行財政構造改革等調査特別委員会会議記録

行財政構造改革等調査特別委員長 小田島 峰雄
1 日時
  平成20年8月6日(水曜日)
  午前10時3分開会、午前11時53分散会
2 場所
  第1委員会室
3 出席委員
  小田島峰雄委員長、久保孝喜副委員長、佐々木博委員、工藤大輔委員、高橋昌造委員、
 高橋元委員、佐々木大和委員、柳村岩見委員、嵯峨壱朗委員、飯澤匡委員、
 及川あつし委員
4 欠席委員
  なし
5 事務局職員
  蛇口担当書記、菅野担当書記
6 説明のため出席した者
  (講師)横浜国立大学経済学部教授 金澤史男氏
7 一般傍聴者
  なし
8 会議に付した事件
 (1) 調査
   ポスト「三位一体改革」における地方税財政改革の課題と展望
 (2) その他
   ア 次回の委員会運営について
   イ 委員会県外調査について
9 議事の内容
○小田島峰雄委員長 ただいまから行財政構造改革等調査特別委員会を開会いたします。
 本日は、お手元に配付いたしております日程のとおり、ポスト「三位一体改革」における地方税財政改革の課題と展望に関する調査を行いたいと思います。
 本日は、講師として横浜国立大学経済学部教授の金澤史男先生をお招きいたしております。先生には、大変お忙しい中、このたびのお願いを御快諾いただきまして、しかも遠路のところを御来県くださいましたことに対しまして、心からお礼を申し上げる次第であります。大変ありがとうございました。
 金澤先生につきましては、簡単に略歴を紹介いたしますと、先生は1977年東京大学経済学部を卒業され、その後1995年から横浜国立大学経済学部教授をお務めになり、日本地方財政史、政府間財政関係の国際比較研究、地域開発と地方財政、現代財政等の分野の研究に長く携わるとともに、神奈川県地方税制等研究会専門部会委員、横浜市税制研究会委員を歴任され、地方自治体の行財政問題にも深く精通されている方と伺っております。
 本日は、ポスト「三位一体改革」における地方税財政改革の課題と展望と題しまして、三位一体改革の成果と問題点、ポスト三位一体改革への動き、財政再建、税源移譲など、さらには地方税財政改革の展望と当面の課題等につきまして貴重なお話をいただくこととなっております。
 これから先生の御講演をいただくことといたしますが、後ほど講師を交えての質疑、意見交換の時間を設けておりますので、御了承願いたいと思います。
 それでは、金澤先生、よろしくお願いをいたします。こちらでお願いをいたします。
 (「委員長、上着いいですか」と呼ぶ者あり)
○小田島峰雄委員長 どうぞ。きょうは暑うございますので、上着を取ってお聞きいただきたいと思います。
○金澤史男講師 皆さんおはようございます。ただいま御紹介いただきました横浜国大の金澤でございます。本日はお招きいただきましてありがとうございます。今、東京とか横浜の公式の会議等では、ほとんどネクタイをする方がいらっしゃらないのですが、ここでは皆さんされているということで、私もしているほうなので安心しました。ネクタイをしなければ地球温暖化がとまるなどという考え方というのは、非常に誤った考えだと私は思っておりますので、むしろ積極的にするようにしております。もっと違う重要なことがいろいろあるのですね。そういうような人間ですので、大体、人となりはわかっていただけると思います。世の中が右と言えば、私は左のほうを向くし、左と言えば、どうかなと思って右に行くという人間ですので、きょうの話もそういうところが多いと思いますが、こういう考え方もあるということでお聞きいただければと思います。時間も限られておりますので、本題に入らせていただきます。
 三位一体の改革の成果と問題点とレジュメに書いてございます。こちらのほうにお話があったときに、三位一体改革と地方税財政改革の課題、展望というふうにテーマをいただいたのですが、オリジナルな本来の三位一体の改革というのは、御存じのように平成16年度から18年度、この3年間に取り組まれたものをオリジナルな三位一体の改革というふうに私はとらえております。現在は、その後どうするのかということで、ポスト三位一体の改革が今、問題になっているというふうにとらえておりますので、表題のポスト三位一体の改革というふうにさせていただいています。
 この平成16年度から18年度の3年間に取り組まれた三位一体の改革、これがどういうものだったのかということでございます。成果として、よく言われておりますけれども、3兆円の税源移譲、これが実現したということでございます。これは、地方六団体等からいろいろと反対がある中で、よく足並みをそろえられたなというふうに思っております。私も六団体の地方自治確立対策委員会等の委員もさせていただきまして、頑張ったわけです。全国町村会とか、非常に不安に感じる人たちもいたわけですけれども、とにかく最後まで足並みを乱さず国に対峙したということがこの3兆円の税源移譲につながったと思います。
 また、この取り組みの途中では、どの税金を移譲するのかということをめぐっていろいろ議論がありまして、財務省の仕掛けとしてたばこ税でどうかというようなえさも投げられたわけですけれども、これには飛びつかず、やはり基幹税でやるべきであると。現在の日本の基幹税、国税で言えば法人税、それから所得税、それから消費税がございますが、ターゲットになったのはそのうちの所得税と消費税です。これはもうかなり早くの時点で麻生プランとか出ていましたけれども、消費税と所得税をそれぞれ移譲の対象にするということでございまして、これが基幹税の移譲ということです。消費税のほうは持ち越されましたが、少なくともたばこ税でごまかされることなく所得税の一定部分の移譲というふうになったと、基幹税についての移譲が実現したと、そういうことで成果であっただろうというふうに思います。
