第49回企画展

  「命を救った食べ物  
                        
      〜飢饉の歴史と生きるための食物〜」















はじめに

 食料を得るため、人々は歴史の中で知恵を働かせ、様々な努力を重ねてきました。長い狩猟採取の時代から、縄文時代後期には雑穀類やイモ類の栽培が始まり、ついで米作などの農耕が始まりました。米作は中世に入りようやく定着してきましたが、亜熱帯植物である稲の安定した生産は、大きな困難を伴うものでした。
 近世(江戸時代)に入ってからは、用水の確保や、早生〜晩生の品種を組み合わせるなどの改良もある程度取り入れられましたが、当時の未発達な技術に加え、江戸時代は全期を通じて寒冷な時代であったこともあり、不順な天候や病害虫の多発での大凶作に伴う飢饉が絶えませんでした。特に「やませ」が発生する冷涼な岩手県の気候風土では、凶作が大きな問題でした。江戸時代は栽培する品目が農民の自主裁量では決められず、大名や旗本の許可が必要だったため、気象条件が稲作に向かない土地でも稲作に励むしかないという状況や、農民に対する徹底した年貢米の収奪や、藩境(はんさかい)を超えた物資の交易が制限されていたことも窮状に拍車をかけた大きな原因と言われています。 明治以降、日本は西洋から新たな技術を取り入れながら独自の技術開発を進め、食料の増産に力を入れましたが、凶作は絶えませんでした。昭和に入り、戦後は高度な経済成長とともに農作業の機械化、化学肥料の使用、病害虫防除の近代化などの生産技術が著しく進歩しました。しかし今でも約10年に1回程度は不順な天候によって稲作の不作年があり、野菜や果物でも台風や大雨等によって生産が減少することがあります。そのような時であっても、世界中から食料を輸入することができる現在、飢饉は昔話となりつつありますが、当時の人々がどのような物を食べて命をつないできたのか、飢饉の歴史とともに当時の食を紹介します。

飢饉の歴史

○江戸時代の飢饉

 1600年(慶長5年)から1869年(明治2年)までの269年間で、当時の盛岡藩での凶作が飢饉となった年は17回もあり、16年に一度の割合で人々は飢えに苦しみました。そのうちでも、元禄・宝暦・天明・天保の飢饉は甚大であり、四大飢饉と言われています。

《元禄の飢饉》

 元禄年間(16881704)の間は凶作・不作が頻発し、特に元禄8年(1695)と15年(1702)は大凶作となり、それぞれ数万人もの餓死者が出たと伝えられています。元禄8年は土用中(概ね7月下旬〜8月上旬)に霜が降りるほどの冷夏となり、当時の平均収量の3割しか米が採れませんでした。江戸時代の平均的な10a当たり収量は190kg前後と言われていますので、実に10a当たり1(60kg)程度の収穫しか無かったことになります。

《宝暦の飢饉》

 宝暦51755)も春から不順な天候で典型的な冷害となり、水稲だけでなく五穀も実らず、餓死者5万人の甚大な被害となりました。

《天明の飢饉》

 天明31783)から7年(1787)にかけては全国的な冷害で、特にも東北地方の被害は甚大でした。天明3の盛岡藩では、「5月中旬より雨繁々(しげしげ)降り(そうろう)て稲長じかね、土用入り(そうろう)ても北風吹き、暑気これなく、不時の冷気にて不順にござ(そうろう)81718日の両朝雪霜降候処(ふりそうろうところ)有之(これあり)」と記録されているほどの冷害となり、この後の数年間を含め、農村は惨状(さんじょう)を極めました。 1783年から85年にかけてアイスランドで火山が巨大噴火し、同じ1783年には日本でも岩木山と浅間山が噴火しましたが、これらも低温化、冷害の一因と考えられています。

《天保の飢饉》

 天保3年から9年(18321838)にかけても連年凶作が続き、特に天保4年は7月末に霜が降りるほどの冷害となりました。長引く凶作により、天保4年、6年、7年、9年は大飢饉に発展しました。

