第50回・企画展「生活・生業(なりわい)と履物(はきもの)
展示期間:平成23年10月7日 〜 平成23年12月27日

はじめに 
 
 「履物」は、水中や泥土、砂れきの上などを歩く際に足を保護したり、農作業などの際に足が滑ったりするのを防ぐために着用されます。

 その用法は、直接地上の歩行に使用するもの、作業に用いるもの、直接足につける物とつけないもの、単独で用いるものと、他の「履物」と併用されるものなどがあります。

 材料には稲わら、木材、竹、木のツル、皮革、ゴムなどが用いられ、これらの材料を組み合わせるものも多くあります。

 「履物」は、いつ頃から履かれていたのでしょうか?史書「魏志倭人伝」は、西暦3世紀頃の我が国の人々は、裸足で生活をしていた、と伝えています。

 また、3世紀末〜7世紀の古墳から出土した、金銅製の履
(くつ)や石製の下駄の模造品、埴輪人物像などから、この時代には「履物」は上層階級の一部の人々だけが用いていたと推測されます。

 一方、弥生時代後期の静岡県登呂の遺跡からは、田下駄が発見されており、一般庶民にとっての「履物」は、労働の際の補助具であったことが判ります。
 
 

様々な用途に対応した履物のいろいろ 
 
 このように履物は、身分によって使われる目的が異なっていましたが、平安時代の頃から変化が見られるようになりました。草鞋(わらじ)、草履(ぞうり)、下駄など、日本独自に発達した履物が身分の上下を問わず利用されるようになり、江戸時代にはその多くが現在のものに近い形になりました。
 
 今回の企画展では、「履物」がどのような目的に用いられ、時代とともに発達してきたか、について紹介します。
 
●履物の変化の歴史
◎古代
 
 履物は、足の保護が重視されたことによると思われるが、古い遺跡からの出土品から推測すると、この時代に履物を履くことができたのは、上層階級に限られていたようです。

 弥生時代になると稲作が始まり、静岡県登呂遺跡などからは、多数の田下駄が発見されています。これは、水田の泥濘での労働効率を上げるための工夫がされており、時代とともに改良を重ねながら昭和に至るまで用いられました。

弥生時代の下駄
(登呂遺跡)
◎奈良・平安時代
 
 奈良時代に入ると、中国の影響を受けた古代国家の基本法である「大宝律令」が制定され、衣服令によって宮廷を中心とした身分の高い貴族たちに履かれることで、履物に儀礼的、階級的な性格が与えられることになりました。動物の毛皮や布などを縫い合わせたり、鳥皮や藁(わら)で作るなど、身分に応じ異なる材料を用いて作られました。

 奈良時代までは、一般民衆には履物の着用は及んでいませんでしたが、平安時代になると、今日の草鞋(わらじ)、草履(ぞうり)、下駄などの類の、開放性の「鼻緒履物類」が我が国独自の発達を見せ始め、下駄の前身である「足駄(あしだ)」が民間から生み出され、武士や婦女子などにも履かれるようになりました。

平安時代の足駄
◎鎌倉・室町時代
 
 鎌倉時代になると、宮廷・公家向けの履物は廃れ、武士階級の台頭とともに草鞋や草履が履かれ、一般大衆も履物を履く風習が普及するようになりました。

 また、武士は戦闘時に爪先に力がかかっても鼻緒が切れにくく、足裏の半分ほどの長さの足半(あしなか)草履を履き、室町時代には鼻緒やカエシで足の紐ずれを防ぐため、足袋を併用しました。

 一方、足駄は、戦国時代まで戦乱の世が続き生活に余裕も無かったこともあり、江戸時代まで形状の変化は特に見られませんでした。

足半草履

草鞋の部分名称
◎江戸時代
 
 江戸時代になり、町人の活動が盛んになると、草履、下駄、足袋の類が著しい発達を遂げました。その中でも、草履は江戸時代全期を通じて履物の首位を占めました。その一方で、戦が無くなったことで、軍用の足半草履(あしなかぞうり)のように廃れて姿を消していったものもありました。

 泰平の時代となると、下駄の形状に変化が見られるようになりました。元禄の頃から桐台、塗り下駄、表打ち下駄や布、革の鼻緒が用いられ始め、華美な下駄が大流行しました。寛延3年(1750)には「男女塗り下駄禁止令」が発布されましたが、庶民が手軽に入手できる贅沢品として、流行は江戸時代末期まで続きました。
 幕末には、幕府をはじめ諸藩が西洋式の軍備を導入したに伴い、洋靴の輸入が行われ、次第にその需要は増大していきました。

