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子育てワンポイントアドバイス
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小学校期編

−集団活動の活発化−

子どもたちは3、4年生にもなりますと、戸外での遊びが増えて、「親と子」や「先生と生徒」の関係などいわゆる縦の関係から「仲間同士」という横の関係を重視するようになってきます。
いくつかのグループを作って遊びに熱中したり、共通の目標を作ったり、自分たちで作った遊びのルールを大切にしたり、同一の行動を重視したりします。
子どもたちは遊びを通して様々なルールを知り、人間関係の在り方を身に付けていくわけですが、それが社会性の基礎ともなるわけですから、親の役割、地域の役割も大事になってきます。
では、どんな場面で親の役割が重要になるのでしょうか。地域が担う役割は何なのでしょうか。
様々な観点から見ていきましょう。



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−自発的に活動する意欲−

小さい頃は何でも親に頼っていたのに、3、4年生になると急に自分でやろうとすることが多くなってきます。

この時期は、他の人を認めて、自分を振り返ったり、見つめたりする能力が発達するので家庭や学校における人間関係を理解し、自分の行動を反省できるようになり始めます。また、同時に、他から強制されることに対して、反発を感じ始めることも多く見られます。

「自分から進んでやってくれるといいんだけど・・・」と言う言葉を良く耳にしますが、自発的に活動しようとする気持ちを大切にする親の関わり方、家庭の在り方はどうあればよいのでしょうか。また、どのような体験をさせることがこの自発性をのばしていくことのつながっていくでしょうか。



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−旺盛な知的好奇心−

この時期は知的好奇心も旺盛になってきます。子どもはほめられ、認められることによって「やる気」や「意欲」を増していきます。
学習、読書、運動、自然などその子なりの知的好奇心の向く方向は違っているのですが、その子どもが持っている好奇心を大事にしていきたいものです。そのためには子どもがどんなことに興味や関心を持っているかを知ること、そして、それを共感してとらえることが大切になります。
そのための親子のふれあいをどう考えていけばよいのでしょうか。
また、知的好奇心を満たす体験をどのように考えていけばよいでしょうか。



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−親の役割−

子どもが小学校3、4年生になり、学校にも慣れ親しんでくると、親の役割も薄らいできたような気持ちになり安心しがちです。しかし、心身ともに発達の著しい少年期のこの時期、親の役割はますます重要になってきます。

親の基本的役割は、子どもの生活における身体的、精神的、物質的、社会的安全を保障することですが、そのためにも、よりよい家庭づくりを心がけ、基本的生活習慣をしっかり確立していくことが大切です。
最近では朝食をとらずに学校に行ったり、親とともに何時までも起きている子どもが増えてきていると言われます。これでは、子どもの心身の健全な成長を期待することはできません。

よい生活習慣は「一生の宝」とさえ言われますが、これを身に付けさせるためには、子どもへの適切なお手本を示すことのできる指導者としての親の役割を十分に発揮していく必要があります。

起床、就眠の時刻、身の回りのしまつ、あいさつ、行儀や礼儀、手伝い、学習、物や金銭の取り扱い等々、それぞれの家庭の約束事、きまりなどが自然にできあがり、それに基づいた規律ある生活が送られていくことが大切です。このような生活の中で、子どもの自立が促され、はつらつとした心身の成長が約束されていくのです。


〜決まった役割を日課にしよう〜
S君は6年生ですが、4年生の時から毎朝、家のトイレ掃除をしてから登校しています。3年生までは玄関掃除をしてきました。S君の家庭は学区の外れにありますが、たいていの子どもが親の出勤途上の車に乗せてもらって登校する中、小1時間もかけて、雨の日も雪の日も歩いて通っています。
しかし、リトルリーグの試合があると、S君の両親は、チームメイトの分までどっさりおにぎりや巻き寿司をもって応援に駆けつけ、大声援をおくるのです。



