込み、前えかえせば草は下になる也。又稲の根を切巾へ延宣しといえり。夫れよりして根際をまた懇にちるなり。至てはかどるのみならず労をはぶき其の草くさりて肥やしともなるなり」と記されており、除草のみならず泥土の反転や土中への通気が稲作りに効果があることを説いている。
 雁爪には、長柄付、中柄付、短柄付の3種があり、爪は3本と4本のものがある。

雁爪
2 草取り爪
 手取り除草は、指先が痛むばかりか爪が擦り減る。このため、指先四本に被せて作業をする鉄製の「草取り爪」が利用されたことが農具便利論に記されている。この爪は、雁爪と同じ経路で東北に入ったと思われている。本県でも、大正から昭和初期にかけて県内各地に普及していた。
 なお、7月下旬の止草除草の時期には、稲丈がのびるため手取り除草には、網面をかぶって顔面を保護した。

草取り爪
3 八反取り
〔除草田下駄〕
 主に湿田の除草用具として使用され、雑草発生初期に足に履いて田面を歩き、雑草を土中に埋めるのに用いた。大変な重労働であったとされる。本県では、昭和10年頃までも使用されていた。


除草用下駄



〔八反ずり〕
 水田の表面を、柄を持って浅く掻き廻し(ずり動かす)ながら除草を行う専用農具である、底が凹凸状か櫛状の歯が付いている固定式ものと、回転式の歯が付いているものの二種類がある。

八反ずり(固定式)

八反ずり(回転式)
4 田打車
 田打車は、中耕効果に重きをおいた転車を付けた器具である。したがって、従来の雁爪を回転式に改良したものといえる。
 明治25年鳥取県の精農家によって考案された田打車は、明治の末期に東北地方の北上川下流地域で初めて使われたという記録がある。県内で使用されたのは大正年代であるとみられている。

田打車
5 回転中耕除草機
 中耕除草作業は、稲作管理作業として最も大切な作業であるが、稲作労働としては過酷な作業であった。このため、作業の労働軽減と能率的な機器の改良が長年続けられ、ひとつの到達点となったのが、一時期を画した回転中耕除草機だといえる。
明治初年には「田打ち転車」と称する廻転除草機が愛媛県で存在する調査結果がある。
 この回転中耕除草機は、東北では明治中期、山形県が最初に導入したとされている。本県では、大正7〜10年ころに北上川流域に導入され、大正末期には沿岸部や県中北部でも使用された。除草機は、舟形枠、滑走版、転車からなり、畦間1条用と2条用があるが、この機械の普及により田植えの正条植が、後には並木植が推進されて生育の安定向上に役立った。

回転中耕除草機(1条用)


回転中耕除草機(2条用)
6 畜力除草機
 牛馬に牽引させる回転中耕除草機で3条用と5条用があったが、馬が歩く通路(馬道)を広げる必要があり、通路の拡張分だけ株間を狭める並木植方式に変わってきた。
 本県では、昭和10年に県農業試験場県南分場が試験を行い、昭和16年頃から戦時中の労力不足対策として導入されたが、普及は一部の地域にとどまった。

畜力除草機
7 株間除草機
 一般の回転除草機は畦間を押すため、株間の除草はできない欠点があったが、立て軸回転爪2個を取り付けた除草機が開発・使用された。この除草機は、回転爪の間に稲株を抱き込み泥を撹拌することで除草する。昭和30年代前半には全国的に急速に普及したが、除草剤の出現によって消滅した。

株間除草機
8 除草剤散布機
 本県の昭和20〜25年当時の稲作の総労働時間は、10アールあたり200〜220時間で、その中で除草作業が占める割合は約20%にも及ぶことから、除草作業からの解放は全稲作農家の一大願望であった。
 除草剤「2・4−D」は、昭和23、4年ころから試験がはじまり、昭和28年から実用化された。その後殺草力の優れたMCPやMCPBが昭和30年代前半に、30年代後半からはPCP、カソロン、ニップ、MOなどの除草剤が次々と開発され、利用された。
 除草剤散布用の機具は、2・4−Dの開発当初は水和剤で落水後散布のために噴霧器が使用されたが、その後の多くの除草剤は、水中剤または粒剤化されていることから、散粒器が使用されるようになった。
除草剤散布機

参考文献
 「岩手県農業史」 岩手県
 「農業改良総典」 岩手県
 「東北稲作史」 加藤治郎著・宝文堂

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