 しかし一方、問題点もたくさんございまして、これについてもきっちりと認識しておかなければならないというふうに思います。まず、補助金削減の方法でございますけれども、補助金を削減して税源移譲と。税源移譲というのは、ただ地方の財源がふえるということではなくて、その部分要らなくなる補助金については削りましょうという、これは一定の合理性のある考え方なのですが、三位一体改革が当初出たときに4兆円規模の補助金改革、それで3兆円の税源移譲という言い方がされました。では、4兆円規模の補助金の削減というのは一体何なのだということですけれども、これが主要な手段になったのが補助率の削減なのです。補助率を削減すれば、国から地方への補助金というのは当然減る、確かに減るわけであります。しかし、そもそも三位一体の改革というのは分権改革であったはずで、分権改革というのは補助金による国の縛りから地方が自立していく、自己決定権をふやしていくということです。ということは、補助事業自身が残ったら意味ないわけですよね。補助事業が自治事業にならないといけないということです。ところが、補助率の引き下げによって補助金の削減額を積み上げていくという方法によりますと、補助事業としての枠組みは全く変わらず、地方の負担分だけがふえると、こういう形に実はなっているわけでありまして、補助金削減が真の改革ではなくて、単なる数字合わせだとマスコミに批判されたというのは、こういう事実があるからだろうというふうに思います。
 それから、後ほど表を見ていただきますけれども、公共事業関係の補助金に関してはスリム化が行われたわけですが、ここでは交付金化という形で残った部分があります。補助事業自身がいけないというのであれば、交付金化をよしとするというのは、これは議論があるところだろうというふうに思います。むしろ新たな国土交通省による支配という側面も生み出したと言わざるを得ないというふうに思います。これは、分権改革の立場からの評価でございます。
 二つ目に、財源保障のトータルバランスということです。これも平成16年度に最初に三位一体の改革が行われたときに、市町村が予算を組もうと思ったら、初年度の姿が明らかになっても予算を組めないということで大騒ぎになったということがあったと思います。その状況が3年間続いたわけです。それは、何でそういうことになったかといいますと、きょうお配りした資料の2、ちょっと薄くなってしまっているのですが、1ページ目の下、地方交付税から見ていきますと、地方交付税が大幅に削減されています。三位一体の改革というのは、そもそも先ほど骨太方針の2003年あたりから姿が出てきたわけですが、それは4兆円規模の補助金改革と税源移譲ということ。これは、補助金の削った部分をきちんと税源移譲で穴埋めしますよということなのですが、三位一体ですから、それだけだと補助金の改革と税源移譲、もう一つ地方交付税の改革というのが出てきて、その地方交付税の改革の意味というのが見直し、さらに言うと財源保障機能の削減ということだったわけです。つまり三位一体改革の中身には、地方交付税自身が膨らみ過ぎていると。これを縮小しないといけないという財務省サイドの意向がもう最初からビルトインされていたわけです。それが現実にされると。でも、その三位一体改革のスキーム自身というのは、何回も言いますように、4兆円の補助金改革と3兆円の税源移譲だけです。では地方交付税というのはどのぐらい削減するのかということは、枠組みの最初では地方と国が合意するような形でのスキームはつくられなかったわけです。どうなったかというと、予算査定の段階で財務省がこのぐらい削ると言ってきて、予算査定の話になってしまったわけです。そこに見ていただきますように、通常言われるのは、平成15年度の下、AプラスBと書いてあるのは、これは地方の受け取りベース、臨時財政対策債部分を財源にした地方交付税の部分を含めての額でございますが、15年度23.9兆円だったのが、三位一体改革が終了したと言われる18年度には18.8兆円、つまり5.1兆円の地方交付税、地方の受け取りベースで5兆円以上の削減がされたということです。だから、大変なのは当たり前なのです。これがトータルバランスのうちの一つです。
 それから、補助金改革で、先ほど4兆円の改革と3兆円の税源移譲ということでしたが、どのぐらい実際に削られたか、その上の図1を見ていただきたいと思います。補助金改革には二つの種類がございまして、上が税源移譲に結びつく補助金改革、下が税源移譲に結びついていない補助金改革です。税源移譲に結びついていない補助金改革というのは、これが公共事業関係の補助金改革です。上のほうは税源移譲に結びつくということですが、補助金の削減が3.1兆円、税源移譲が3兆円ということで、ここでも0.1兆円ぐらいサバを読まれていますけれども、効率化とかそういうことでこれは認めてもいいかと思いますが、下のほうの税源移譲に結びついていない補助金改革というのは2.1兆円程度あります。そのうちスリム化と交付金化、まちづくり交付金になったもの等、二つに分かれていて、スリム化というのは完全にそのまま削減されてしまったというものです。交付金化というのは、交付金という補助金として残ったというものです。これのスリム化された部分を足し合わせると、後でちょっと計算しておいていただきたいのですが、大体1.3兆円ぐらいですかね。ですから、削られた部分が上のほうで3.1兆円、それから下のほうで1.3兆円、要するに4兆円規模というのは4.4兆円削られているのです。4兆円規模といったら、3.5ぐらいかなとか、3兆円の税源移譲に対して、補助金の改革だから3.2兆円ぐらいかなというふうに思うかもしれない。そんな甘い話ではなかったのですね。削られたのが4.4兆円。