○明治〜昭和の飢饉 

  東北地方の凶作は、明治以降も連続して発生しており、明治から敗戦までの78年間のうち、44年が不作の年でした。明治2年、35年、38年は平年作(当時の平年反収は200kg250kg)の半分以下となりました。明治政府は農薬・肥料の輸入、品種改良、土壌改良などにより生産性の向を図ったほか、さつまいも、じゃがいも、かぼちゃのような冷害に強い品目の作付けなどにより、多くの餓死者が出るような飢饉に発展することは少なくなりましたが、農村部では(ひえ)蕎麦(そば)、大根や干葉を混ぜたかて飯、ナラの実などの救荒食(きゅうこうしょく)(わず)かにその日を()するような生活でした。
 
大正2年、10年、昭和6年、9年、16年、20年も大半が平年作(当時の平年反収は280kg前後)の半分以下となりました。特に昭和5年から9年(19301934)にかけて、東北地方を中心として発生した凶作は飢饉に近いほどとなりました。
 こうした窮地(きゅうち)から脱却するために、農村では身売りのような悲しい出来事や、小作争議の増加など、社会構造のゆがみが大きく表面化しました。
        東北地方は、昭和28年、29年も平年(当時の平年反収は320kg前後)の三分作という冷害に見舞われました。                  
 農業技術の進歩に伴って、昭和の後半からは東北地方は全国一の高収地帯になりましたが、昭和
51年、55年も厳しい冷害に見舞われました。

コナラ(実)
クヌギ(実)

○平成の凶作

 近年では、平成5年、平成15年の冷害が記憶に新しいところです。平成5年は全国的に異常気象が頻発しましたが、東北では大冷害となり、特に被害の大きかった岩手県では平年の三分作となり、沿岸部や山間部を中心に相当面積の水稲作が収穫皆無となりました。この年、日本は中国、タイ、アメリカ等から200万トンの米を輸入しましたが、店頭に並んだタイ米を覚えている方も多いのではないでしょうか。


飢饉を救った食べ物

 旧藩時代から明治〜昭和の戦前まで、農村部では白米だけの食事は晴食(はれしょく)のときなどに限られ、日常的には、量の不足を補うために米にムギ・大豆・根・海草などを混ぜて炊いた「かて(糧)飯」が主体でした。                                
  
大正7年に内務省が行った全国主食物調査では、岩手県の村落部では「米・麦・(あわ)(ひえ)ヲ主食トシ大根カテヲ四季用イル地方ト、特ニ冬季間麦ノ代用ニ用ウル所トアル。米・栗・稗・麦ニ(かぶ)大角豆(ささげ)ヲ入レタ(がゆ)と記されています。町の商家でも昭和期まででも麦かてが普通の食生活でした。    
かてには麦、(あわ)(ひえ)などの穀物の他、大根や海草のめのこが用いられていました。
 

かて切り器

(ひえ)(あわ)は土質を選ばず、肥料も少なくて済み、冷害にも強く、また3040年は保存が可能と言われるなど多くの利点があり、米や麦がよく獲れない地帯では主要な作物として利用されていました。

 それでは、凶作の年はどのような物を食べたのでしょうか。作物の生育期間の低温や日照不足によって不作となる凶作年は、米だけが不作となるのではなく、麦や稗などの他の穀物も不作となることが多くありました。こうした場合に備えて、家毎に蕎麦(そば)(ひえ)、干し大根などを井楼(いろう)(大箱)や梁上(りょうじょう)(まげ、焚き火の上)に貯蔵し、凶作時の備えをしていました。

 食料が不足した初期の段階では、まず備蓄を取り崩したり、増量(かて飯)による穀物の節約、家畜飼料の食用化、ダイコンなどの緊急増反などで、食い延ばしを図りました。さらに食料が欠乏し、かて飯も食べられなくなる中期段階になると、ふすまやぬか、カボチャなどの葉、木の実や山菜などで飢えをしのぎました。厳しい冬を何とか乗り越えても、次の年の蕎麦(そば)や大根などの作物が収穫できるまでの春先から夏にかけてが最もつらい期間となり、山菜や野草のほか、末期段階では食べられるものは何でも採取し、松の皮やウルシの実までも食べて命をつなぎました。

稗(ヒエ)

粟(アワ)

