岩手県立農業試験場研究報告第30号 摘要

イネ箱育苗における主要病害の発生生態とその防除に関する研究 → 全文はこちら(2.67MB)
小川 勝美
 本研究は、イネ箱育苗で発生する主要病害、特に、Rhizopus sp.、Pythium sp.菌による苗立枯病、および、Gibberella fujikuroi菌によるばか苗病の発生生態とその防除法について行ったものである。

Rhizopus属菌による苗立枯病
 1.育苗箱で発生する苗立枯病に関与する病原菌として、Rhizopus属菌、Fusarium属菌、Trichoderma属菌、Pythium属菌等が分離された。出芽時30℃を越える高温、高湿度の状態では、Rhizopus属菌が優先的に発生した。

 2.Rhizopus属菌は、イネ苗の出芽、発根を抑制し、特に、根では棒状根、球状根などの異常根が認められ、中茎では異常伸長、歪曲、鞘葉肥大などの症状が認められた。発生の甚大だしい場合には腐敗枯死した。

 3.Rhizopus属菌の接種方法は胞子懸濁液を播種時に潅注するのが有効であった。接種量は200倍の顕微鏡下で1視野当り約250個の胞子濃度の液を箱当り300〜400ml潅注するのが良好であった。更に、播種時に箱当り5gの玄米粉の散布は自然発生を助長させた。

 4.苗立枯病に関与するRhizopus属菌として、R.arrhizusR.stoloniferR.javanicusR.oryzae、および、R.chinensisの5種類が確認された。これらの菌株はいずれも種子根または冠根の発根抑制あるいは伸長抑制など根の異常をひき起こし、イネ幼苗に対し病原性を認めた。しかし、R.stoloniferは他の菌株に比べて病原性が弱く、病原性に種間差のあることを認めた。

 5.Rhizopus属菌の胞子は、出芽種子、傷籾からの浸出液および玄米粉によって発芽が著しく促進されることを認めた。肥料として施用する硫酸アンモニウム液も僅かに発芽を認めたが、促進効果は小さかった。畑土壌煎汁液は胞子発芽促進効果を示さなかった。

 6.Rhizopus属菌の育苗床内侵入経路は,培土および種子付着して侵入するか、育苗器内外の飛散胞子によることが確認された。次に、侵入菌は種子に混入している傷籾、玄米に着菌するか、あるいは出芽時の種子浸出液によって増殖することを認めた。

 7.育苗箱内における菌叢の生育は、出芽時の高温(30℃以上)高湿度、緑〜硬化時期の低温(10℃前後)高湿度により、催芽前種子、催芽後に芽の乾きすぎた種子、傷籾混入種子の使用により、また、通気性または排水不良の培土および育苗箱を使用することによって助長される。

 8.Rhizopus属菌に対して有効な薬剤は、TPN水和剤、チウラム・ベノミル水和剤であった。チウラム・ベノミル水和剤は1,000倍液を箱当り1リットル覆土前潅注が、少発条件で有効であった。TPN水和剤は500〜1,000倍液を箱当り1リットル播種前潅注が有効であった。また、TPN水和剤とヒドロキシイソキサゾール剤との併用ではTPN水和剤1,000倍液を箱当り1リットル播種時潅注と、ヒドロキシイソキサゾール粉剤を箱当り5g土壌混和、または同剤1,000倍液を緑化時に1リットルの潅注で効果が認められた。

 9.チウラム・ベノミル水和剤の種子処理有効濃度は、種子1kg当り成分量で各0.5g以上と考えられるが、催芽種子では、生育抑制があり実用的でなかった。浸種前処理では、10倍液の4〜6%量あるいは7.5倍液の3%量吹付け処理(種子1kg当り成分量で各0.8〜1.2g)が有効であった。

10.チウラム・ベノミル水和剤の吹付けによる浸種前種子消毒は、いもち病、ばか苗病、ごま葉枯病防除と同時に、Rhizopus属菌、Fusarium属菌、Trichoderma属菌、およびPythium属菌等の苗立枯病に対しても有効であり、種子消毒による総合防除の可能性がみいだされた。

Pythium属菌による苗立枯病
 1.本葉2葉抽出期に急性的に萎凋枯死する障害苗、いわゆるムレ苗は、症状発生以前から根部の生育、特に、冠根、根毛の伸長が不良となり、再生根の発根力も劣った。冠根、根毛の組織内にはPythium属菌の有性器官の存在が認められた。