そうすると、三位一体の改革のトータルバランスというのはどうなるかというと、補助金で4.4兆円削られて、それから交付税で5.1兆円、補助金と交付税を合わせて9.5兆円、国から地方への財源保障というのは削られたのです。それに対して3兆円もらったわけです。だから、プラスマイナスのトータルバランスでいうと、この3年間に国から地方への財源保障額が6兆円純減したのです。だから、地方の財政が厳しくなるというのは、これは当たり前のことなのです。だから、トータルバランスでいうと、三位一体の改革というのはこういうものだったと。これをどう評価するかですけれども、それだけ削られても地方は頑張っているということで、それだけ効率化を図ったのだというふうに国民に威張るか、いや、国のほうが結局得したのではないのと、国の財政再建に使われてしまったのではないのと、こういうとらえ方もできるということです。
 それから次に、地方の自由度は増したかということでございます。これは、補助金の削減の仕方に関係するわけですけれども、この上の税源移譲に結びつく補助金改革、この内容を見ていただきますと、義務教育、それから公立の保育所の運営費、それから公営住宅、国保、児童扶養手当、そういうものが主です。つまり義務的な経費です。むしろナショナルミニマムの根幹をなしているようなものが補助金削減の対象になったということです。このナショナルミニマムというのは、非常に重要なことだから、地方がやるように、より責任を持つようになったというふうにもとらえられるけれども、ナショナルミニマムですから、ナショナルスタンダードと言ってもいいのですが、いろいろなガイドラインとか国の法律で決められている、縛られているものというのが一番多い、そういう仕事なわけです。だから、むしろ下の公共事業のほうが自分たちで地域振興のためにどういうことをするのかとか、そういうようなことを考えるときに自由度があっていいと僕は思うのですが、そういうものこそ税源移譲の対象に一般財源化すべきだと私は思うのですけれども、大体ナショナルミニマムのほうが税源移譲に結びつく事務事業として補助金削減されるということです。だから、非常にうがった見方をすると、なぜ国がこれだけの補助金削減に合意したかということです。これは、先ほど言った補助率の引き下げで、結局、事務事業自身を全部地方にお願いし、渡しているわけではないと。補助率を下げても、国はいろいろな法律とかガイドラインとかによって地方を縛ることができると。だから、こういう事業のほうを税源移譲の対象にしたのではないかというふうに思われる節があるわけです。これは、総務省のほうも、そんなに心配ないよと、補助金削減をしても、これはこれでちゃんと地方にやらせることができるよと、そういうような考え方が背景にあったのではないかというふうに思うわけです。もし義務教育とかが本当に分権改革になっていくのであれば、これはきょうの話の一つのポイントなのですが、分権改革としての実を結ぶということであれば、この補助率の削減というだけではなくて、ここで対象になっている事務事業自身を地方が完全に責任を持って行うという形にさらに持っていけば、これらの改革になってくると。今のままだと、先ほどから言っているように、縛りはそのまま、補助事業としての形はそのまま、補助金による国の財政援助だけが削られた、地方に負担がしわ寄せされたと。それだけで終わってしまうという危険性があるのではないかというふうに私は思います。そこが地方の自由度は増したかということで、地方の自己決定権の拡大にこれがつながっているかどうかという観点から、この三位一体の改革というのはチェックをされないといけないのではないかというふうに思います。それがレジュメの1番目の話です。
 次に、三位一体改革後の動きです。三位一体の改革をもう一度考えますと、結構地方の人たちが三位一体改革というのはいいと、やらなければいけないと、そのときすごい燃えたわけです。その前に三位一体改革を進めようとしていた人たちがいろんなシミュレーションをされているのだけれども、そのシミュレーションというのは全部補助金と地方交付税を5兆円削ったら、その見返りとして5兆円の税源移譲があるのだというシミュレーションで三位一体改革をみんなイメージしていたのです。だから、それは自由度が増すでしょうと。それは自主財源がふえるわけだから、自由度が増すでしょうと思って突っ込んでいったわけです。梶原さんを先頭に突っ込んでいったわけです。そうして、実際ふたをあけてみたら、さっき言ったように、6兆円も削ってしまったと。だれも想定していないような事態がそこで起こったと。財務省はうまくやったと言わざるを得ないです。財政再建を6兆円、三位一体改革でやったと。でも、それは最後、補助金改革は嫌だと霞が関がぐだぐだしていたときに、小泉さんは、いや、やれということで、これはもう政治的なリーダーシップあるなと私は思ったのだけれども、ただその背景には、やはり一緒に交付税も削れるぞという目標があって、だから財政再建、支出削減という魂と、それから分権改革で自己決定権をふやさなければいけないという地方団体の魂と、その二つの魂が呉越同舟のように合わさって進んでいった。その結果としてこうなったというふうにとらえないといけないだろうというふうに私は思っています。
 レジュメの2のほうですけれども、その後2006年までさかのぼっているのですが、2006年の骨太方針に向けた動きがあります。これは、現在いろいろ出てきている地方税財政改革のもとになった原型といいますか、そういうのが出てくるという意味で重要だと思って取り上げています。三つの主要なアクターがいたのですが、地方六団体は新地方分権構想検討委員会、これは東京大学の神野直彦先生が座長をされたもので、その基本的なトーンは、まだ自主財源の強化というのが十分ではないということで、新たな税源移譲をしなければいけないと。それから、いろいろな地方のことを考えていくときに、国と地方は対等の立場で議論をしていくということが2000年4月の地方分権一括法で規定され、地方自治法に盛り込まれたわけだから、国と地方の対等な協議の場を設けようとか、そういう積極的な分権論を提案されました。