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−父母の役割−

家庭教育は、父親と母親がそれぞれの特性を生かしながら、互いに協力して親の役割を果たすことによって行われます。乳幼児期はどうしても母親の役割が大きかったのですが、子どもの成長に伴い父親の役割が大きな意味を持ってきます。

父親は、子どもにとってもっとも身近な男性のモデルです。たくましさや強さの典型として子どもとふれあいながら、物事にチャレンジしていく勇気、成し遂げるためのがまんなどを体験させるとともに、人間として、してはならないこと、しなければならないことなど善悪の区別をしっかりと教えてやりたいものです。特に、弱いものいじめ、度を過ぎた乱暴、友だちをばかにしたりする言動などさまざまな機会をとらえいましめていきたいものです。

こうした役割を果たすためには、父親も、常日頃から子どもの教育に参画していなければなりません。子育ては父親母親の協同の責任であることを認識していく必要があります。一方、母親の役割としては、人間としてのやさしさや思いやりの心を育んでいくことが大切なことといえます。目にふれる自然や動物を愛でたり、弱い立場にあったり困っていたりする人々に対する共感や思いやりの言葉など日常生活の中で母親が見せるさりげない言動が、子どもに影響をおよぼしていることを心にとめていきたいものです。


〜父親も子育てに参画を〜
A子さんは、お母さんが働いているので、学校が終わると妹と一緒に学童保育所で過ごします。夕方になると、お父さんが迎えに来ます。A子さんと妹は、このお父さんのお迎えが大好きです。ほんとうはもう4年生になったので、妹と一緒に家に帰るのは簡単なのですがお父さんを待っています。
お父さんは、必ず、家に車を置いて歩いて迎えにきます。3人でおしゃべりしながら、並んで歩くのがとても楽しいのです。お父さんは、A子さんと妹の話をいくらでも聞いてくれます。お父さんの小さい頃の話をしてくれることもあります。たまに寄り道をしてかき氷を食べて帰り、お母さんに叱られることもあります。



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−祖父母のいる家庭−

祖父母の同居している家庭では、家族がたくさんいるという点で、子どもにとってより好ましい条件にあるといえます。しかし、ともすると、祖父母と父母とで養育や教育の方針がくい違ったり、祖父母がとかく子どもを過保護にしてしまったり、波風の立つことも少なくなく、敬遠されがちです。

祖父母は、子育ての豊富な経験を持ち、穏やかでやさしく、こまやかなおもいやりをもって子どもに接してくれます。また、社会の第一線を退いた祖父母にとって、同居により他の世代と交流していけることは、高齢者が陥りがちな閉鎖的な生活に活力を与えてくれます。子どもにとっても、共に生活をすることを通して、人間が年をとるということがどのようなことなのか実感することができ、老人に対するいたわりや思いやりの心も自然に育っていきます。

祖父母と同居するにあたっては、まず、親が祖父母を尊敬し、大切に扱うことが重要です。特に子どもの前では、そのことを徹底することが大切です。そして、祖父母の経験に学び、生かすべき点は極力生かしていくよう努めることが良いと思われます。

また、父母と祖父母との間で不一致のあるような時も、子どものいないところで良く話し合い、調整を図っていくようにします。
相互の謙虚さとお互いを立てあう態度があれば、祖父母の同居はとても有益で、子どもにとって何にもまして良い経験や教育になるはずです。


〜祖父母とのふれあいを〜
B君のおじいさん、おばあさんは遠く離れた町にすんでいます。おじいさんが入院した時、B君のお母さんは働いているのでなかなかお見舞いにいくことができず、代わりに毎日のように葉書を書いていました。B君はそれを見て自分も書くことにしました。おじいさんが退院した今でも、良く書き送っています。おじいさん、おばあさんからも時々返事がきます。夏休みに遊びに行くと、アルバムのように大事にファイルしたB君の葉書集を見せてくれます。話もどんどんはずみます。
これにヒントを得て、B君は学級で敬老の日の取組の相談をした時、学区のお年寄りに葉書を書くことを提案しました。ただし、違うのは、学級のみんなと、その葉書を持って、お年寄りの家に遊びに行くことです。



