交流人口拡大・コミュニティ再生調査特別委員会会議記録

交流人口拡大・コミュニティ再生調査特別委員長 高橋 博之

1 日時
  平成21年1月21日(水曜日)
  午前10時3分開会、午前11時29分散会
2 場所
  第3委員会室
3 出席委員
  高橋博之委員長、岩渕誠副委員長、佐々木一榮委員、新居田弘文委員、五日市王委員、
  喜多正敏委員、菊池勲委員、樋下正信委員、小野寺有一委員、小野寺好委員
4 欠席委員
  田村誠委員
5 事務局職員
  小原担当書記、船本担当書記
6 説明のために出席した者
  ライフサポート・松園 専務理事 川村安平氏
  松園地域街づくり研究会 会長 久保忍氏
7 一般傍聴者
  なし
8 会議に付した事件
  (1) 「松園ニュータウンの再生に向けて 〜地域住民の取り組み〜」について
  (2) 次回の委員会運営について
  (3) 県外調査について
9 議事の経過内容
○高橋博之委員長 おはようございます。ただいまから交流人口拡大・コミュニティ再生調査特別委員会を開会いたします。
 田村委員欠席ですので、御了承願います。
 これより本日の会議を開きます。本日は、お手元に配付いたしております日程により会議を行います。
 これより「松園ニュータウンの再生に向けて 〜地域住民の取り組み〜」についての調査を行います。本日は、講師として企業組合ライフサポート・松園専務理事、川村安平様、松園地域街づくり研究会会長、久保忍様をお招きいたしておりますので、御紹介いたします。
○川村安平参考人 ただいま御紹介いただきました川村安平です。よろしくお願いします。
○久保忍参考人 紹介いただきました街づくり研究会代表の久保忍と申します。よろしくお願いします。
○高橋博之委員長 お二人の略歴につきましては、お手元に配付いたしているとおりでございます。
 本日は、「松園ニュータウンの再生に向けて 〜地域住民の取り組み〜」と題しまして、少子高齢化が急速に進んでいる盛岡市の松園ニュータウンにおいて、新たな街づくりに取り組んでいる皆様の貴重なお話をいただくことになっております。
 それでは、これから川村様、久保様からお話をいただくことといたしますが、後ほど質疑、意見交換の時間を設けておりますので、御了承願いたいと思います。
 それでは、川村様、久保様、よろしくお願いいたします。
○川村安平参考人 それでは、私のほうからお話しさせていただきたいと思います。
 松園の地域の大体の取り巻く状況について、ちょっとお話しさせていただきたいと思います。松園ニュータウンというふうになっておりますけれども、松園地域というのは、松園ニュータウンとサンタウン松園、それからパークハイツ小鳥沢と、三つの地域から成り立っておりまして、全部で人口が約2万人弱でございます。松園ニュータウンというのは最初にスタートして、住宅供給公社で開発された団地でございまして、岩手県でも一番大きい、東北でも有数の団地でございます。皆さん御承知のとおりでございます。
 私も松園に住んでおりますけれども、一番最初のころの入居でございまして、坪1万8,000円のときでございました。非常に安い時代に入居させていただいたわけです。ただ、最初にスタートしたときは、土地と建物つきで300万円でスタートして、その後状況が変わりまして350万円と、50万円値上げしたとき大騒ぎになりまして、今思うと本当に得したのかなと。当時は大騒ぎになった時代でございました。
 当時は、まだ関連道路も少なくて、いわばまだまだ未開発な段階での入居でございまして、雪も多く、寒さも厳しく、道路もまだ、でこぼこという状態でございまして、最初のころはよくあんなところ入った、ばかではないかと言われた時代でございまして、その後10年たちましたら、さすが先見の明があると言われました。それだけいい団地になったわけでございますけれども、私も県の職員の方から、必ず将来あそこはよくなると、だから買ったほうがいいよと勧められて買ったわけでございまして、当時としてはやはり1万8,000円でも100坪ぐらいですから180万円で、でも当時はやはり厳しい時代ではあったと思います。
 みんなそれぞれ厳しい状況の中で入居して、地域全体とすれば、やはり公務員の方が多いのです。県職員の方、市職員の方、警察関係、それから自衛隊の方とか、やはり当時とすれば庭つきの一戸建てに入りたいと、住みたいというのが理想の姿でございまして、それを住宅供給公社が開発して、いわば我々に提供していただいたと。それで、やはりインフラが非常に整備されておりまして、道路網から水洗トイレ、それからガス、そういうものが整備されて、非常に住みよい団地でございます。
 ただ、それから三十数年たちまして、当時入居した平均が約40歳と言われておりましたけれども、35年たつと75歳になるわけでございまして、当時学校も非常に生徒さんが多くて、しかも公務員の方たちが多いので、教育熱心な方が非常に多くて、教育に熱を入れていい学校へ、そしていい大学へと、いい就職先へと、そして帰ってこないという現状でございます。ですので、三十数年たちますと、やはりひとり暮らし、または御夫婦で住んでいる方、それから引っ越された方とか、いろいろやはり35年の歴史がございまして、その中で魅力があるのかと、ないのではないかという風評もございます。
 松園ってどんなところと聞かれますと、寒い、不便、雪が多いと必ず言うのです。自分たちで自分を苦しめているような状況なのですけれども、よく話を聞くと、いや、そんなことはないと、こんないいところはないという、住んでいる方たちはそう言うのです。ところが、聞かれるとあそこは寒いと、それから交通の便もかかるし、雪も多いと。
 しかし、今年も非常に雪も少なくて天気もいいですし、非常にいい環境の中にあるなとつくづく実感するわけでございます。私たちも雪かきのお手伝いなんかもしておりますので、雪が降れば行ってお手伝いするということをやっておりますけれども、今年はずっと少ないのです。まだ3回ぐらいしか行っていないという状況でございます。年々少なくなっているなと、やはり温暖化が進んでいるのかなというふうな思いがあります。
 35年たちますと、やはり若い人たちが少なくなってきているし、子供さんも少ない。それから、小学校が三つあるわけですけれども、やはり松園ニュータウンの子供さんたちは非常に少ないのです。ただ、県営住宅がございますので、そこに住んでいる方たちの子供さんたちが学校に通っていて、若い子供さんが多いということもございます。
 それから、新しい状況なのですけれども、団塊の世代の方たちが退職されて帰ってこられると。そうすると、今まで老人がお二人で住んでいたところに帰ってこられて、そのお世話をするという現象もちらほらと見られるようになりました。また、若い方でも一緒に同居すると。今までは近くのアパートに住んでいたけれども、一緒に同居するという方もちらほら見られるようになりまして、やはり時代の流れが団地にも少しずつ寄ってくるのかなというふうに思っております。
 松園地域の人口は、4ページに資料がありますが、平成12年の資料でございますので、ちょっと古いのでございますけれども、やはり高齢者率は上がっておりますし、年少者は少なくなっていると。そして、世帯数は、これは新しい状況では、私は横ばいではないかなと。つまり空き地に新しく家を建てて今住んでいる方もおられますし、この間、北松園、サンタウン松園で、ユニバースが持っていたところを宅地に分譲しましたら、瞬く間に売れてしまったのです。今新たに健康センターの跡に団地を造成しておりまして、約100戸ぐらいになる予定だそうですけれども、今進んでおります。これがどのくらい人気があるのかなということが松園の一つの目安になるのではないかなと思って期待しておるわけでございます。
 松園の地域を見れば、大体そのような状況で今推移しておりまして、住んでいる方たちは高齢化が進んでおりまして、真剣にやはり自分たちの老後を考えるようになってきていると。果たしてこれでいいのかなと、家族の方たちは周りにはいないと。1人で住んでいる方もおられますし、そういう方たちの不安、または不便というものを、何とかそれを解消していかなければならないと真剣に考えるようになってきたと。これは、実際その場にならないと、高齢化が進んでいるといっても、自分たちはまだまだ大丈夫という現象があるのです。全然気づかないと、心配ないと、健康だから、うちのだんなは大丈夫、うちの奥さんは大丈夫と。