 一方、このときに竹中さんが総務大臣で、私的懇談会、大田弘子さんが座長だったと思いますが、地方分権21世紀ビジョン懇談会、ビジョン懇と言われていましたが、こちらのほうでも改革案が出てきていて、そこでは税源移譲と一応言っているのですが、その財源として何をするかというのは、やはり補助金と交付税、特に交付税をさらに削ると。交付税を削るということは、地方財政計画の規模を縮小するということですけれども、その地方財政規模を縮小し、歳出削減によって財源を出して、その分また税源移譲につなげていこうというような考え方ですが、それ以外に新型交付税にすべきだと。交付税が複雑になり過ぎているとか、それから三位一体の改革の結果として、東京とか愛知とか、そういう都市圏に税源が集中してしまっているから、国はもう振るそでがないので、地方団体間で財源のやりくりをしてくれというような議論がなされ、基本的には経済財政諮問会議の歳出・歳入一体改革につながっていくような話がされました。
 経済財政諮問会議のほうでは、2010年代初頭にプライマリーバランス、基礎的な財政収支を黒字化するということで、これは麻生さんが無理だということをきのうかおととい言っていましたが、2012年でしたか、目標を定めたのですが、今のままだと無理だよという話になっていますけれども、その辺の目標がこの一連の会議の中で立てられていったということであります。
 それで、そういうのが大体その後の法人2税の地方法人特別譲与税でやろうとか、それは自治体間の水平的な財政調整、それから新型交付税を入れていきましょうとか、さらに地方交付税総額を削減していきましょうとか、そういうような一連の改革案が地方六団体の側の議論というよりは、ビジョン懇と経済財政諮問会議の提案したいろいろな線に沿って具体化されてくるというのが今度は基本方針の2007年から2008年といった動きということになります。
 レジュメの3なのですけれども、道州制については現在、道州制に関するビジョン懇談会というのがPHPの江口さんが座長になって、ことしの3月までに報告書を出すということになっているのです。最近その税財政専門委員会というものがそのもとにできました。その委員に私も入ったのですけれども、やはり道州制にすれば日本のいろんな問題が何でも解決するというような風潮が一方であるわけです。それに対して、やっぱり税財政をどうするのだと、どんな案を構想するにしてもそういうことをしなければいけないという現在の内閣及び霞が関の意向を受け、若干やっぱり安倍内閣から福田内閣にかわって、風向きがちょっと変わったのかなというふうに思います。税財政のことをきっちり議論して、できるかできないかもう一度考え直そうということだと思います。
 あと、御存じだと思いますけれども、最近神奈川県でやった全国知事会でも、神奈川県の松沢知事が旗を振ったようですけれども、皆さん踊らなかったという、道州制をみんなで足並みそろえて要求しようよということを言ったけれども、それには皆さんこたえなかったという状況のようです。
 実際にビジョン懇の親委員会のほうで中間報告が出ているのですけれども、それを読ませていただくと、道州制になれば、例えば北海道は北海道、九州は九州でやれば、そこに国際都市がぼこぼことでき上がって、EUの中のオランダのアムステルダムとか、スウェーデンのストックホルムとか、そういうような国際都市が九州、北海道にできてくるのだと、所得格差は縮まるのだという話が書いてあるのです。どういう経済理論に基づいて、どういうシナリオでそういうふうになるのだと、私はその説明を受けたいというふうに発言をしたのですけれども、やはりヨーロッパとか考えると、言語がまず違うわけです。それから、伝統、文化も当然違う。もともと主権国家で、今でも違う憲法を持っている。それを何か、北海道がオランダのような制度になると推進派の人たちは言っているのです。だけれども、言語がこれだけ同じで、労働力の移動がこれだけ自由なところというのは、所得の格差がかなりあれば、そのままほっといて経済的に競争すれば、どんどん人口の移動というのが今より加速されてくるわけです。そういう場合というのは、発展するところはある程度市場メカニズムで発展させて、そこで取れる税金というのを再配分して国民にナショナルスタンダード、ナショナルミニマムを保障するような制度をつくったほうがより効率的に全体の水準を高められるというふうに私は思っています。大体アメリカにしたって、イギリスにしたって、ヨーロッパにしたって、独立してやっていても所得格差というのは平均値100とすると大体90から110ぐらいのところにおさまっているわけです。ですから成り立っているわけで、日本みたいに大体、所得格差が2倍あるところでそれぞれやりなさい、労働力移動が自由ですよという話になったら、これはやっぱりだめなところというか、相対的におくれているところというのは、どんどんさらに衰退していくというふうに私は想定するのですけれども、堺屋太一さんも専門委員会のほうに入ったのですけれども、彼がおっしゃるには、霞が関を壊せば地方は発展するのだ、霞が関が全部支配しているから地方は発展できないのだと、何かそういうことをおっしゃるのです。霞が関というのは、ちょっと言い方としてもおかしいと思うのだけれども、仮に税財政の例えば地方交付税とか、そういう所得再分配のメカニズムだとすれば、それは誤りだと私は思っています。そういう補助金とか地方交付税というのはなくなって、自分たちでやれば発展するのだという状況ではないなと。むしろ今の日本というのは、アジアの中で中国、韓国、日本、台湾、その辺とどういう共同体的なもの、通貨統合を図っていくのか。アメリカとEUに対して、第3の極をどうつくっていくのかということが大事であって、そういう視点で見ると、中国に14億人いて日本に1億人といったら、日本自身が一つの州のようなもので、そこで余りばらばら、北海道は北海道でやりますとか言っている時代ではないというふうに私は思って、この議論にかかわっていきたいなというふうに思っています。しかし、昨年の基本方針2007では、道州制というのは分権改革の完成形態なのだということが書いてあって、今回もそれが踏襲されているわけです。そういう考え方でいいのかどうか、もう一度考える必要があるだろうというふうに思います。