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−学校や地域社会の役割−

子どもは生きていく基本となるものを、家庭の中で、父親や母親から学びます。そして、それを糧に、学校、地域社会に飛び出し、さまざまな経験を重ねていきます。このような中で、子どもが豊かな成長をとげていくためには、家庭、学校、地域社会がそれぞれの役割を十分にはたしていく必要があります。

家庭ではしつけを、学校では学習を、地域では社会性を教え育てていくのが基本ですが、ともすると、何もかも学校に任せ、依存してしまう傾向があります。本来家庭でやるべき基本的生活習慣のしつけをなおざりにして、学校での指導をたのみますとする親の姿勢があるとすれば、それは改めていかなければなりません。
また、親自身が隣近所との挨拶をおろそかにしたり、地域の行事や奉仕作業などへの参加に消極的であったりするならば、子どもが地域で育つ可能性をはばんでしまうことになってしまいます。

教育は家庭、学校、地域社会相互の信頼がなくては成り立ちません。それぞれの役割をどのようにしてはたしていけばいいのか、緊密な連携を図っていくことがこれからの課題と言えましょう。


〜忘れ物は、しつけの忘れから〜
H君が1年生になった時、お母さんに、毎日、約束したことがあります。
それは、夜寝る前に、必ずお母さんの目の前で明日の勉強の道具をそろえることです。
時間割を見ながら、国語、算数と順にカバンに入れ、鉛筆を鉛筆削りで研いでそろえます。H君が、それをすませるのを見ると、お母さんはにっこり笑って、毎日、洗濯したてのハンカチと給食のナプキンを手渡してくれるのです。
3年生になったH君は、すっかりそれが習慣になり、めったに忘れ物をしたことがありません。もちろん、今では、お母さんは、H君が道具をそろえるのを見ていませんし、ハンカチとナプキンも引き出しから自分で取って持っていくのです。



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−地域で育てる−


学校から帰った子どもたちは、一体どんな過ごし方をしているのでしょうか。4年生を対象に行った「遊びについての調査」によると放課後を家の中で過ごしている子どもたちが半数近くもあります。友だちと外で元気に遊ばない子が増えていることは、行動が活発になり、その範囲も広がってくる3・4年生のこの時期の子どもたちにとって大変不幸なことです。子どもは遊びをとおして社会の一員として必要なことを学びます。特に年齢の異なる子どもの集まりでは、子どもの間に自然な役割分担が生まれ、責任感や信頼感、他を思いやる心やゆずり合いの心が養われます。地域の子ども会はこうした働きをしてくれる貴重な集まりです。特に最近のように兄弟の少ない家庭が多くなっている状況の中では、子どもの成長にとって地域での生活が大きな意味を持ってきます。

地域の子ども会や地域行事に進んで参加させ、遊びや活動をとおしてたくましい子どもに育てましょう。お父さんやお母さんも家庭から地域へ一歩踏み出して、近隣の人たちと手をつなぎ、地域の中で子どもたちが豊かな体験ができるように援助し、地域社会での子育てを進めましょう。

子どもたちの遊びと放課後の過ごし方の調査をした結果、次のようになっている。

 @外遊びか家の中での遊びか
   男子では
    ・外で遊ぶ子どもは[51.8%]
    ・家の中で遊ぶ子どもは[48.2%]である。
   女子では
    ・外で遊ぶ子どもは[47.8%]
    ・家の中で遊ぶ子どもは[52.2%]である。