 ただ、ある例がございまして、御夫婦で住んでおられまして、ライフサポートの活動は知っていたけれども、私たちは関係ないと。奥様は、マラソンなんかもやっておられて、地域のスポーツクラブにも参加される非常に元気な方でございました。ところが、御主人ががんの検査でひっかかってしまって、初めて御主人を病院に入院させて、初めて自分たちの生活というものを振り返ったときに、果たしてこれからどうあるべきかということを真剣に考えて、御相談に見えられました。
 そのお手伝いをしておりましたけれども、実は奥さんもがんになっておられまして、実は奥さんのほうが先に亡くなられたのです。わずか1カ月ぐらいの差でございましたけれども。そのときに初めて言われたのですけれども、自分たちは、ましてや奥さんはマラソンなんかをやっているくらいの方でございましたから、非常に元気でスポーツウーマンでございましたけれども、初めて自分の健康、また自分の一生というものを考えたときに、果たしてこれでいいのかなと。
 子供さんは近くにいたのです、実は。緑が丘に住んでおられて、アパートに住んでおられたのですけれども、どうも嫁さんとうまくいかないということで、しかし、いつかお世話にならなければならないけれども、どうしても嫁さんとうまくいかない、性格が合わないということで、それでライフサポートからお手伝い、掃除、それから庭の整備などにお伺いしてお助けした。わずか半年足らずでございましたけれども。
 そのとおり、実はその場にならないと意外と皆さん気づかない。しかし、こういう時代でございますので、そろそろこれでいいのかなと、松園に住んでよかったのかなと、そういうことを真剣に考えるようになりまして、次の3番目の松園ニュータウンの共通問題点でございます。
 これは、少子高齢化、全国の流れを見ますと、ニュータウンというところ各県にございますけれども、大体30年から35年ぐらいたっておりまして、時代が戦後の貧しさから豊かさになって、やはり夢は一戸建ての住宅に住みたいと、自分の庭つきに住みたいという現象があらわれて、一挙にその不満を解消していただく、大きな開発をしてつくられたまちであると。ただし、その当時は住むということが主体だったのです。暮らすことは余り考えなかったのです。住むということは、家があって、庭があって、近くに利便施設の、いわば買い物できるところがちょっとあれば、それでいいのではないかと。しかし、35年たって見ますと、住むから暮らす時代なのです。どうすれば暮らしていけるかということを余り考えずにつくったニュータウンが多いのです。
 ですから、住むこと、つまり松園ではよくベッドダウンという、寝るだけのところということもございまして、私自身も35年間住んでいますけれども、25年間はほとんど地域のことを全く知らなかったのです。そのうちに太り出しまして、50メートル歩くと息切れするような状態になりまして、これではいけないということで犬を飼ったのです。犬を飼って散歩してみて初めて松園地域のすばらしさに気づいたのです。こんな景色があったのか、こんな公園があったのか、こういうような町並みがあったのかと初めて、車ではなくて、歩いてみて気づきました。
 それで、今ライフサポートで犬のお世話なんかもしておりますけれども、各地域からお願いされるわけでございまして、この後も実は犬の散歩の仕事が入っております。犬の散歩をして、あちこち歩くと、松園のよさというのが非常によくわかるのです。ところが、松園に住んでいて、近くにいるけれども、ほとんど出たことがないという人がほとんどなのです。住んでいるけれども、ほかの地域は全くわからないという。それで不便だ、寒さが厳しいという話になってしまう。確かに南の地域と比べれば2度ぐらい差はあると思いますけれども、また松園のよさはもっともっとあるのではないかなということでございます。
 松園ニュータウンの衰退化、魅力が低下していると。例えば地価が下がっているという場合もございます。非常に下がる率が高いのです。だれが下げているかというと、意外と不動産屋さんだったりしまして、このくらいだと売れないから、このくらいなら売れるということで、どんどん下げていくという状況でございまして、あそこはこのくらいだから、ではここならこのくらいではないかなということで下がっている部分もございまして、それから先ほどの、寒い、不便というのが風評になっている部分もございます。自分たちがみずから評価を下げているのではないかなと思う節もございます。
 しかし、中には松園が日本のビバリーヒルズだという方もおりますし、真剣にそれを唱えている方もいます。盛岡の田園調布だという方もございます。それは、やはり魅力はまた違うところにあるのではないかなということですけれども、やはり空き家が目立つと、そういうことから衰退化という新聞記事が載ったこともございます。
 ただ、住まいも、空き家も確かにございますけれども、これはこういう事情があるのです。松園が販売された当時、盛岡に転勤で来られた、仕事で来られた方が松園ニュータウンが売り出されるということで、では買っておこうかと。これからは土地も高くなるだろうし、財産としてもいいのではないかと買った方が結構おられるのです。住んで、あとは転勤されたり、帰られたりして、それを貸されたり、それから売ったり、または空き家にしている。いつか帰るだろうと空き家にしている方もございます。事情があって空き家になっている場合もある。
 それから、その持っている方が九州の方とか、東京の方とか、そういう方も結構おられるのです。ですので、決してだめだから空き家になっているばかりではないということもございます。また、松園に住んでいて、どうも不便だからということで、まちの中にマンションを買って住んでみたけれども、住んでみて便利で煩わしさがないのだけれども、実は孤独だという方多いのです。また違った悩みがあると。例えば夜中に洗濯機を回されたり、掃除機をかけられたり、それから子供がどんどんとはねる音が下に響くとか、また違った悩みがあると。それから、訪ねてくる人が少ないと、エレベーターに乗ってもあいさつもされないと、そういう方もおるので、どうも不安だという方もおられます。それでまた帰ってこられた方もおられるのです。松園ニュータウンの魅力の低下に、また違う魅力を見つけ出していかなければならないのではないかなと、再発見をする時期に来ているのではないかと。その見直しを我々はやっていくと、街づくり研究会の中でやろうということでございます。
 それから、まちの歴史が浅い。これは、まちができて、わずか三十数年なのです。いろいろな方たちが寄り合いで入った団地でございまして、また一番中心になって働く方が仕事に出ておられるということで、もう夜は寝るだけのまちになっていると。つき合いが非常に浅いのです。女の方でいえば、学校の生徒さんとか、そういうおつき合いはあるのですけれども、男性の方はほとんどあいさつ程度、何しているのかもわからないというおつき合いが非常に多いと。
 それから、例えば地域の掃除とか、草取りとかとあるわけですけれども、それが非常に嫌だという方も多いのです。せっかく自分たちの生活だけ楽しめると思って来たらば、地域の掃除だとか、ごみ出しとか煩わしいと。雪かきもしなければいけないと、煩わしいという方もおられます。しかし、本当はこの煩わしさが実は交流に物すごく大事であるし、自分たちが生きていく上で必要なものだけれども、ついそれに気づいていない。ただ煩わしいというだけでまた引っ越された方もおられました。
 よく東京は人情がないとか言われますけれども、東京でも下町とかそういうところというのは非常に人情が厚いのです。おつき合いも深いし。その点、田舎だから、松園だから、そういうのが深いのだろうと言われますけれども、実は物すごく浅いのです。意外と隣近所が仲が悪いと。枝がこっちへ来たとか、雪がこっちへ落ちたとか、花粉が飛んできたとか、隣は掃除しないとか、いろいろやっぱりお隣との問題点もあるのです。これらもやはりこれからの時代は再発見する上で必要なことではないかなと思っております。
 4番のコミュニティー力の低下も同じようなことでございまして、やはり煩わしい、面倒だと、だからなるべくそういうのに参加したくないということも非常に多いということでございます。