 それから、現在、道州制との関係で、全国町村会とも私つき合わせていただいているのですけれども、全国町村会のほうが一番関心を持っているというのは、町村がどうなっていくのかということです。地方制度調査会のほうで考えられていることというのは、基礎自治体をもう少し、さらに強くしていこうと。合併がされたわけですけれども、それでも残っているところというのは、さらに合併を推進していこうと。それでも嫌だと言ったところは、一方で分権改革で事務事業がどんどん基礎自治体に来ているわけだから、その全部はできない町村というのは、特例町村として特別扱いしましょうという議論になっているのです。これを進めているのが西尾勝先生を中心としたところなのだけれども、地方分権推進法の中で神野先生と非常に分権改革ということで努力をされた方だと思うのですけれども、この特例町村というのは、町村というのはそんなに仕事が多くなったら大変だから、そのままでやらなくていい町村をつくってやろうという親心でやられているのだけれども、それは私は違うだろうと思っています。それは余計な親心であって、やっぱり町村の中に1級市民と2級市民をつくるようなやり方というのは、そもそも分権自治の改革の名には値しないだろうというふうに思います。もしできなければ、県にやってもらうとか、連合でやるとか、そういうことを自分たちが選択したという形にすればいいわけで、あなたたちはもともとそれはできない特例の町村ですというようなレッテルを張るべきではないというふうに私はまず考えています。
 それから次に、地方税の偏在性と地方交付税ということで、これも地方交付税をめぐって、この間どういう議論がされてきたのかということなのですが、一言で言うとジグザグしているのです。つまり三位一体改革のときは、自主財源比率が高まるのがいいのだということで、不交付団体を多くつくっていこうということで、そのことによってより財源がふえてしまう東京都のようなところが出てきても、それはいいのだという話だったのです。それは、もともと自主財源比率を高める、所得税を税源移譲する、補助金、地方交付税を削る、そういうふうにしたら、それまで地方交付税と補助金に支えられていた地方圏が、この東北の地域とか中山間地域の町村が大変になって、東京都がもうかるようになると、これは見えていたわけです。だから、それに対してどういう形で対処すべきかということを一緒に考えなければいけないと、私はもう口酸っぱくして言っていたのだけれども、私が言っても微力ですから、全体の動きは、それでもいいのだと。それは分権改革だということで突っ走ったのが三位一体の改革ですよね。でも、実際やってみたら、財政の大変な地方圏では本当に大変になってしまって、中山間地域はもう合併するしかないという状況に追い込まれて、東京都や愛知県というのはばんばんもうかって、それは所得税ももらえるわけですから、所得税が多く集中したところはもうかったと。今度はやってみた結果、ひどくなってしまったから、地方税に偏在性があるということが政府からわあわあ言われて、そのターゲットになったのが法人2税で、法人住民税と事業税ですね。それがターゲットになって、地方団体の了解とか、そういうことは関係なく、石原知事と愛知県知事を個別に訪問してやると言って、いきなりその一定部分が国に取られて、国税になってしまったのです。これは何か。効果としては、それは地方圏にいいですよ。再分配もいいけれども、やり方としては分権改革に真っ向から反対のやり方ですよね。地方の自主財源で、地方税法で規定されている税の一定部分を何の議論もないと言うとおかしいけれども、ほぼないまま政府が取り上げてしまったわけです。国税になってしまった。これは、臨時的な措置であるけれども、国税になったのだという解釈をしているわけですから、これ何のために9兆円も削って3兆円の税源移譲とあれだけ頑張ったのだろうと。あっと言う間に取られてしまったのです。これは、もう地方がなめられているということですよね。そういう状況になってしまったということです。それは、手段としてはそういうことなのです。だけれども、目的としては当然、三位一体改革であれだけ強引なことをやったから、地方圏の財政が厳しい状況になっているということに対応しなければいけない。それは、もうすぐに対応しなければいけないということでそういうことをされたのだけれども、ちぐはぐですよね。三位一体の改革をやれば地方が大変な状況になるということは目に見えてわかっていたのだから、そこはやっぱり分権の理念を貫きながら、地方圏がひどいことにならないようにどうするかという制度設計をじっくりとすべきだったわけです。