 A放課後何をしているか
  −20%以上の回答を順に並べると−
    ・テレビ[61.11%]
    ・宿題[50.8%]
    ・マンガ[44.1%]
    ・テレビゲーム[44.1%]
    ・ビデオ[30.7%]
    ・本(読書)[29.3%]
    ・サッカー[27.6%]
    ・習い事[26.6%]
    ・おしゃべり[20.7%]の順になっている。


〜子ども会をきっかけに〜
「ある母親の体験から」
息子は小さい時から家の中で静かに過ごし、手のかからない良い子でした。
ところが成長するにつれ外での新しい経験を恐れたり、失敗を気にするようになりました。そんな時、子ども会のドッジボール練習に行った息子がいつになく目を輝かせて帰ってきました。失敗しがちな息子を「どんまい、どんまい、がんばって!!」と上級生が励ましてくれ、それが余程うれしかったようです。それをきっかけに息子は外に出るようになり、近所に友だちもできました。それまで家の中に閉じこもりがちだった私も地域の行事に参加するようになり、今では子育てについて話せる仲間も増え、心強くなりました。



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−社会参加の一歩−

親離れの始まる3・4年生のこの時期は、積極的に外に向かってエネルギーを発散させたい年頃です。子どもの目は外にむけられるようになり、社会性も芽生えてきます。こうした時期から「社会参加」への意識や行動を育てておくことはとても大切なことです。

3・4年生の子どもたちの社会参加というむずかしく聞こえますが、社会参加の基礎づくりは家庭生活にあります。家庭の中で子どもにできる仕事を分担させ、自分の小さな仕事も家族みんなの役に立っていること、家庭生活は家族がそれぞれ役割を持って協力し合っていることを体験を通して理解させることが社会参加への一歩です。その上に立って地域の清掃活動に親子で参加したり、子どもと一緒に一人暮らしの老人を訪問するなど身近なところからはじめてみましょう。子どもの頃から社会参加の体験を持っていれば成長するにつれてその場を広げていけるようになるでしょう。大切なのは親自身が社会参加する姿を子どもに見せることです。


〜ふれあいマラソンで車いすのおじさんと出会って〜
5年生のk君は、村が主催する「ふれあいマラソン」に3年生のときから家族と一緒に参加しています。k君はこのふれあいマラソンで「車いすのおじさん」に出会いました。そのときのことを次のように書いています。

「ぼくは、9月4日の啄木ふれあいマラソンで車いすのおじさんに初めて会いました、会ったといっても話したりしたわけではなくちょっと離れた所からおじさんを見ていました。でもおじさんの姿を見ているだけでとても大事なことを教えてもらったような気がします。おじさんは車いすで10キロマラソンに参加していました。おじさんのあしは細くて短かくそのかわり腕は太くて、良く日にやけたたくましい腕でした。このマラソン大会に出ているだれよりも練習したとわかる腕でした。おじさんがグラウンドに車いすで走って入って来たときは、ぼくはなぜかめいっぱい応援していました。知らないうちにとても大きな声が出ていました。「おじさん、がんばれ。」何度も何度も叫びました。」・・以下略


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−社会教育施設の利用−

子どもの心を広く豊かに育てるためには、様々な体験をさせることが必要です。子どもは学校でふれあうことのない多くの人たちと接し、より広い社会生活を体験します。また、自然や文化とのふれあいを通して感動したり、新しい出会いや発見に喜びを感じ、人間として成長していきます。
この時期の子どもたちは、物事に対して興味、関心を持ち、「やってみたい。」という意欲旺盛な年頃です。こうした子どもたちに開かれている社会教育施設が身近なところにあります。公民館や図書館、博物館や野外活動センター等です。これらの施設では、子どもの成長に役立つ様々な行事や体験学習等が計画されています。休日や長期の休業には親子で利用し、体験を共にすることで親子のふれあいを深め、共に成長する機会にしたいものです。