 2.萎凋枯死苗からは他の苗立枯病菌と同時にPythium属菌が分離され、分離菌株はP.graminicolumと同定された。本菌はイネ苗立枯病の病原菌としては未報告の、新しい種類であった。

 3.播種時および出芽時接種では苗立枯病の症状を呈し、1.5葉期接種では萎凋枯死苗、すなわち、ムレ苗類似症状が再現された。このことから、Pythium属菌によって育苗後半に発生する病害を「萎凋性苗立枯病」とし、育苗初期の苗立枯病と区別した。

 4.萎凋性苗立枯病は、土壌pHが5.2以上で、低温(0〜20℃,24時間)を伴うと発生が著しかった。

 5.分離菌の生育最適pHは6.0前後であることから、育苗培土のpHが岩手山火山灰土壌(pH5.8)のように高い場合は、病原菌の活動を助長した。

 6.加里含量が土壌100g中20mg以下になると発生は多く、加里含量が萎凋性苗立枯病の発生に関与していると考えられた。

 7.遮光処理は、育苗前半の苗立枯病の発生、および、育苗後半の萎凋性苗立枯病の発生を助長した。

 8.萎凋性苗立枯病の防除は、ヒドロキシイソキサゾール・メタラキシル剤の箱当り8g土壌混和、同液剤500〜1,000倍液を箱当り0.5リットル播種時処理または出芽時から発生直前までの間に潅注処理すると効果が認められた。
 以上により、Pythium属菌による苗立枯病は耕種的な防除と併せて薬剤防除を行うことにより、健苗育成が達成される。

G.fujikuroi菌によるばか苗病
 1.ばか苗病の発生は、1973年度以降ベンズイミダゾール系殺菌剤の使用によって、1978年度までほとんど見られなかった。1980年度には局地的に多発生を見、以後急激に増加した。この原因はベノミル剤耐性菌の出現によると結論した。

 2.1980年の多発圃場から採集したイネばか苗病菌の中に、ベノミルおよびカーベンダジン(MBC)に対し感受性が極めて低い、MIC値(最小生育阻止濃度)1,000μg/ml以上の菌株が発見された。

 3.1,000/μg/ml以上のMIC値菌株を接種し、採種した種子へのべノミル水和剤、およびチウラム・ベノミル水和剤の湿粉衣による防除効果は著
しく低く、MIC値1,000μg/ml以上の菌株をベノミル剤耐性菌とした。

 4.ベノミル剤耐性菌の出現率が低い地域の種子消毒は湿粉衣法が多いのに対して、耐性菌出現率の高い地域では低濃度長時間浸漬法が多かった。

 5.低濃度長時間浸漬法による消毒は、湿粉衣法または高濃度短時間浸漬法に比較して効果がやや劣り、耐性菌の出現を助長した。

 6.ばか苗病菌のべノミル剤に対する耐性化は、ベノミル剤に感受性菌が順化して中程度のMIC値菌の出現をみながら高度MIC値菌へと進行した。

 7.発病株に形成されたばか苗病菌の分生胞子には耐性菌と感受性菌が混在していた。多発圃場産種子の発病苗から分離した菌株にも同様な混在を認めた。

 8.耐性菌は、ベノミル剤希釈培地上で菌糸がやや膨化、歪曲、ねん転し、分岐が多くなるなどの形態的変化を生ずるが、極めて緩慢な菌糸伸長を示した。

 9.耐性菌を接種し、採種した種子に対して、使用歴の無いチウラム・チオファネートメチル水和剤とキャブタン・チャベンダゾール水和剤の湿粉衣法は高い消毒効果を示した。

10.耐性菌を接種し、採種した種子に対して、新規開発のトリフルミゾール剤、プロクロラズ剤は高い消毒効果が認められた。

11.トリフルミゾール水和剤の30倍液10分間浸漬、7.5倍液3%吹付け、および、0.5%湿粉衣の各処理は耐性菌に対する新しい種子消毒法として実用性が認められた。
[資料]奨励品種編入に関する資料
 水稲(うるち)ひとめぼれ(東北143号) (平成2年2月)
→ 全文はこちら(529KB)
(摘要なし)
「研究報告」目次へ
第29号・摘要へ 第31号・摘要へ
トップページへ