 これ、1990年、1991年ぐらいのときに、スウェーデンもスウェーデン版三位一体の改革をやったことあるのです。あそこはもう本当に地方自治をどういうふうに発展させていくかということをよく練って考えたところです。その前の段階でもかなり自主税源比率というのは高かったのだけれども、さらに補助金と交付税的なものを削って、自主税源をふやしましょうという改革をしたわけです。ただ、そのときは、日本のように9兆円削って3兆円もらいますという話ではないのです。100削るとしたら、90ぐらい税源移譲すると。だから、日本で言えば9兆円削ったら、8兆円ぐらいは税源移譲もらえるという改革です。それが普通でしょう。かつ、財政力の弱い自治体というのがスウェーデンにもあるわけです。それで、個別の自治体ごとに税源移譲と補助金、交付税削減の額を比較して、前よりも損するようになったところは、その部分を特別交付金という形で損しないようにするという手当てまでしているわけなのです。そういうことをして、三位一体改革。
 日本は、それを1回3年間かけて削るほうをやって、いや、大変だといって、また今この3年間かけて分権の理念はそっちのけで手当てをしていると。自分で穴をあけては、それを埋めているという形になって、非効率なやり方。その中で分権の理念というのがどこかにいってしまうというような状況になっているのではないかというふうに思います。
 20年度の予算編成の基本的な考え方についてという財政制度等審議会の話を出したのは、ここで地方財政というのは余裕があるのだと。国に比べればまだいいのだと。だからもっと削れという話をしているのです。これが去年の段階ですけれども、これも私もひどいなと思うのは、その余裕があるということの理由が自主財源比率がふえていると言うのです。もちろん地方債と国債のその残高の違いとかありますよ。自主財源比率がふえていると。自主財源比率が何でふえたかといったら、三位一体の改革で国から地方への補助金と地方交付税を削ったから率が上がるわけですよね。だから、地方財政はよくなっているのだというふうに言うわけです。そういうことが国の財政に関する最高の審議会で正々堂々と書かれているのです。さすがにそのときに地方の鳥取県知事さんだったかな、すぐにこれが公表された後、おかしいということを記者会見されていましたけれども、そんなことがされているという状況です。
 結局、財政的に地方圏とか中山間地域で財政が厳しくなったときには、国はもう金は出せないと、地方のほうに余裕があるでしょうと。地方のほうに余裕があるのだから、地方の中の財政力の豊かなところからお金を取って再配分すればいいでしょうという論理になってくるわけです。それが水平的な財政調整制度ということで、水平的な財政調整制度というのは、では地方団体間が協議してやるのですかといったら、地方団体間だったらまとまらないでしょうと。では、財務省、それから総務省が出ていってあげましょうということで、東京と愛知を中心として、そこから金を取ってきて再配分するということが行われたという状況です。それが地方法人特別譲与税の創設で、税源偏在への対応ということになります。
 グローバル化対応と財政再建というところなのですが、それからその後さらに出てきたのが日本の企業課税というのは非常に水準が高く、これを下げなければいけないという議論です。これも法人2税、特に事業税の問題で、事業税を国が取るというようなときに一つの根拠になってくるわけです。これをどういうふうに考えるのかということで、いろんな改革の前提になる認識だと思うので、きょう少しお話したいと思うのですけれども、例えば資料の3ページ目を見ながら話を聞いていただきたいのですが、よく出てくるのが政府税調の資料とかを見ていくと、日本の場合の法人税の実効税率という場合は国税と地方税の負担を調整するというぐらいの話なのですけれども、税率を比較するときに、最近は国で見てもだめなので、都市のレベル、地方でどういう税金を払っているかとかいうので、日本と中国を比較するというのではなくて、東京と上海とか、東京とパリとか、ロンドンとか、そういう比較の仕方になっています。日本の場合は、法人税負担と、それから事業税負担。事業税負担が結構あるものですから、結構高くなるのです。パリを見ると、パリは地方税がない、地方の企業課税がないというふうにされて、フランスの国税の法人税だけが出てくるのです。それから、上海とかシンガポール。そうすると、東京が一番高いわけです。だから、日本がグローバル化の中での国際競争に勝っていくためには、もっと下げなければいけないという話になってくると。
 ところが、それは本当かというのを昨年度、2年ぐらいかけて国際比較の検討を、先ほど御紹介いただいた神奈川県の税制研究会のワーキンググループの座長に私がなって、神奈川県庁の人たちと調べたのです。そうすると、例えば地方税の部分で、日本は事業税がぼんとありますから、ほかはないのです。確かに日本というのは、法人税とほぼ課税標準が同じですから目立つのですが、例えばフランスとかイタリアとかドイツというのは営業税という、外形標準に近いのですけれども、外形標準課税があるわけです。これを入れなければいけない。それから、イギリスとかアメリカというのは、企業課税というのを不動産課税としてやっていた、そういう歴史的な伝統があるのです。イギリスだと、レイトというものの中にドメスティック・レイトとノン・ドメスティック・レイトというのがあって、ドメスティック・レイトというのは、個人の住居にかかっていたわけですけれども、ノン・ドメスティック・レイトというのは、日本でいうと固定資産の償却資産の部分に当たるのだけれども、それがかなり大きな比重を占めているわけです。イギリスの旧植民地だったアメリカ、オーストラリア、カナダもそういうような税制なので、それも入れないといけない。もちろん日本もあるわけですから、日本もプラスしていくわけですが。