〜自主的に活用できる力を育てるために〜
これからの子どもたちは、生涯学び続けるための「学び方」を身につける必要があります。社会教育施設等の利用についても子ども自身が自主的に活用できる力をつけてやることが大切です。そのためには、今の段階で「利用して役立ってよかった。」「楽しかったので次も利用したい。」という経験を積ませることです。公民館だよりや市町村の広報、青少年の家等から出される所報には豊かな体験やふれあいができる様々な行事や活動が紹介されています。工作教室やスポーツ教室、自然とのふれあい活動など子どもが生き生きと喜んで参加できるものを子どもと相談して選び、進んで利用するようにしましょう。


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−学校週5日制に対する親のあり方−

学校週5日制のめざすものは、子どもの生活にゆとりと生きがいをもたせ、家庭や地域の人々、自然とのふれあいなどの体験をとおして、心豊かでたくましく生きる人間を育成することです。

そのために、家庭では、団らんや家事の手伝いなど、親子が一緒に過ごすことによって生き方や生活の知恵を学ぶことが大切です。

また、地域社会は、子ども同士の遊びや自然体験、社会参加、集団活動等のいろいろな体験をとおして、好ましい人間関係と豊かな感性、社会性、国際感覚などを培う場となることが望まれています。

子どもたちが、遊びや様々な活動を自ら選択し、進んで行動することによって、子どもの主体性、創造性をはぐくむことができるのです。

家族ぐるみで、何を、いつ、どこで、どのようにして楽しむかを話し合いながら、子ども自身に判断させ、自分の責任で遊びや生活体験をできるようにしむけることです。

教えるから賢くなるのではなく、学びとるから賢くなるのです。その学びとりかたを体験学習し練習する場が家庭で、成果の発表の場が地域です。


〜子どもは遊びながら学び、親は学びながら遊ぶ〜
「家族全員で川遊び計画をして実施した体験記より」

「子負いタガメを親子で見た時の感激、川虫とりに集中する子どもの姿に驚き、夜、親子全員、共通の話題に集中する素晴らしさ、これが家族団らんなのですね」 親自身が野外での遊び方や、自然とのふれあい方を学ぶことで、子どもを野外に放つことができるものです。したがって、子どもは自然体験から新発見に感動し、収穫に感激し、親は我が子の素晴らしさを再認識するものです。



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−生涯学ぶための基礎づくり−

「手足をふりまわす時期」といわれている3・4年の成長期は、そろそろというような準備教育的感覚では、子どもの成長に効果的に対応していくことができないと思います。そろそろではなく突然に変容するのが子どもたちです。
その発達のバイオリズムに対する親の心の準備に弾力性が必要です。

〜共働きのお母さんの子育て座談会より〜
「私は、仕事から帰ってくると、台所へ飛び込みたくなる心を押さえて、子どもがよってくるままに、膝の上や背中や脇に取り囲まれて、その日の話を聞くことにしています。どんな話しでも子どもらの独立への体験なので、良く聞きました。木から落ちそうだったけれど、大丈夫だったよというような話のときは、「よかった、よかった、あなたの頑張りが強くなったのよ」と言って心から膝にキスをしてやります。失敗した話しのときは、おこりたくなるのを必死になって我慢して「それでどうしたの」と言って、失敗の段取りを聞きます・・・」
子どもにとっては、失敗は独立への冒険のやりそこねですから、実にありありと覚えているものです。だからこそ話を良く聞き、そして最後には握手して「それだけ覚えていれば二度と失敗はしないでしょう」と言って念を押し勇気を与えるようにしてやることです。


〜許される失敗・許されない失敗〜
失敗には二種類があると思います。油断や天狗になったり、気のゆるみから失敗した場合は、苦しい思いや口惜しさをとことん味わわせ、好きで努力して、一生懸命情熱を燃やしてやっての失敗や、みんなのために頑張ってしてやったのに失敗した場合は、その失敗の原因や段取りを良く話し合って、反省させます。そして「失敗したにもかかわらず逆に褒めること」が生涯学ぶための基礎つくりになるのです。「許される失敗か、許されない失敗か」よく正体を見極められる心のゆとりを持ちましょう。
成功は99%の失敗に支えられた1%です。子どものよい変容は数多くの体験学習の成果の表れです。