 それから、「住む」が主体のまちづくりが行われてきたと。これは、全国どこでも同じ問題があるのです。福島県で団地サミットというのが行われまして、そこに呼ばれて2人で行ってきたのですけれども、やはり同じようなニュータウンでございまして、同じような規模でございまして、やはり公社が開発した団地でございました。いろいろ回って歩くのですけれども、そこの団地は1万5,000人ぐらいの人口なのですけれども、食堂が1件なのです。あと、中央に商店街があるのですけれども、ほとんどシャッターを閉めていて、2分の1ぐらいしか動いていないのです。ますます魅力がないと、どうにかしないといけないということで団地サミットが開かれたのですけれども、まちを歩いていて気づいたのですけれども、どうも暗いのです、まちが。何でだろうかなと思ったら、ちょうど三十数年前というのは、分譲されて、我が家と、我が城となれば、それをいわば石垣で囲うわけでございまして、ブロック塀を高くつくってもらうわけです。そうすると外から見ると非常に暗いのです。隣同士ももちろんコミュニケーションもないし、それで我が城を守るということでつくっておられる。松園にもそういう家が二、三カ所ありますけれども、松園のよさというのはほとんどそれが低いのです。それから、新しい団地でありますサンタウン松園やパークハイツ小鳥沢、そういうことで仕切ってはいけないということになっているのか、みんな木とか境が非常に低いのです。ですから、非常に明るいし、コミュニケーションがとれているのではないかなという感じがいたします。
 6番の住宅の老朽化でございますけれども、やはり三十数年たちますと、今松園ニュータウンでは建てかえも多くなってまいりました。つまり新しいビジネスが実はそこに芽生えてきているのです。リフォームや新しい家に建てかえると。二世帯住宅にするとか、1人で住むのでちょっと改装するとか、そういうことが多くなりました。
 空き家の増加は、先ほど申したとおりでございまして、8番目の行政からのサービス、助成の限界でございまして、どうしても行政に頼るのです。市に頼ると。補助金が欲しい、それからこういうことをやってほしいので予算をつけてほしいと。そういう動きが非常に盛んでございましたけれども、やはり近年そういう限界も感じるようになりまして、そうするとハードよりもむしろソフトのほうに重点を置く時代ではないかなということも踏まえてまいりたいと思います。
 ちょっと長くなりましたので、4番目のこれからのライフスタイルに求められることということで、久保さんのほうからお話しいただきたいと思います。
○久保忍参考人 私のほうからは、4番に書いてありますライフスタイルに求められることということで、資料のほうには5項目載っていますけれども、今から求められることというのはこういうことではないかなということをもとに話をさせていただきます。
 本来私の本業は、介護の事業所の経営でして、地域の中で高齢者の皆さんの安心をということで展開しているのが本当の仕事です。どちらかというと、地域密着型サービスと今名前が変わってきましたけれども、グループホームですとか訪問介護事業、あとは有料老人ホームというのは、当社の運営の主体ではあります。
 その中で、松園の団地の中でも事業を展開させていただいておりますけれども、高齢者の方ですとか、まちの動きを見たときに、やはり必要なことというのが見えてきました。まちづくりというのも、確かにハード面、道路開発とか、そういったものも必要ではあると思いますけれども、これからの時代ということは、ハード面もそうですけれども、ソフトの部分、地域とのつながり、あとはお互いの交流、こういったことも必要なのではないかなという、そういった部分を踏まえて、川村さんを含む十数名ですか、街づくり研究会のメンバーが集まりまして、研究会を立ち上げ、岩手県の事業費をいただきまして、ワークショップ等々の展開をしてまいりました。
 近年また高齢化社会ですとか、人のつながりの希薄さ、失業ですとか、まちの空洞化、いわゆる暗いイメージの言葉が飛び交う中で、その時代背景としましてはいろいろあると思いますけれども、高齢化に向けて核家族化ですとか単独世帯、こういったものもふえてきております。今までですと、家族単体ですと、その中でできた介護、子育てですとかそういったものが、今は共働きですとか、そういう時代背景の中で、どうしても余儀なくされてきたと。また、それをサポートする仕事が必要ということで、子育て支援事業ですとか、あとは川村さんも活動されているようなサポート、ライフサポートという団体、こういったものがやはり必要な時代になってきているのではないかなと思っています。
 松園には、そういった活動団体も結構ありますし、あと病院、学校等々も多く、またそれを支えていただくような学校の先生だった方ですとか、そういった皆さんも多々まちの中で過ごされています。そういったいろいろな学校ですとか病院、あとはそういった人という人材の部分ですとか、そういったものをコーディネートすると、もっともっといい団地になるなというのが見えてきている部分はあります。
 一生懸命働いて、きちんと戸建ての立派なおうちを建てていますけれども、そういったものもまた立派な財産でありますが、それをまず手放さなければならない事情がまた高齢化とともに出てくる方々もいます。そういった方のニーズと、あと若いのだけれども、今県営住宅で住まわれている方という、この部分のそれぞれのニーズ、そこをうまくマッチングすれば、まず空き家の再生モデル、青森のほうでもされている部分がありましたけれども、そういった部分にもつながるのかなというのも研究会の中で話し合われたモデルの一つでもあります。
 そういった再生モデル等もそうですけれども、いろいろな中で活動される老若男女といいますか、いろいろな世代のアイデア、こういったものを踏まえながらつなげて、いい形をつくり上げて、みんなで時に支え合う団地づくりというのが、また今から松園にも必要になってきていると私は思っています。
 先ほど出てきました再生モデルの部分に関しては、だんだんまちの郊外にできてくる大型ショッピングセンターですとか、そういったところにお客さんを持っていかれたりしているところもあり、シャッター街になる商店街も出てきていますけれども、歩いて用を足せるストリートづくりというものもまず検討には入っていまして、どこか通りを決めて、その両面にある空き家ですとか、そういったところを必要なお店ですとか交流の場、いろいろな勉強の場、そういったものを組み込んで、一回に用が足せる、そういうストリートづくりというのもあってもいいのかなというのが研究会の中で出てきたモデルづくりの一つでもあります。
 さらには、住んでいる中で逆にあまりいいイメージではないと言われている部分ですが、雪が多いですとか、そうすると車で走るのも走りづらいというストリートの中で、逆に、そこを逆手にとって、子供から大人まで楽しめるようなイベントづくりをして、そこにほかの方も興味を持っていただくですとか、そういったイベントの作成、そういったものもあるのかと思います。
 こういういろいろな勉強会ですとか研究会とかしている中で少し見えてきているのが、やはりその地域にどう皆さんが思って過ごしていくか、過ごし方だと思いますけれども、シャッター街になっている商店街があるというところもありながら、その逆に商店街が年々活性化しているまちもあるのです。いろんなまちを見るとあるのですけれども、そこは郊外に大きなショッピングセンターがありますが、やはり住んでいる方、団地の方は、歩いていけるところ、酒屋さん、昔ながらのおつき合いだと思うのですけれども、酒はあそこの酒屋なのだとか、そういうのをやっぱり大事にしている町内というのは、シャッター街にならず、きちんとまちが逆に活性化しているというのを見て感じているところです。
 そういった簡単な説明ではありますけれども、今後ライフスタイルに求められることとすれば、やはりその団地をどう理解して、その地域をどう理解しながらというのもそうですけれども、あとは隣近所の方ですとか、いろんな方の支えを借りながらどう過ごしていくか、過ごし方、また人とのつながりというのができる団地、そういうのがまたこれから私たちのライフスタイルとともに求められてくる団地づくりかなと思っています。以上です。