しばれいも トチの実の貯蔵用俵

○命をつないだ食べ物(救荒食(きゅうこうしょく))の例

第1期(初期段階) 第2期(中期段階) 第3期(末期段階)

 穀

かゆ
ぞうすい
(そば・あわ・ひえ・かぶ・かぼちゃ・じゃがいも・大根の干し葉)

きらず

ふすま・ぬかの類 (だんごなどにする)
ひえ、あわのしいな
大豆・小豆の葉
そばの茎葉

大豆のさや、わら (こうせんにする)
若い稲の葉 (炒って食べる)

かて飯
(大根・かぶ・かぼちゃ・
じゃがいもなど)
じゃがいも、かぼちゃ

かぼちゃ・すいかの葉、ごぼうの葉、
里芋の茎、きゅうり・ゆうがおの茎葉

梅の葉、桃の葉



なら、かしわなどの実(だんごやもち類)

なら、かしわなどの実(だんごやもち類)

笹の実、とちの実

うるしの実



わらび、くず、うばゆり

ほどいも、ところ、あまどころ、なるこゆり、
やまゆり

おにゆり、カラスウリの根、ばらの根、
かたくり

ふき、うるい、よもぎ、あざみ

こごみ、わらび、うこぎ、のびる、あざみ、
ききょう、さいかち、たんぽぽ、はすの茎葉
その他

一般山菜類
松の皮、やどりぎ、おみなえし、いぬたで、あけびの芽や花、くるみの花、つつじの花、すぎななど

めのこ飯(めのこ)

わかめがゆ(わかめ)

その他各種食用海草類

その他各種食用海草類

たにし、いなご、かに

牛、馬、犬、猫、蛇、かえるなど

○天保時代の救荒食の種類と食べ方

天保時代の凶年に用いた食料として、「岩手史叢」第巻飢饉考には、つぎの物が記載されています。

種  類 食     べ     方
玄米 米が実らないときは搗いて糠を取り去ることはできない。搗けば砕けて臼の底で固まって、しとぎのようになる。このため、糠を去らないで、玄米のまま石臼で挽いて粥にして食べる。また、籾のまま煎って石臼で挽き、粉にして練って食べる。
稗(ヒエ) 上皮1枚(皮が2枚ある)を取り去って煎り、石臼で挽いて、ご飯を炊くようにする。また、粥にしても食べる。上皮を取らないと良くない。

米ぬか

臼でよく搗き、粉おろしでおろし通し、湯で煮立ててフタをして一昼夜置く。上に油が浮くので上水を流し、布袋を通し、米やワラビ・ソバの粉を加えて団子にする。

ソバの殻

煎って粉にし、練って食す。

ゴボウの茎

茎をフキのように刻み、灰を加えてよく煮て手で砕く。水に23日さらす。糧(かて)に用いると良い。

粟の糠

煎って粉にして食す。

商陸

(ヤマゴボウ)

根を刻み、煮て水にさらす。または直接汁に煮て食す。葉は煮て水にさらし、煮物にすると大変良い。

山老

(トコロ)

洗った後おおざっぱに毛を取って、薄く小口に刻み、干して臼で搗き砕き、箕で吹いて毛や皮を取り去る。再び搗いて、荒い粉おろしでおろし、糧に用いる。

稲の根

よく洗って土砂を除き、水を入れて搗いて団子にする。ただし凶作の稲では味が悪い。

シタミ

(シダミ:

ドングリ)

干して臼でおおざっぱに搗き、皮を取り去る。灰水で三度ほど煮る。その方法は、大鍋の真ん中に小柴または竹の類で簾を編み、柄杓が入るほどに丸く立てて、その外側にシタミを入れる。灰水を替えるときは簾の中から柄杓で汲み出し、新しい灰水で三度煮る。その後水にさらしておけば渋が抜ける。粥や飯の糧(かて)にするか、挽いて粉にし、米・ワラビ・ソバの粉と混ぜて団子にし、キナコでくるんで食べる。