 それと、もう一つ大きいのは、社会保険料の事業主負担です。これがヨーロッパ諸国というのは断トツにでかいわけです。それも入れなければいけないということです。そうやって積み上げていったのが3ページの図4です。さらに、民間医療保険負担というのがアメリカだけあります。これがアメリカはGDP比で4%ぐらいあるのです。皆さんアメリカの医療保険の制度御存じですか。これは、アメリカはヒラリーさんが無保険者が多いということで、4,000万人ぐらいいるのですね。それをどうするのかというのが、福祉国家であるアメリカの大きな課題なわけですが、逆に言うと2億人の人口がいますから、1億6,000万人は何かの保険に入っているわけです。これが団体保険です。団体保険というのは、民間保険といって、政府が直接はやっていないのだけれども、政府が保険の機能を働かせるためにこういうことをしてはいけないよということをきめ細かく決めているわけです。例えば日本の純粋な民間保険といったら、過去に手術をした人は入れないとか、決めていますよね。高血圧の人は入れないやつとか、入れる場合はすごく高くなるとか、そういうことをしてはいけないとか。だから、公的な保険と同じような、そういうことをされたら入れない人が出てくるということがあって、そういうことはしてはいけないというようなことを決めていて、内容的には準保険、公的保険です。かつ企業従業者が丸ごと入るわけです。丸ごと入るときの保険会社が民間なだけで、その制度としては公的な規制がかかっていると。かつ、保険料は全額事業主負担です。労使折半ですらないのです。1億6,000万人がそういう医療保険に入っている。だから、その企業負担がアメリカのGDPの4%あるのです。それがアメリカの高医療水準というか、中流以上の人たちの医療水準を支えているわけです。だから、無保険者とかニューオーリンズの台風で家を失ったような人たちを見て、アメリカはひどいなと、日本はそれよりいいなとか思っている国民が多いかもしれないけれども、中流以上の人たちというのは日本よりいろんな意味で保障は進んでいますよ。だから、アメリカというのは、私らの大学でも留学生がアメリカと日本と1年間ずつ留学したら、どっちの国がいいと思うかといったら、アメリカをみんな選んでいるのです。それほどアメリカはちゃちな国ではないのです。それは、例えば医療保険について言えば、もちろん4,000万人の無保険者という問題を抱えていて、アメリカは今、大統領選で、民主党のヒラリーさんもオバマさんもそれをどうするかということを論争していますよね。ヒスパニックと黒人をどうするのだと、無保険者が多いところをどうするのだという、福祉の充実を議論しているのであって、福祉の削減を議論しているわけではないですから。既に今の時点でGDPの4%を事業主が全額負担しているというのがアメリカです。それを加えてつくったのがこの図4です。そうすると、日本より明らかに低いのはイギリスだけ。アメリカよりも日本は低い、ドイツとほぼ一緒、イタリア、フランスよりまず低いということになります。
 ドイツも、これも言い出すと租税の細かい話になるのですけれども、ドイツはここに見るように、税負担はそんなに多くないけれども、社会保険料負担がすごく多いでしょう。企業負担というのは、ほとんど社会保険料負担だと言っていいわけですよね。だから、法人になるとこの負担がふえるので、企業が法人にならないのです。だから、個人所得税の形で払うのです。そういうところが多いのです。ドイツの税制の専門家にそれを調べてもらったら、ドイツの所得税の半分ぐらいが日本でいうと法人税負担に当たるものであると。それを入れると、ドイツも日本よりも高くなるのです。だから、日本の企業負担というのは、実質的に見ていくと、竹中さんがテレビに出てパネルで、実効税率って日本はこんなに高いのだとやっていますけれども、事実ではない。日本の企業負担というのは、国際的に見てそんなに高くないというのが私の結論です。
 ちょっとついでですから、その下のところまでお話ししてしまうと、そうはいってもやっぱり国際競争力をグローバル化の時代にどうするかというのは、やっぱり大事なのではないのかという議論は当然あると思うのですけれども、私それも調べたのです。つまり国際競争力というのは、何で構成されているのだということです。スイスにグローバル・エコノミック・フォーラムという世界経済フォーラムという国際機関があります。これは、国際経済、国際組織の企業活動の中では非常に権威のある組織です。学術団体ではなくて、むしろグローバル化を進める組織ですけれども、そこが国際競争力指標というのを毎年出しています。結構、新聞記事なんかで日本は何位だ、上がった、下がったとされていると思うのですけれども、それはいろんな指標を組み合わせて点数化してやるわけです。では、何が構成要素になっているのかというのを調べてみると、租税水準なんてないのです。つまり企業課税額負担が低いところは高いなんていうことはないのです。そういう指標は全くないです。どういう指標かと、例えば透明で公正な政府、組織であるとか、司法が独立しているとか、それから技術開発力、それから自分たちが開発した技術を知的財産として守るシステムがあるかどうか、それから質の高い教育力、それから質の高いインフラ、これは大体イメージできますよね。それから、財政に関して見れば、むしろ赤字を垂れ流しているというのは最も悪いことです。マクロ経済の均衡、そういうのが指標になっているのです。だから、一般に大きな政府と言われているフィンランドとか、スウェーデンとか、デンマークとか、そういう国というのは、10位の中に五つぐらい入っているわけです。日本は7位とか、結構高いほうですけれども、マクロ経済指標でいうと、財政赤字の垂れ流しというのがむしろマイナス要因になってくると。