○川村安平参考人 今から60年ぐらい昔、戦前ですかね、家族というのはだれが支えてきたかという、いわば高齢者を支えてきたのはだれかというと、家族なのです。それから、地域なのです。ところが、やはりこういう核家族化が進み、新しいスタイルを求めて、どんどん若い人たちが出ていくと。それから、地域もやはり年金とかそういうのが、ある面では豊かになった時代、年金をもらえるということで、人はどうでもいいと、自分がよければという風潮が見えるわけです。ですから、人とはかかわりたくないと。それから、家族はあまり面倒を見ないと、見たくないという場合もありますけれども、そういう時代になってきまして、戦後六十数年たちまして、私は新たなまちの過ごし方というか、地域というものをもう一度考える時代に来たのではないかなと。今こういう時代、厳しい時代でございますけれども、むしろそういうことを考える時代になっているのではないかなというふうに思っております。ですので先ほどありましたように、やはり真剣に住まい、または老後というのを考えるようになってきたということでございます。
 先ほどの例でございますけれども、若者と一緒に住むようになった御夫婦の話を聞くと、今まではわがまま言って、孫もうるさくてだめだと言っていたのだけれども、真剣に考えるようになったら、一緒に住むことのメリットが非常に大きいということに気づいたというのです。つまり子供さんは預かると、娘さん夫婦は仕事に出かける。自分たちは自分たちで、また新しい家族含めての新しい家族構成をつくるということも考えるようになったと。試験的にやっているけれども、非常に前よりもよくなったというのです、家族が。ですから、新しい家族制度というのか、家族支援がやはり考えられる時代ではないかなと。ですから、今こういう時代でございますけれども、できれば田舎へ帰れと、帰っておいでという時代かなと、一緒に住もうと。そういうことも検討するこれからのライフスタイルではないかなと、こういうふうに思っております。
 5番目の松園地区の街づくりとコミュニティ社会と、やはり先ほど言いましたように、魅力がないと、人口が減っているというふうに言われがちですけれども、まず第1番目に松園なら松園のまちを好きになるということです。ほれるということです。それから、いいところを気づく、知るということがまず大事ではないかなと。意外と知らないのです、松園のよさというのを。例えば今ここに龍泉洞の水がございまして、いい水で、飲んでおいしいなと思いましたけれども、松園の水というのは米内川の水系の水だそうで、買って飲むよりもおいしい水なのだそうです、水道の水が。いい水だそうです。だけれども、ほとんどそれ知らないのです。水道の水は飲めないと。それで、買ってきた水を飲んだりしているのです。しかし、どこからの水か、意外と知らないことなのです。
 松園地区は粘土質で、地盤がかたいので、地震をほとんど感じません。テレビを見ていますと、ただいま地震がありましたと、震度3ですと。あれ、あったのというくらい松園は余り揺れないのです。ですから、そういう災害にも強い、また自然に恵まれている、もともと景観もいいと。坂が多いと言われますけれども、坂が多いから景観もいいわけです。眺めもいいと。そういうよさに実は気づかないでいる方が非常に多い。車で歩いているとまずわかりません。歩いてみて初めて気づくことがあるのです。そういう面で、やはりまちが好きになるということがまず大事ではないかなと。松園十景というのがございまして、見どころを10カ所決めて、ここがいいですよということに決めたのですけれども、余り知られていない。しかし、年に1度は十景回りをしている団体もございます。
 その次に、どのようなまちをつくるのかという、目指すのかということが実ははっきりしていないのです。人口が約2万弱で、大きなまちであるのですけれども、本来は市が率先してやる事業かもしれませんけれども、だれかがやらなければいけない部分ですけれども、どんなまちなのかなと、どういうまちを目指すかなということでございまして、資料の中に入れました幸福の郷・松園宣言でございまして、これは仮につくったものでございますが、まずこんなまちですよということに気づくことをみんなに知ってもらうということが大事ではないかなということでございます。まず、すばらしい自然環境に囲まれているということです。空から見たら、航空写真を見ますと、まさに山と緑と四十四田に囲まれた非常に自然環境に恵まれた場所に自分たちは暮らしているということなのです。それで、道路網もしっかりと整備されておりますので、ごちゃごちゃすることはまずないと。そういうまちに生きているのだという、暮らしているのだということをまず気づいてもらうということが一つ。
 それから、生活環境が恵まれておるということです。学校も近くにあるし、それから利便施設ですけれども、商店は各地域にあるし、それからバスの交通も、いろいろ文句もありますけれども、これだけバスが動いているということは、これも本当に感謝しなければいけない部分なのです。こういう便利に整備されているということにまず気づかないと。それで、不便だとか、面倒くさいとか言う方が多いのですけれども、ほかの地域を見ますと、非常に恵まれているということです。そういう恵まれた中にあることをまだ気づいていないということです。
 それから、やっぱり幸福の条件である安心、安全なのです。安心して暮らせるかどうかということが一番これ実は問題なのです。老後不安なのです。病気になったらだれが面倒見てくれるだろうかと。例えば若いときは電球の球一つ取りかえるのも、自分たちでできたのです。脚立を持ってきて、ひょいひょいと上って取りかえたのです。しかし、七十幾つになるとそれができないのです。だれかがやってあげなければいけない。
 ある御老人が住んでいる家に伺いまして、子供さんたちは病院のお医者さんで、院長もやっていたとか何かでございまして、しかし盛岡にいないのです。埼玉におられる方でございまして、行ったら電気がもう点滅しているのです。2本ぐらいは消えていて、1本が点滅して、真っ暗なところに住んでいるのです。そうしたら、来月息子が帰ってくるので我慢していますということなのです。取りかえてあげますよということで、取りかえてあげたのだけれども、我慢しているのです。息子が帰ってくればと。
 近所の方にお願いしますと言えないのです、頼むのはあれだしと。それから、雪かきもそうです。近所の方がついでにやってあげますよと。そうすると、気になってしようがない。雪かきをしてもらうと何か返さなければいけないのではないかと。そう思ってなかなか頼みづらいから、ライフサポートさんお願いしますと。条件は一番最初にやってくれと言われているのですけれども、なかなか一番最初に行けないのですけれども、ちょっと頼めばやってくれるのです、地域の方が。だけれども、なかなか頼みづらい。日ごろのおつき合いがないから、そういう遠慮をする、またはそういうことを我慢すると。しかし、安心して暮らせるまちというのは、実は非常に重要な部分ではないのでしょうか。
 それから、次の4番目の人間関係を大切にするということです。この人間関係が意外と希薄な部分でございまして、しかし先ほど言いましたように、隣は仲が悪いけれども、その隣とは仲がいいとか、あっちに仲間がいるとか、例えば趣味の会とか、それからスポーツの会とか、カラオケの会とか、いろいろございます、松園は。そういう会に出て、仲がいいのです。そういう仲間づくりから輪を広げていくことも大事ではないかなと。東京から引っ越された方も何人かおられるのです。一番最初に盛岡へ来て、いいまちだなと。そういうことで、盛岡に住んでみたいということで、たまたま松園に家を求めて、来て住むけれども、なかなか人間関係がつくれないと。例えば一杯飲みに行こうという、飲む場所がないのです。市内で一杯飲んで松園に行こうと飲んだけれども、飲み屋さんはもう閉まっていて、また市内へ戻ってきたという話もあるのです。ですから、コミュニケーションをつくる場面が非常に少ないということです。ですから、先ほど言いましたハードとソフト、飲み屋さんも遊ぶ部分も必要なのです、暮らしていく上で。そういう面で、人間関係というものをこれから築く大切な部分ではないかなと。
 それから、5番目の生涯学習ということでございますけれども、これは幼い子供さんから、若いお父さん、お母さんは教育熱心でございますので、小学校三つありますけれども、何かもっといろいろアイデアに富んだ、一時北松園中学校は本にもなるほど評判が高くて、わざわざその学校に入るために、その学区のところに住まいを求めたいという方もおられたのです。また、今、北松園に住んでいて、御主人は東京に転勤になったけれども、奥さんと子供たちは残って北松園中学校に行きたいと、そういうこともあるのです。つまり学校に魅力があれば、そこに住みたいし、残りたいということもこれからの重要な部分ではないかなと。
