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 平泉の文化遺産
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これから、柳之御所遺跡や平泉町のいろいろな文化財について、みなさんと一緒に学習を深めていきたいと思います。

 みなさんは、平泉町の文化財についてどんなことを知っているかな?修学旅行などで平泉に来たことがある人もたくさんいると思うけど、どんなことが印象に残っているのかな。                             
 これからみんなが訪ねようとしているのは、今から約850年ぐらい前の平安時代の終わり頃の時代です。当時の政治の中心は現在の京都にあり、平清盛
(たいらのきよもり)や、みんなも良く知っている源義経(みなもとのよしつね)、武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)も活躍した時代です。

 ちょうどその頃、奥州と呼ばれた現在の東北地方には、平泉を中心として奥州藤原氏
(おうしゅうふじわらし)が栄え、初代清衡(きよひら)、二代基衡(もとひら)、三代秀衡(ひでひら)、四代泰衡(やすひら)と続き、約100年間にわたって京都にも負けないいろいろな文化を築き上げました。

 ところが、みんなもよく知っている鎌倉幕府
(かまくらばくふ)を開いた源頼朝(みなもとのよりとも)が1189年にこの平泉を訪れ、源義経をかくまったということで、奥州藤原氏を攻め滅ぼしてしまいます。

 私たちは、平泉の調査・研究を進めることで、まだたくさん残っている難しい問題を解決していこうとがんばっています。

 このホームページでは、『平泉ってどんなところなんだろう?』、『平泉にある遺跡って?』、『発掘ってなんだ?』・・・ということを紹介していきたいと思います。
 郷土に残されたこのような貴重な歴史や遺跡をぜひ学んでみて下さい。



2006年4月


岩手県教育委員会事務局