第18回・企画展「農作業の手作り雨具」
展示期間:平成15年4月10日 〜 6月26日


 昔の雨具は、蓑、笠が主体で、各自が手作りをしていました。古くは、西暦700年代の初期に書かれた日本書記に、「素戔嗚尊結束青草以為笠蓑」とあり、8世紀にはすでに笠蓑があったことが知られています。

 考古学的には、網代編の跡のついた土器が発見されていることから、縄文時代の初期、前期には、ワラ細工に用いられるような、編、組技術は基本的に完成されていたと見られています。その頃の材料は、稲ワラではなくカサスゲ、アゼナルコスゲ、アゼスゲ、ゴウソ(別名タイツリスゲ)などのスゲ属の草や、マコモなど葉の長い草を利用していたものと推測されます。稲ワラが積極的に利用されだすのは、稲の収穫に、鉄鎌を用いるようになった800年代後期と推定されています。

 今回主に展示している昭和前期のミノ、カサの材料は、稲ワラ、アゼスゲなどのスゲ属の、葉巾の細いもの、(コスゲとかクゴと呼んでいた)マダ皮(シナノキの皮、オオバボダイジュの皮)、ブドウの皮、カサスゲ、ゴウソなど、その地方に産する素材を用いていました。


★ミノ、カサ作りの素材
◎稲ワラ
 単にワラと言っている。ワラは止葉より上部のミゴと言う穂首の長いものを用い、節が黒いものはイモチ病に犯されているので用いない。選んだワラは頂部を揃え、50cm程に切り槌などで打ち潰し、柔らかくして用いる。

◎コスゲ
 和名はアゼナルコスゲ、ナルコスゲなどで、50〜60cm以上伸びたものを用いた。刈り取り時期は7月上旬頃、穂が多少見られるようになったら刈り取り、乾燥して保存し、使うときには槌などで打ち柔らかくする。

◎マダ皮
 和名はシナノキで、科の字があてられている。シナノキを「小葉マダ」といい、他にオオバボダイジュがあり、「大葉マダ」といっている。どちらも奥山の同一雑木林内に自生する落葉
高木で、素材に使われるのは、中皮である。採集期は5月〜梅雨明け頃までで、この時期は、水を多く吸い上げているので、簡単に皮を剥ぐことが出来る。茎5〜15cm位の若木の皮は柔らかで良質である。老木の皮は、工作用でミノ、荷縄などに使用される。
 繊維の取り方は、剥いだ皮を内側に二つ折りにすると、粗皮は簡単にはがれる。甘皮を灰汁で半日ほど煮ると、色が茶色に変わる。皮を湯からあげて熱いうちに良く手揉みし、水で洗って必要な太さに裂き使用する。又、溜池や水苗代などの溜まり水に15〜20日浸し、腐った外皮を取り除き、それを乾燥して保存して用いる。この方法では繊維は硬く、織糸のように細くするのは困難であり、ミノ、ケラ、綱などの加工に用いられた。

◎ヰグサ
 ゐぐさは栽培種でも、寒地では、暖地のように草丈はそれほど伸びず、茣蓙材としてはむずかしかった。寒地では、野生種の伸びたものを使い、編笠、肌ミノなどを作るのに使用される。

◎スゲ
 和名は「カサスゲ」で一般に「スゲ」と呼んでいる。水辺や湿りのある原野などに自生している。葉巾は広く7〜8mmある。6月下旬頃刈り取り乾燥して保存して置く。

◎ヒゴ
 和名は「ゴウソ・郷麻」、一名「タイツリスゲ」。湿地のある原野などに自生している。種実が稔る前の6月中〜下旬頃穂茎を抜き取り乾燥し保存する。編み紐として使われる。