 また、年とった方が、この間あるパソコン教室でたまたま新年会がございまして、5人ぐらいの新年会でございましたけれども、生徒さんと指導員の方と私が入って、ちょっと一杯やったのですけれども、そのときにその生徒さんが80歳と74歳の方でございまして、これは市の職員さんと県の職員さんの方でございましたけれども、パソコンが入ったころは、自分ができないから部下の若い人にやっておけということでやらせてきたと。全然できずに、今になって、70歳、80歳になって、まず年をとって一歩外へ出る、出てその教室まで歩いてくると。そして、パソコンを覚えてみて、そうするとできるようになるわけです。ことし年賀状を書いたと、そうしたら友達におまえ偉いなと、大したものだと言われたと、ますます楽しいと。
 つまり一歩出て学ぶというのです。80歳になっても、70歳になっても学ぶという、そういう環境がやはり地域の中に必要ではないかなと。ですから、ダンス教室なんかもありますし、そういう面でそういうのに参加する方、楽しいという方も結構おられるけれども、一歩出てそこの門をたたくことがなかなかできないと。特に男性の場合は、なかなかそれができなくて本ばかり読んでいるという方もおられますので、そうするとやはり年をとっていくのが早いのです。ライフサポートでキャストとして働いておられる方、70歳を超えている方も結構おられるのです。
 ある方からお電話をいただきまして、家の中の家具を移動してほしいと。うちのお父さんはもう60歳を過ぎて年だから、できないからお願いしますと。そっちの移動に行った方たちが、みんな70歳過ぎのお父さんたちが重いものをひょいと持って、奥さんがびっくりして、だんなさんもびっくりしまして、自分はもう60歳だからだめだと思っていたけれども、重いものをひょいと持ち上げる人は70歳過ぎていると、すごくいい刺激になったという笑い話があるのですけれども、結構そういう方が多いのです。
 私はもう年をとったからという方が多くなりまして、やはりそういう環境の中に暮らしていると、そういう状況に恵まれているということにまず気づいてほしいということで、松園はこういうまちですよと、それに気づいて、そのよさをもっともっと伸ばしていきませんかということで宣言をつくったわけでございまして、これはまだ仮の部分で、だれにも発表しているわけでもございませんが、これからこういうものを練って、もっといいものをつくっていきたいと。
 こういう時代になりますと、やはり価値観の変化が非常に見られるのです。特に近ごろ幸福度ということが新聞とかテレビにも出るようになりました。これからの時代は、やはり何が幸福なのかなと、どういうところに住むことが幸せなのかなということを、そういうことを真剣に考える時代になっているのではないかなと。そういう面で、幸福度ランクというのを一応つくってみたのです、10項目ぐらい。まだこれ清書していませんけれども、これずっとチェックしてみると、ほとんどに松園は入るのです。例えば自然環境とか、暮らしとか、コミュニティー社会をつくるとか、それから生涯学習、便利性とか、ついの住みかとしても条件が満たされているとか、そういうのが結構あるのです。そういうものをもっともっと地域の人に気づいてもらうところからのスタートかなと考えております。
 それから、Uターン、Jターン、Iターンの推進でございまして、これは松園はこんなにいいところですよという、インターネットなんかでも、実は行政にお願いしたいのだけれども、本当は自分たちでやればいいのでしょうけれども、この地域のPR、情報発信をもっともっと強く出せればなと。これは、首都圏中心に、やはり今1,000万円も出せば土地つきの家が購入できる時代でございまして、夢である庭つき一戸建てでございまして、こういうところに住みませんかと、こんないい環境ですよと、こんな設備がある、インフラが整備されていますよと。新幹線で3時間で東京まで行けますよと、別荘がわりでもいいのではないですかと、そういうPRもすれば、やはり住みたいと、住んでいる方もいるわけでございます。例えば庭を使って家庭菜園をやろうという案もございます。それで、キュウリとかトマトとかとって、一番安全な食べ物でございます。ましてや自分で手塩にかけた食べ物ですので、非常においしいと、それを東京の方に送って喜ばれるということも聞いております。
 それから、新隣組の活用でございますけれども、やはり仲間同士、友達づくりをこれから積極的にやっていく時代ではないかなと。それが実は老後の生活をする上で非常に大切な部分ではないかなと。そういう要素はたくさんできているわけで、それをPRして知ってもらう、そういう仲間づくりを広く進めてまいりたいと。
 それから、7番目の生活情報センター(仮称)の設置でございまして、これは資料もございますけれども、資料の7ページでございまして、真ん中に松園情報センター(仮称)というものを一応置いてみました。これは街づくり研究会の中で出されたものでございまして、これはやはり住んでいる方たちのちょっとした不満とか、苦情とか、それから要望とか、そういうものにこたえる場所が必要ではないかなと。情報を集めて、それを例えばライフサポートでもいいし、サポーターの企業、商店、それから団体に情報を流して、例えばリフォームしたいと、だけれども、どうも悪質業者が多くて心配だと、頼めないという方も多いのです。
 例えば下水の掃除に来て、実にうまいのです。隣で下水の掃除やりますのでお騒がせしますと、御了承くださいと。お宅はどうでしょうか、隣はこのくらいでやりましたから、このくらいでやってあげますよと。そうすると、ついお願いしますとなって、ちょっと見ただけで1万幾ら取られたとか、そういうことも聞いております。やはりそういう面で、一緒に住んでいない子供さんたちは、とにかく出るなと、居留守を使えと言うのです。ピンポン鳴らしても出てこないのです。外に出るなと、出ると必ず押しつけられるから、居留守を使えということで、我々が行って、ピンポンと鳴らして、どちら様ですかと、ライフサポートですと言うと、えっ、何、と言われるのです。この件でお電話をいただいたと、ああ、どうも、どうもということで出てこられるのですけれども、ライフサポートと横文字だけでもう怪しまれるのです。そういう面で、やはりなかなか悪質業者が多いので警戒心も非常に強いし、だまされるなよということでございます。
 ただ、この情報センターでそういうものをやはり第一に窓口になって、いろいろございます。例えば遺産相続の問題とか、遺言の問題とか、非常に法律的な問題もございますし、土地の問題とか、そういう問題の専門的なこともございますし、またこういう趣味をやりたいと、カラオケをやりたいけれども、どこかそういうところを世話してくれとかということもございます。そうすると、団体をお世話したり、それからこういうことやりたいと、趣味の会でこういうことを生徒さんを集めたいということもございます。
 そういう仲立ちになって、地域の住民の方たちのサービスということもありますし、またいろいろなものにこたえるということも踏まえて、情報センターがあってもいいのではないかなと。これは、全くお金かからないのですけれども、実はいざやるとなれば、だれがいつどこでということになると、給料はどこから出るのと、それから責任はだれがとるのだと。これは、県や市がやると、必ず今度はそこにぶら下がりの状態になってしまう部分もありますので、やはり自分たちでつくるそういうNPO的な組織がこういうものをつくれば、もっともっと地域の中のサービスが密になって、いろいろな要望にこたえられるのではないかなと。それと同時に、やはり東京へ中心になって情報を発信すると、こういうまちです、こういういいところあります、ぜひ住んでみませんかと。それで空き家の対策にもなるのではないかなと。
 8番目の行政力、地域力、民間力の役割分担ということでございます。これは、民間力がこの街づくり研究会をするのに各町内会の会長さんに御案内を出したのです。こういうことをやりますので、ぜひ参加して御意見をいただきたいと。そうしたら、ある町内会長さんが役員の方に相談したら、民間がやることは出ないほうがいいと、あいつらは金もうけイコール悪だという、そういう認識が結構あるのです。あいつらもうけると、イコール悪だと、住民から搾取しているということまで言われたことございます。そうではないのです、地域というのは。やはり民間力の活力もこれから非常に重要な部分でございます。それから、行政力だけに頼ることもできないと。それから、地域力も、やはり地域の方たちの協力も得なければいけないと。それから、民間力の活力、ノウハウもいただかなければいけないと、それらが一体となってまちづくりにしていかなければならない時代ではないかなと。それぞれの持っているよさを発揮することも必要ではないかなと。