トチの実

上皮を歯で剥き取る。その後の煮方はシタミと同様。水にさらす時は、トチもシタミも、俵に入れて川でさらすと良い。食べ方はシタミと同様。所によっては、米・ワラビ・ソバ・ムギの粉を混ぜたのち、ソバ切りのようにしてたれ汁に薬味をかけて食べる。このとき、手早くしないと乾いて、折れて砕ける。
トチ、シタミともに粥やカテにすればクリに勝る。

松の皮

松の皮は、まず薄皮をよく掃き取り、その後下の皮を削り取る。ただし深く剥ぐとヤニがわき出てしまう。これは食べられるものではない。剥いだ皮を臼で搗いて篩にとおす。湯で煮て、鍋のふたをし、一晩おいて翌日布巾でとおし、米やソバの粉とともに団子にして食する。

布のこ

(めのこ)

布のこ(昆布を細かく刻んだもの)は熱湯に漬けてうるかし、その後水に45日さらし、よくもみ洗いし、水に浸し置いて糧(かて)に用いる。

米の籾

しいな籾を煎って、臼で軽く搗き、芒を箕で吹く。その後のしいな籾をまた臼でよく搗き、粉おろしでおろすこと繰り返して、粥にして食べる。これを炒り粉という。

現在の日本の食料事情

○輸入食料の増加

 高度経済成長に入り日本は年々食料の自給率が低下し、平成21年度ではカロリーベースでの自給率が40%(平成21年度)までになりました。米は自給率が96%とほぼ需要をまかなっており、ついで野菜が80%、魚介類は62%となっています。畜産物は69%が国内で生産されていますが、飼料の多くが輸入されており、その分を差し引くと純粋な自給率はわずか17%で、主要な品目である小麦や油脂類にいたってはそれぞれ9%、3%しかありません。このため、重量にして年間約5,800万トン、全カロリーの60%の食料を外国から輸入しています。

 農業生産は、自然条件の制約を強く受けるために生産量が変動しやすく、また、生産に一定の期間が必要なことから、需要の変動に速やかに対応することが困難です。これまでも世界的な異常気象による減産のため、国際需給の逼迫(ひっぱく)や価格の高騰がありました。今後もさらに人口の増加や発展途上国の経済成長を背景とした食生活の高度化や、バイオ燃料需要などによる穀物需要の大幅増加が見込まれています。一方、穀物生産はこれに見合った増加が今後続けられるかどうか、不透明となっています。

 豊かな食生活があたりまえのような時代に生きている私たちですが、飢饉はそれほど昔の話ではなく、80年ほど前までは現実の問題でしたし、終戦後の食糧難の時代も僅か65年前にあったことです。現在でも世界では60億人のうちおよそ9億人の人々が十分な食料を得ることができていな状況にありますが、一方日本では年間5,800万トンもの食料を輸入していながらその1/3を食べずに捨てている現状があります。
改めて食料の大切さを考える時ではないでしょうか。


補足資料

○作ってみよう

《わらび粉》

 地下茎を掘り上げ、よく水洗いする。臼やなどで()いて砕き、布袋で()し、デンプンを沈殿させる。

 水で(ゆる)く練って火にかけ、練り固めてキナコなどをまぶし「わらび餅」にして食べる。現在でもわらび餅は珍味として市販されており、西和賀町では地域特産物として製造を始めている。

《クズ粉》

 堀り上げた根をよく洗い、木槌などで叩いてよく砕く。細かく砕いたものを容器に入れ、水をはって揉みほぐす。アクが出るが、一晩放置しておくとデンプンが沈殿する。上澄みをそっと流し、沈殿しているデンプンに水を加えて攪拌(かくはん)し、また放置することを繰り返すことで、デンプンが精製される。布でこしたものを水とぎする方法もある。精製したものを乾燥させると(くず)粉になる。

《とちの実》          

採取した実を23日水浸し、よく洗った後に乾燥させておく(長期貯蔵するためには1ヶ月ほど天日干しし、完全に乾燥させる)。
乾燥果実を数日水に漬けてもどし(熱湯に漬けて一晩おいても良い)、実を割って皮を()く。割った実を
1日流水にさらす。
その後灰汁で煮て、煮汁と一緒に
日ほど寝かしてアクを抜く(灰汁は、木灰1kgに水1.8リットルの割合でかきまぜ、それを布を敷いたザルにあけて濾して作る)。さらに流水でアクを洗い流し、薄皮を取り去る。餅米と一緒に蒸してトチ餅などにして食べる。