素材のいろいろ

「カサ」、「ミノぼうし」のいろいろ





「ミノ」、「ケラ」のいろいろ

こぼれ話
 ミノとケラについて、盛岡藩では次のような伝承が語られている。

 第40代藩主・南部利剛公は、嘉永2年(1849)に美濃守に任じられた。そのことから、ミノと呼び捨てされるのを嫌って、「ミノ」は「雨衣」、「ミノムシ」は「羽衣虫」というように、領内でのミノと言う言葉を持つ物を総て改称させた。
 
 利剛の時代は20年間続き、雨衣の語は定着しなかったものの、この頃からミノとケラの混同が激しくなったと言う。
★「ケラ」と「ミノ」は同じもの?違うもの?
 「ケラ」と「ミノ」の区別について論議されることがありますが、地方によってまちまちであるため、厳密に区別することは出来ません。以下、一例として前沢地域における区別の仕方を記します。

 「ミノ」は着用したときの姿がミノムシの繭のようなもので、作り方は、ワラよりも軽く、細かく、水はけのよいコスゲ(クゴともいうスゲ属の総称)を素材とし、首回りのほかは編まない。内側になる材の継ぎは、一段ごとのトンボ結び状で、3cm程のひし形状の網目にしたもので、雨具専用に用いられる。

 「ケラ」は、猫ゲラと羽ゲラがある。猫ゲラは、猫編とか猫掻編と呼ばれる手法で編み、多くの地方では背中当と呼んでいる。これは荷物を背負う時に用いられる。
 羽ゲラは、単にケラとも言い、主に稲ワラかマダで作る。首回りの外側は肩の部分まで5〜6段編み、内側は5〜6cmおきに2通り編む。1通り目の上に材を継ぐ、継ぎ方は、1目挟んで材を通し、各自に材が通るように進めるので、泣きたくなるほど進まない。この継ぎ方をケラ継ぎとか、泣き継ぎと呼んだ。完成した羽ゲラは雨具として、また、荷物を背負うとき、野良での休憩時に敷物として利用した。ケラとは、羽が有って無いような格好で、ケラムシに似たことから付けられた名であると思われる。東北地方ではケラと呼び北陸中部地方ではバンドリ(ムササビ)と呼ぶ。

 ケラミノは主にコスゲ(クゴともいうスゲ属の総称)で作られ、ミノとケラの技術を取り入れ、綿糸などで編み、ファッション的に作り上げたものである。町へ用事などの時に着用した。ケラミノとは、ミノとケラの合の子的なものから付けられたものか、平安時代の螻蓑と同様のものかは定かでない。

◎ハダケラ(ハダコモとも言う)
 ヰグサ製で、ヰグサの通気性、吸水性を活かし、背中に直接着け汗で衣類がべとつかないようにした。暑中の除草時に多く用いられた。巾20〜25cm、丈65〜70cm位である。

◎ヒゴモ
 ヰグサ製。前沢地域ではあまり使用しないが、雫石地方では良く見かけた。女達が日光から背中を守るために、ミヂカの上に着けた。色糸で飾りがついている。

◎日除けケラ
 ヰグサ又はカサスゲ製で、コモ編み台を用いて編む。巾は70〜75cmで、丈は100cm程度。上体の屈伸動作を容易にするため、腰周りがたるむように、肌着などの上に着ける。除草などのときに用いられた。

◎スゲガサ
 カサスゲを素材として作ったもので、その形態には円盤形、円錐形、半円球形など多様である。主として雨笠として着用される。

◎三度笠
 スゲガサの一種で、半円球形で、三度飛脚などが用いたことからこの名がある。又、「まんじゅう」に似ているとして、マンジュウガサと呼ぶところもある。

◎編笠
 ヰグサを素材として編んだもので、虚無増が天涯と名づけて用いた笠は、深編笠であろう。農村で、主として女達が着けるものは、日除け笠としている。

参考文献
「北国のわら細工」
「日本民俗事典」 編纂者:大塚民俗学会、発行者:鯉洲年祐、発行所:弘文堂

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