 松園に夏祭りがございますけれども、これは全く地域力の成果でございまして、三十数年前に松園でお祭りをやろうではないかという方たちの力で、子供たちにふるさとをというテーマで実はスタートしたわけでございまして、そして三十数回になるわけでございます。まちづくりのイベントとしてお祭りをやるとか、たくさんありますけれども、1回で終わりなのです、ほとんど続かないのです。ところが、松園の場合は三十数年続いておりまして、ことしやるのは去年のうちから企画立ててやっているわけでございまして、それは確かに地域力なのです。地域の方たちが中心になってそれを進めていこうという地域力のたまものでございます。ですから、民間がやると言ってもできません。行政はもちろんできません。しかし、そういうそれぞれの持っている力を発揮する時代が今来ているのではないかなということでございます。
 時間でございますので、まとめでございますけれども、最後に大事なことは、住んでいる方たちの意識改革なのです。意識は、おれはだれにも世話にならぬ、おれ一人で生きていくという方が結構多いのです。松園で、雪かきを一つもしない方がいるのです。何で雪かきをしないのと言ったら、春になれば解けるという方がおりまして、雪かきなんて全然しないわけです。周りの方は迷惑して、道路だけは近所でやっているようですけれども。やはりこれから何か必要なのかなと、高齢化社会でついの住みかとして暮らしていく上で何が必要なのかなと。そういう条件をやはり整えながら、住んでいる方たちが気づかないといけないし、また気づかせようと言っても無理なので、やはり気づいた方が参加するような組織づくりが必要ではないかなと。
 やはりその地域のコーディネーター役が必要なのです。だれかがまとめなければならないのです。それを盛岡市のだれかがやればいいかもしれないけれども、盛岡市も広いですから、そうすると松園地域でだれかがそれを先導してまちづくりを進めなければいけない、コーディネート役が必要ではないかなと思っております。
 どこから始めるかなのです。いろいろ議論は、実は会議とか、審議会とか、いろいろやっております。ミーティングもやります。やっても、それで終わりなのです。次が進まないのです。ですから、どこからか始めなければ、実際に一歩踏み出さなければ進まないのではないかなと。実は、街づくり研究会でも2年ぐらいいろいろ検討しまして、進めようとした段階で、トップでリーダーで引っ張っていた方が亡くなりまして、それでもう2年ぐらいそのままになっている状態でございまして、もうちょっとのところだったのです。もうちょっと進めれば、あとは自主的な活動でどんどん進んでいけたのだけれども、もうちょっとのところで挫折してしまったと。今はなくなったわけではなくて、休んでおるという状況でございます。
 やはり具体的には、実践運動を起こしていくということがまず必要ではないかなと。会議はもういいと、進めようと。松園の方に話すと、また会議かと、いつもここで終わりだものなということで終わりなのです。ですから、これからの時代は一歩踏み出すと、どこからか踏み出していきたいということで、必要ではないかなと。
 ちょうど11時になりましたので、ここで終わらせていただきます。ありがとうございました。
○高橋博之委員長 御説明いただきまして、本当にありがとうございました。それでは、これより質疑、意見交換を行います。ただいまの御説明に関しまして質疑、御意見等がありましたら、お願いをいたします。
○小野寺有一委員 きょうはどうもありがとうございました。先ほどどこかの資料を見て、高齢者比率が3町内で最も高い松園2丁目で31.5%という新聞記事か何かでなっていましたけれども、全然驚くに値しないというか、私は釜石なのですけれども、釜石は市全体で34%でありますので、まだまだ若いまちだなと感じるわけであります。僕が大学に入るまで、高校まで釜石にいて、それで大学に入って東京に行って、それで18歳まで釜石にいたわけです。それから18年間東京におりまして、それで36歳になって戻ってきたのです。それから選挙に出ましたので、選挙はもう本当に日常活動というか、その地域にどれだけ溶け込めるかみたいなことだったのですけれども、例えば自分が、先ほど川村さんがおっしゃっていただいたような地域で暮らすとかなんとかということに気づくまでに、一回落選して5年かかりました。それで、今帰ってきてから7年目になるのですけれども、先ほど川村さんのお話の中でも、病気になって初めて気づいたとかというパターンと実は同じことでありまして、例えばガソリンスタンドなんか、どこかちょっと車に乗っていけば、5円も10円も安いところあるのだけれども、自分のまちのガソリンスタンドで入れることとか、それからそういう大きい商業施設に行かずに、自分のところのまちの小さいお店で買うとかということにどういう意味があるかということに気づくのに、やっぱり5年ぐらいかかったのです。
 特に実際の財布を握っているのはうちのかみさんなので、かみさんが全然釜石とゆかりのない人ですから、彼女が気づくまでにやっぱりそのぐらいの時間を要したわけです。結局僕は幸いにも40歳前後でそれに気づいたからいいのだけれども、例えば65歳とか70歳になって、それから気づいても、気づいたときには死ぬ直前だったみたいな話が多分あるのだろうと思うのですけれども、これを少しでも早く気づいてもらうために、どういうふうなことをやっていけばいいというふうにお考えになっているのかを少し教えていただければと思うのです。
○川村安平参考人 松園地域だけのお話しさせていただくと、ライフサポートでチラシを、今は年2回ですけれども、毎年、月に1回ずつ出していたのです。その中にやはり暮らしというものの関係、高齢化が進んでいると、それから何を気づくべきかと、やはりそういう啓発運動を、地味ですけれども、やっていかなければならないと思うのです。ところが、その気づく運動というようなものは、意外と情報はいっぱい流れてくるのですけれども、その肝心なところでどういう暮らし方をしていくのかというところの情報というのは意外と少ないのです。ただ、我々もよく会員さんのところへ行くと、お年寄りが多いのだけれども、そういう情報というのはいっぱいあるのです。それから、気づくまでに、それをお話ししたり、それから細かいことを話題として、こういうことですよと。自分がその場にならないとわからないのです。気づかないというか、場にならないとわからないと。それを事前にやはりそういう、啓発運動が常日ごろから必要ではないかなと。
 やはりそういう会議とか、そういうコミュニケーションをとる場がありますので、そういうのからいい話を伝えていくことが大事ではないかなと思っているのです。ですから、何かというと、コミュニケーションですね、つまり、住んでいる方の。その中に話題をどれだけ入れていけるかということだと思うのです。みんな何もない顔しているのですけれども、実はみんな不安を持っているのです。不安なのです。子供がいるのだけれども、帰ってくる見込みはないし、では東京へ来いと言われても、狭いところへ行って家族関係でまたいざこざしたくないし、だからといって、こっちへ来るという見込みもないし、ではどうすればいいかなという悩みも多いのです。やはりその中に、ライフサポートにはこういう事業あるからと、そういう面では、使わないかもしれないけれども、安心していられるという、この安心していられるという環境づくりというのは、物すごく大事ではないかなと。それは、もしこういうのがあったら一本ちょうだいということで活動はしておるのです。