《しだみ(どんぐり)》

  一度茹で、十分乾燥させる。ハンマーなどで割り、カラと薄皮をはがし、再度水につける  (日)。
 水から茹でて、一度湯を捨てる。再度、重曹や灰汁といっしょに柔らかくなるまで煮る。重曹を使う場合には、どんぐり200グラムにつき重曹を小さじ23杯である。さらに、水を入れ替えながら煮ることを数回繰り返す(どんぐりをこまかくしておくとアクをぬきやすい)。丁寧にあく抜きするとでんぷんの多いほくほくとした餡状(あんじょう)のものが出来る。 デンプンを抽出する場合は、ドングリを粉砕し、布袋に入れて水を張った入れ物の中でよく揉み、絞る。デンプンを沈殿させ、渋みが消えるまで何度も水を換える。

ミズナラの実

 

○岩手県に分布するしだみ(どんぐり)の種類

 「どんぐり」は、ブナ科のコナラ属に属する木に実る種子を呼ぶ場合と、シイ属・マテバシイ属を含めて呼ぶ場合、さらにクリ属・ブナ属も含めてブナ科全体の種子をそう呼ぶ場合とがある。一般的にはコナラ属、シイ属、マテバシイ属の18種の果実を「どんぐり」と呼ぶことが多い。ブナ科の木にはたくさんの種類があり、世界中では6600種ある。日本には21種が分布しているが、コナラ属の9種、シイ属の2種、マテバシイ属の2種は寒冷地には分布しておらず、岩手県に分布しているブナ科の種類は以下の38種で、どんぐりと呼ばれているのはコナラ属の5種である。

属名 種名 殻斗の鱗片 どんぐりの特徴  
コナラ属 クヌギ 肉質で長く反り返る 球形 本州(岩手・山形以南)、四国、九州、沖縄
カシワ 紙質で長く反り返る 球形               めしべの跡が長い 日本全土(沖縄を除く)
ナラガシワ

鱗状(りんじょう)で毛が密生

楕円形 本州(岩手・秋田以南)、四国、九州
ミズナラ

深く、鱗状

長楕円形〜

楕円形で褐色

日本全土        (暖地では高い山)
コナラ

やや浅く、鱗状

長楕円形

日本全土        (暖地では高い山)
クリ属 クリ 1cm前後のトゲを密生

扁円形で褐色

高さより幅が広い

日本全土

ブナ属 ブナ トゲ状で四つに分かれる

きれいなひだ模様

日本全土

イヌブナ

卵状三角形の小鱗片がある

3稜球形

一つの殻斗に二つ

本州(太平洋側)、四国、九州

参考引用文献》

「東北の衣と食」 三浦貞栄治 他著  明玄書房

「岩手県農業史」 森嘉兵衛監修   熊谷印刷

「新岩手風土記」 新岩手風土記刊行会   創土社

「岩手史叢第巻 飢饉考」 岩手県立図書館  熊谷印刷

「食生活の歴史」 瀬川清子著 大日本雄弁会講談社

「第回緑の国勢調査 身近な林(秋冬調査編)調査の手引き」 環境庁

「世界の食糧事情不安の現状2008」 国際連合食料農業機関(FAO)

                                            資料責任  農業科学博物館  小野田 和夫

《展示資料》

1 物品

 (1) かて切り器

 (2) トチの実(果実、貯蔵俵)

 (3) どんぐり(コナラ、ミズナラ、クヌギ)

 (4) しばれいも

 (5) 根花(ワラビ粉)

 (6) ワラビの根

 (7) 乾燥作物体(キビ、アワ、ヒエ、タカキビ、ハトムギ)

 (8) 穀粒サンプル(キビ、アワ、ヒエ)

2 資料

 (1) 岩手県における明治以降の冷害の様子

 (2) 冷害の歴史

 (3) 水稲収穫量の動向

 (4) 山村食料記録

 (5) しだみ(どんぐり)の種類を調べてみよう

 (6) 日本の食料自給率

 (7) 世界の飢餓状況