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−のびのびと家庭で自己実現−

子どもに親が直接説教するよりは、本から子ども自身が学んで、感動するほうがはるかにききめがあるものです。衣食住や健康や親子関係や兄弟関係と複雑な家庭生活のなかで、ひとりひとりが自由と独立とをもち、年齢のずれ、性質のちがいなどに対する親密ないたわりをもって、家庭生活を送るために必要なものは、ものを考えるための多くの参考材料です。最も身近なものとして、子どもたちの書いた作文集には、子どもも親も大人も考えなおさなければならない様々な材料が一杯あります。

夕食のあとなど、家族全員が当番で本を読む習慣などは如何でしょうか。3・4年生の子どもには本の提供係をたのむと、わが子のことも分かり楽しいものです。また、子どもの書いた詩の本や動物や虫や魚など飼育した話しのある本や図鑑なども楽しい話題と反省と与えてくれます。文学を読むことも、生活に夢を持つことができるために大切なことです。夢があるということは、心のやさしさがふくらんでいくものです。
本を読むだけでなく、絵(含・マンガやイラスト等のペンガ)を画く楽しみなどを味わせたいものです。また、作品には、発達段階に応じて心の変容があらわれているものです。その絵の発表の場として居間をギャラリーにすると、子どもは意欲的になりますし、家族は共通の話題が多くなります。自由に批評しあえる楽しい団らんの場となり、素晴らしい家風が築かれるでしょう。


〜居間のギャラリーは心のギャラリー〜
子ども部屋というものを何か美しい色のカーテンをかけたり、机の上を奇麗にしたり、あたかも親の好みを満足するように作り替えているようです。
本来子ども部屋は、本を読んだり、粘土をいじったり、絵を描いたり、虫を飼ったり、標本づくりをしたり等々、想像力と何かをつくりだす喜びが自由に満喫できるような、子どものための、子どもの夢を創りださせる唯一の仕事場だと思います。そこで作る面白さや楽しさを体得し、そしてその作品の発表の場を居間ギャラリーにすることにより、家族全員が作品の心を読みとり、自由に批評しあうことが、自分の考えを発表する体験学習の場となるのです。このようなことが「ものつくりは心つくり」といわれるゆえんなのです。



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−ボランティア活動への参加−

幼児は、自分が言っていることと、自分が考えていることと、自分の行動が一致しなければ、テコでも動かないものです。ところが、3・4年生頃から自分の考えなどに矛盾が生じると、自分のアンテナで何が正しいか、何が悪いかを判断できるようなモデルを集めて、自分なりの価値判断をします。

ですから、親が正しいと言ったことでも、必ずしも正しいと自分では思わないということがあるのです。このようなことを体験しながら自分の考えをもつことを分かり始める時期です。だからこの時期に親は、「人の役に立つことはこんなに素敵なことよ」とか「不自由な方とふれあうとこんなに感動があるよ」とか「幼児と遊ぶとこんなに楽しいのよ」などと、よい体験をさせることが奉仕活動を芽生えさせることになるのです。


〜子どもは親のうしろ姿を見て育つ〜
「母子での施設訪問体験記より」

「8歳になったAちゃんへ、おむつたたみや掃除とても上手だったよ。施設で活動したことを家でしたり、家でしていることをボランティア活動に役立てると、楽しい奉仕活動になるよ」。
子どもは親のうしろ姿を見て育つと言われています。近所の方々とのふれあい方や、公民館などの集会活動の後始末の様子などを楽しく話して聞かせることが、奉仕への関心が高まるものです。家で練習してその成果を発表させてほめてやることです。


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