 ただ、もうけるビジネスではないので、サービスでやる場合も結構多いのです。見てくれという場合もありますし、相談に乗ってくれという場合もある。これ一々お金を取るわけにはいかないので、作業した場合はお金いただくようにしているのですけれども、サービスとか、そういう相談とかは無料でやっております。きのうも電話が来て、住んでいる上を何かが歩いていると言うのです、天井を。それを見てくれということで行ったところ、確かにのしのしと音がするのです、歩いているのが。幽霊ではないかなと、幽霊ならいいのだけれども、猫か何か、タヌキか何か、ちょっと後で天井はがしてみることにしているのですけれども、だけれども、御夫婦から見れば不安でしようがないわけです。何かがいて気持ち悪いと。何とか解消してほしいと。どこへ頼めばいいのと言うけれども、警察でもないし、市役所でもないし、結局我々が見てあげますよということで動いております。そういう安心して、もし万が一なにかあっても安心して暮らせるよということをまず知らせておくことと、やっぱり啓発運動ですよね。それしかないのではないかな。幾ら言ってもわからないものはわからないですから、気づかない人は。
○佐々木一榮委員 ありがとうございました。一関の佐々木といいます。2点ほどお伺いしたいというふうに思っておりますが、まずお話を伺って、松園は松園での確かに悩みですとか、そういう御苦労はあるかと思いますが、県内では非常に恵まれている地域かなと。川村さんとか久保さんのように、一生懸命その地域の問題を解決しようとされている方々がいらっしゃるということは、非常にすばらしい地域だなというふうにまず思いました。それがまず感想です。
 それで、それぞれの課題がそれぞれの地域で違うわけですけれども、松園を私は知らないわけではありませんけれども、知り合いもおりますので、そういう高齢化の中で、比較的ほかよりも進めやすいと思うのは、冒頭お話にありましたように、造成というか分譲されたときに入居された方々が県職員、それから市の職員、教員の方々、確かに民間の方々もいらっしゃると思いますが、今の県内の恐らく区長さんと呼ばれる地元の世話役の区長さん方の過去の御経歴を見ますと、学校の先生だったり、市の職員だったり、JRだったり、そういう方々が地元の世話役の区長さん方やっていますので、そういった意味では松園に入居されている方々のお仕事を考えますと、参画しやすい、ある意味つながりは持ちやすいのではないのかなということを非常に感じまして、例えば自主防災組織なんかありますね。やるにしても、やっぱりそういう意識、入居者の意識というのは、ある意味高いのではないかという思いがあります。
 ですから、その辺は実際ほかの地域と比べるということではないのですが、私は生かすべきではないかなと。そこで、このレジュメの5のGの行政力、地域力、民間力の連携(役割分担)の中で、きょうは議会にお越しいただきましたので、行政はそういった意味で、それぞれの地域の行政の役割が違うと思うのですが、松園地域に関して言えば、これは多分市かもしれませんが、どういうことを行政に期待されているかということをまず1点目お尋ねしたいと思います。
 それから、関連するのですけれども、まとめの中で地域コーディネーターの必要性、それから具体的な実践行動ということで、一歩踏み出すということ、やっぱりこれは参加だというように、まずは参加することから始まるのだろうなという意味で、この地域コーディネーターの育成、これをどのようにお考えなのかなと。100%というのは無理だと思うのですけれども、さっきもおっしゃったとおり、入居している方々の過去のお仕事がある程度行政に関係する方も多いとすると、意外にきっちりお話をすれば理解をいただいて、そういう方を地域のリーダーに、さっき言った消防の関係、自主防災組織とかやっていただけるのではないかなという、そういう人材が非常にあるのではないかなと。あとは、その人たちをいかに引っ張り込んで、それを育成していくか。そういう方々が今度地域に戻って、その必要性みたいなことを解いて歩くというか、やっぱりそれぞれ参加してもらうという方向が非常に大事かなと思うのですが、この点について何かお考えあれば、2点お伺いしたいと思います。
○川村安平参考人 まず、行政力の力を、今まではどちらかというと行政に頼りっ放しというところがあったわけです。何かするとすぐ議員さんを通して道路を直せとか、それからここにあれをつくれとか、それからまた議員さんも、余り大きな声では言えませんけれども、おれがやってやるとか、おれがつくってやるとか、おれに言えばやってやるからということで、そういうことが結構多かったのです。そういうことでよくなってきたわけでございますけれども、しかしこういう時代になりますと、なかなかそうもいかないということになれば、行政は行政としての役割があると。つまり行政として大きな力を持っているわけでございまして、それをどのように発揮してもらえるかなと。先ほど言いましたように、もうハードの時代ではなくて、むしろソフトの時代であると。それならば、やはりそういう地域サービスを行政としてやれる分野があるのではないか。
 例えば松園に活動センターとかいろいろ公的な建物があるわけでございますけれども、それを一部を例えばそういう情報センターの一室にするとか、そういうことによって特別家賃がかかるわけでもないし、大きな費用がかかるわけでもないのですけれども、そういうことによっていわば住民サービスを徹底できるのではないかなと。そういう公的部分というのはいい場所にありますので、それを活用できるとすれば非常に早いのではないかなと。
 ただし、先ほど言いましたコーディネート役ですけれども、これは実はなかなか民間がやるとあいつらというふうに言われますので、それで退職された方とか、そういう方、知識を持っている方もいっぱいいるのです。実は、人材の宝庫だと言われているのです、大学の先生もいっぱいいますし。そういう面では、非常にいろいろな人材がおられるけれども、その逆のこともございまして、何であいつだということもありますし、それから行政に頼ると、そういう方がやりますと、やはり頼まれてやると、ではおまえやれと、第三セクター的な感じでやれと言われると、ついそういう仕事になってしまうのです、頼まれればやると。会議なんかでも、もう5時といえば、はい、5時、終わりと。そういうこともありますので、もう少し柔軟な、例えば地域の活動に理解のある方とか、そういう熱心な方がおられれば、実はいるのですけれども、ではお願いしますというと、なかなかやっぱり渋るのです。いろいろ考えるみたいなのです。周りとかそういうことを考えて、いや、私ではということもあるので、だれが中心になってもらえるかと。
 やっぱり信頼のある方が一番なのです。それから、あとは我々が手足で動けるのです。いわば旗頭が必要なのです。ただ頼まれたからやるという感覚ではなくて、積極的な方がおられればなということが一つなのです。探してはいるのですけれども、何人か候補はいるのだけれども、みんな、いやいや、そこは、私はなんて言われますので、そんなに多くの報酬を望めないので、あくまでもボランティア的な形になるもので、そこら辺も踏まえて、やはり知識と信頼と、そういう人材をということだと思います。確かにおられます。そういう面は豊富にございます。見つけております。
○岩渕誠委員 いろいろと御説明ありがとうございました。ニュータウンの再生に向けてというお題でのお話だったと思いますが、三つの地域ということで、松園全体を考えると、一番古い松園ニュータウンと、それからサンタウン松園とパークハイツ小鳥沢ということで、順番に分譲がなってきて、ただ私の記憶だと、パークハイツ小鳥沢は随分最近になっての分譲ですから、ここは随分若い世代が入って、松園を広く考えると、高齢化の進んでいる地域もあるけれども、若い世代の集まっているところもあるということで、割とほかの地域に比べれば、そういうところが連携をすると年齢構成は割と若くなるのではないかなということを思っておりまして、そうすると例えばニュータウンと小鳥沢との関係はどうなっているかと、そういうところを組み合わせると一つのまちとしては十分に機能するし、担い手とか、交流がきちんとできていれば、そういうことが可能ではないかなと思っているのですが、その辺はどういう関係になっているかちょっとお聞かせいただきたいと思います。
○川村安平参考人 意外と松園のニュータウンと、古いところに住んでおられる方は、子供さんどちらにおりますかというと、パークハイツ小鳥沢とか結構いるのです。つまり近くに住んでいると、子供さんが家を出て住んでいるとか。そして、必要があれば来ていろいろ面倒見て、一緒には住まないと、たまにはいいけれども、一緒に住まないと。