◎明治以降
 
 洋靴の利用は明治以降にも引きつがれ、明治3年(1870)東京築地に製靴工場が設けられ、文明開化の風潮に乗って一般に広がっていきました。
 
主な履物の種類
◎鼻緒履物類
 
 足をのせる台部(台あるいは甲という)に鼻緒を装着し、この鼻緒を足趾(そくし)で挟み、かつ足甲で支えつつ歩行することを特徴とする履物。
(1)下駄類
 古くから「あしだ」「ぼくり」「げた」と呼ばれた。
 ・ 台部の材料は桐、杉、檜(ヒノキ)、竹、栗、松など
 ・ 差歯の材料は樫(カシ)、欅(ケヤキ)、朴(ホオ)など。
 ・ 鼻緒の材料は麻、シュロ、稲わらなどで、これをビロード、レザー獣皮、布帛(ふはく)などで覆いかぶせることが多い。
 ・ 付属品として爪掛(つまかけ)がある。材料は、レザー、獣皮、布帛などでつくり、雨天用の高歯下駄や晴雨兼用の日和下駄などの差し歯下駄に併用される。

下駄

足駄

(2)草履
 稲藁、い草、竹皮等を編んだ台部に鼻緒を装着したもの。

(3)草鞋
 足を載せる「台部」、踵を受け止める「カエシ」、装着のための「乳(ち)」、「紐」の四部から構成される履物。

草履

草鞋
  
◎被甲履物類
 
 足をのせる台部に被甲部を造作し、この部分に足を入れて歩行することを特徴とする履物。
(1)藁靴(わらぐつ)
 稲藁を編んで足をのせる台部に足甲を覆う部分を装着した履物。
 

すべ

つまご

みそふみつまご
(2)浅沓(あさくつ)
 スリッパ形の藁沓に踵当を作り付けたもの。脱が簡便で農家の土間や台所、近隣の歩行に使われる。
 
(3)深沓(ふかくつ)
 「ユキグツ」などの名で呼ばれ、冬季歩行に軽く温かく、すべらず快適な履物とされる。また、味噌踏や酒造家の麹作りなどにも使用された。
 
(4)皮沓(かわぐつ)
 皮革をもって足部を被覆するように造作した履物。直接地上の歩行に着用される。
 

つらぬき

足袋
(5)足袋(たび)
 皮革、布帛を材料として足部を被覆するように作った履物。足部と同型に作るが、爪先が親指と他の四指の二部に分かれ、この胯で、下駄、草履、草鞋などの前鼻緒を挟むことを特徴とする。一般に整容、保温、労働などのために着装される。
 江戸時代になると、足袋が直接地上の歩行に利用されるようになり、足袋底の強化が考えられ、明治末期にゴム底が出現。大正昭和にかけて旧来の草鞋・皮沓類に変わり、地下足袋として労働用履物の首位を占めるようになった。
 
◎補助履物類
 
 他の履物に付随し、足の保護・防寒などの目的で、補助的に併用される服物の総称。
(1)爪掛(つまかけ)類(爪皮)
 
雨・雪降りなどに、下駄の爪先を被って汚れを防ぐ用具。

(2)踵当(かかとあて)
 履物の踵に当たる部分。

(3)打掛(うちかけ)
 外出の時、衣服の上に羽織って着るもの。

(4)甲掛(こうかけ)
 手足の甲に当てる、布製の旅装具。

爪掛下駄

踵当

打掛

手甲
◎特殊履物類
 
 水辺・泥土、氷雪上の歩行に際して、使用される履物(一種の生産用具、交通用具)。
(1)足桶(あしおけ)
 芹(セリ)を摘む作業などで、防寒時の足を保護する桶。

足桶

海苔下駄

田下駄
(2)海苔下駄(のりげた)
 
海中での仕事で、足場の安定のために使われる下駄。
(3)田下駄(たげた)
 水下駄とも言う。
(4)鉄(かね)かんじき
 固い凍った雪道などで、滑らないために履くもの。

鉄かんじき

雪踏俵

かんじき
(5)踏俵(ふみだわら)
 雪踏みして道付けをするために履くもの。
(6)輪かんじき
 雪道の歩行や、雪踏みに使われる。
(7)板橇(いたぞり)
 雪道を滑って移動したり、運搬に使う橇。

下駄スケート

 
資料責任:農業科学博物館 資料調査員 藤原 勝栄

参考・引用文献
 A: 「ものと人間の文化史 8 はきもの」 潮田 鉄雄・著/(財)法政大学出版部・刊
 B: 「講座 日本の民俗 4 衣・食・住」 宮本 馨太郎・編/有精堂出版(株)・刊
 C: 「民族民芸双書 24 かぶりもの・きもの・はきもの」 宮本 馨太郎・著/岩崎美術社・刊
 D: 「写真でみる農具 民具」 農林水産省農林水産技術会議事務局・編/(財)農林統計協会・刊

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