 古いニュータウンというのは、大体100坪平均なのです。そうすると、100坪で大体40坪ぐらいの家に住んでいまして、そこに1人で住んでいるのです。そうすると、昔は子供たちも2階にいて、庭でキャッチボールやって、広い庭だったけれども、御主人は松を植えて、趣味でやって。ところが、御主人が亡くなると、この松がお金かかるので根元から切ってくれとか、それから庭の手入れも、若いときは芝生で青々としていたけれども、今はもうお花畑で、どうしようもないから何とかしてくれという御相談もいただきます。
 それから、住んでいる家も、トイレもふろもすぐ近くにあるのだけれども、そこまで歩いていくのが大変だということなのです、家の中で。そんなに広いわけでもないのだけれども、年をとってくるとそこまで歩いていくことも大変だと。そうすると、だれかがやっぱり助けてくれなければいけない。だけれども、パークハイツ小鳥沢に住んでいる若い御夫婦たちは、しょっちゅう来るのです。だからまだいいほうなのです、近くに住んでいるから。
 パークハイツ小鳥沢を見ますと、やはり松園ニュータウンとの大きな違いは、まず駐車場が3台なのです。パークハイツ小鳥沢は2台から3台。それから、庭は小さいのです。そんなに広くはとらない。家のつくりも違うし、飼っている犬まで違うのです、種類が。そこまで文化の差というか、やっぱりそういうものがございます。ただ、一緒に住む難しさというのは、やはり御夫婦で住んでいますから、親御さんとの関係では、家族関係の関係もあるので、あまり気を使いたくないからということなのです。だけれども、寂しいということなのです。
 パークハイツ小鳥沢は、やっぱり見ていて子供も多いのです、まだ若いから。小学校、中学校の子供さんたちが。私の孫も小鳥沢に住んでいるのですけれども、生徒が相当ぞろぞろ帰ってくるのです。しかし、ではいつまでもということではなくて、長い目で見るとやはり同じ経過をたどっていくのではないかなと。
 そこに新しい家族関係が、新家族関係、家族ばかりではなくて、一緒に住むということですね。例えばお年寄り同士が一緒に同じ家に住むということも考え、やっている方もおられました。一緒に住んで、3人で同じ家に住んで、それで共同生活をしていくという方もおられました。いろいろパターンを考えられるのではないかなと。ただ、従来どおりの価値観だけではもう判断できない時代が来ていると。逆に今度パークハイツ小鳥沢のほうに行くと、その地域の連携が、地域同士の連携が、あまり関心がないというか、隣近所のつき合いは薄いというか、逆に松園ニュータウンのほうは危機感を持っています。
 特に雪かきをしていてわかるのですけれども、雪が降ると、昔はもうほとんど手がつかない状態だったのです。たくさん雪が降って。ところが、今は結構きれいになっているのです、道路が。それは、いわば退職された、まだ若い方がいっぱいいますので、隣近所までやって道路をきれいにしてくれるということもありますし、それからお互いがやってあげるという状況になっていますので、いい状態になっています、松園ニュータウンのほうは。逆にパークハイツ小鳥沢のほうは、なかなかそういう関係はちょっと希薄だなと。だから、これから同じ行く道ですから、やがて自分たちもそこへ行くのだということになれば、やはり新しい何かがあってもいいのではないかと思っております。お答えになったかどうか、ちょっとあれですけれども。
○高橋博之委員長 ほかにありませんでしょうか。盛岡の3人おりますけれども。
 (「なし」と呼ぶ者あり)
○高橋博之委員長 ないようでしたら、私のほうから2つちょっとお聞きしたいのですけれども、このレジュメで4のCのついの住みかの検討とDの新家族主義の台頭ということをもう少し詳しくお聞きしたいなと思いまして。
○川村安平参考人 やはり年とってくると、さてこれからの老後はどうあるべきかということが切実な問題になっているわけです。先ほど言いましたように、実は子供さんたちにできるだけ元気なうちは1人で住みたいと。だけれども、いざとなったら頼むよという話はしているというのです。近くにいる人はそれでいいのですけれども、遠く離れた人はなかなかそういっても、年に1回来ればいいほうということで、なかなか来られない。
 しかし、ついの住みかとしてどこで亡くなるかということを考えたときに、できるだけ自分のところで死にたいという、結構そういう人が多いのですけれども、ついのということは余り考えないのです、いつまでも元気でいられると思っていますので。ただ、そういうことを地域として考えるならば、その地域としてやはり安心ネットワーク的なものをしっかりと構築する必要があるのではないかなと。
 先ほども言いましたように、情報センターの中に横の連絡をとる、いわばネットワークをつくろうではないかということなのです。例えばライフサポートと介護施設が業務提携していく。いろいろなところと業務提携して、例えば建築屋さんとか、それからそういういろいろ設備関係のところ、つまり何かあればすぐ処置してあげますよということなのです。対応できますよと。例えば病気になったら、病院の先生のところにすぐにでも行けるようにして、それで例えば介護施設へも。はっきり言えば、何かあったときはどうするかというところまで考えてあげようと。
 もちろんそれまでも病気の対応とか、老後の対応とか、歩けなくなったらどうしようか、介護ヘルパーさんとか介護施設、そういう人たちとの横の連携もとれれば、どこがあいているとか、どこが対応できるとか、どこを、いわば病気になった場合にどうするかと、どこの先生がどうするかということを横の連絡がとれるだけでも安心して住めるのではないかなと。そうすると、そういうことがあれば安心して住めるねと。ですから、子供さんたちが、最終的には家族が面倒見るかもしれませんけれども、それまでの間はライフサポートなり、地域が面倒見ますよと。もちろん民生委員もおられるわけですから、そういうところとの横の連絡をとって、ネットワークを詰めていくことも必要かなと、地域の中で。すぐ対応できるようにしようと。
 そうすると、まず一番最初に、ついの住みかというのは安心なのです。たった一つだけ安心なのです。安心して住めると。死後もそういう世話してくれる人がいると。そういう方がおられれば、葬式まではちゃんとやれると思うのですけれども、そんなに寂しくなく。そういう仕組みも必要ではないかなということを考えております。やはりついの住みかとしての条件づくり、どういうのが条件で、どういうことを対応できるかと。そうすると、ある程度のことは対応できるのではないかなと。それが病気になったらどこの病院に行こうかと、つまり動けなくなったらどうしようかということが、そこで横の連絡がとれるだけでも、地域の中で相当安心感を持たれるのではないかなと思っています。
 それから、若者との共存ですけれども、これは若いというのは家族ばかりではなくて、例えば親しい人、面倒見てくれる人を下宿させるとか、それから今こういう住まいがないとか、仕事がないという時代ですけれども、何らかの形でそういう新しい家族というのが、もちろん本物の家族も必要ですけれども、なかなか面倒見られないということが多いので、そうすると例えば先ほど言いましたように、友達同士が一緒に住むとか、新しい家族をつくるとか、家族になるわけではないけれども、そういう共同生活というか、共同で過ごすと、お互いに面倒見られると、そういう方もおりますので、例えばそういうことをお世話してあげることもこれからの老後に対するサービスになるのではないかなというふうに考えております。
○高橋博之委員長 ありがとうございました。それでは、ほかにありませんか。
 (「なし」と呼ぶ者あり)
○高橋博之委員長 ほかにないようですので、本日の調査はこれをもって終了いたします。川村様、久保様、本日は大変お忙しいところ、まことにありがとうございました。
 委員の皆様には、次回の委員会運営等について御相談がありますので、少々お待ち願います。
 (参考人退室)
 それでは次に、4月に予定されています委員会の調査事項についてでありますが、御意見等はありますか。
 (「一任」と呼ぶ者あり)
○高橋博之委員長 それでは、当職に御一任をいただきたいと思いますが、これに御異議ありませんか。
 (「異議なし」と呼ぶ者あり)
○高橋博之委員長 御異議なしと認め、さよう決定いたしました。
 なお、当委員会の県外調査につきましては、2月3日火曜日から5日の木曜日までの2泊3日の日程で実施いたしますので、御参加願います。
 以上をもって本日の日程は全部終了いたしました。本日はこれをもって散会いたします。

  

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