 一方、経産省が言っている海外事業調査なんかを見ても、どういう要因で企業が海外の進出を決めますかという項目の中に、租税負担が低いからというのはないのです。仮に項目として出してアンケート調査をしても、私はそういう調査したことありますけれども、ほとんどないような状況です。そうではなくて、きちんとした高い労働力が確保できるかとか、安定したインフラからの電気とか水とかが供給されるとか、そういうことなのです。租税というのは、利益が出て初めて払えるわけですから、利益が出るような状況というのをどうつくるのかということが一番大事で、そういう要因では動いていないということです。日本は、この租税負担さえ低ければ国際競争力が高くなると、租税負担さえ低ければ産業は空洞化しないと、そういう考えが強過ぎる。私はドグマと呼んでいるのですけれども、そういう思い込み。企業にしてみれば、それは低いにこしたことはないわけですから、それを理屈づけるときに国際競争力という葵の紋を見せられると、国民はみんな、ははあと、では法人税を下げましょうという話になってしまうのだけれども、それはどうも事実と違う話なのではないかというふうに私は思うのです。やはりしっかりとした透明性のある、自分たちの開発したものを財産としてきっちり守っていけるような、そういうシステムをつくり、そういうシステムの中で活動したいと外国の人たちが思うような、そういうシステムづくりが国際競争力を保証しているのだと、そういうふうに考えるべきではないかなというふうに思っています。
 そういうことであれば、今度の内閣改造でも上げ潮派から財政再建派のほうにその力点が移ったというふうに言われていますけれども、その手段となっているのが消費税の税率の引き上げということがあります。これも、知事会の中でも税率引き上げと言うとちょっとどぎついので、充実という言い方をしたと思います。消費税の充実で自主財源をということで、これは税源移譲というのを考えるときに、地方団体がポスト三位一体の改革で次に税源移譲、税財源の充実を税源移譲で図っていこうというときに、平成16年から18年度のような三位一体の改革のやり方を踏襲できるかといったら、難しいと私は思っているのです。それはどういうことかというと、交付税と補助金を削減して、その部分を税源移譲というやり方ですね。そういうやり方というのは、もう削る補助金はあるのと、交付税をまたこれ以上削るのという話になるわけです。私はもうぎりぎり削り過ぎたと思っていますから、ざっくり言ってしまうとこれ以上削る必要はないと。
 では、税源移譲の財源は、国から税源移譲を持ってくるときにどこから持ってくるのだといったときに、一つの選択肢として消費税の増税があるでしょうということです。だから、税源を全体としてどこかでふやしていかないとだめだということです。補助金と地方交付税を削って、その分をよこせというスキームでは、もう地方はもたないだろうというふうに思います。それだったら消費税の増税。だけれども、私の立場は、消費税だけではなくて、もっと所得税の累進性をもう一度考え直すとか、それから今言ったように企業課税というのを、今の時点で大銀行というのは1円も払っていませんから。だけれども、税調にはほかの国並みにという資料出ています。でも、それは法律上であって、現実には不良債権処理をすれば払わなくていいですから、いまだに多分1行ぐらいしか払っていないと思います。
○佐々木博委員 住友信託ぐらいではないですか、払っているのは。
○金澤史男講師 そうでしたか。ほかは、もう1円も払っていないわけです。私ら時間外におろすと105円取られますけれども、彼ら1円も税金払っていない。だから、いろいろ取れるところ、負担しなくてはいけないところ、現実に担税力のあるところというのはほかにあるのではないかという気はしますけれども、それはまた次の話で、消費税について申し上げると、私は本当に地方の財源になる、それから財政再建のためになる、そういう消費税の使い方であれば、国民が議論したり、それから仮に10%になったら、生活必需品は非課税にするとか、そういうことをしながら税率を上げていくということはあり得ると思います。今のままECとかいったって、15%とかいっても、全部生活必需品は非課税ですから。日本というのは、全部そのままかかっているわけですから、そのままで15%、10%となれば、これはもう世界的に見て大変な税制になってしまうというのが一つ。
 それから、もう一つは、これは経済団体のほう、この話とも絡んでくるのですけれども、年金制度において、基礎年金部分の税方式化というのを経済界の方々が盛んに言っていらっしゃいますよね。そこの部分を消費税で埋めるということにしますと、結局、この図4でいう日本の国際的に見てそれほど高くない社会保険料負担、企業の負担部分を減らすという考えです。だから、企業が今まで年金の基礎年金部分、基本的には労使折半で、労使折半というのもヨーロッパに比べればどうして少なくなるかというと、ヨーロッパは大体2対1とか3対1で企業のほうが負担が多いですから。日本は、ぎりぎり1対1です。そこの基礎年金部分も消費税にすれば企業負担はなくなるわけです。企業負担が減って、消費者が負担するという形になります。だから、そこがプラス・マイナスとんとんになってしまう可能性があるわけです。だから、それもプラスにしていくためには、相当高い税率にしないといけないという計算は、そういうところから出てくるのです。だから、そういうことをしないで消費税のプラス部分がそのまま財政再建、それから地方の税財源の充実というふうに充てられるのであれば、その消費税も浮かばれると、負担した消費者も浮かばれると。ところが、それが単に企業の社会保険料の負担軽減に充てられたら、ざっくり言えば企業が得して、それで消費税ですから、年金生活者が泣くと。これでいいのかということなのです。浮かばれないと。そういう問題点があるわけです。だから、ずっと社会党とか、年金財源の税方式化というのは主張されてきたと思うのだけれども、それはやはり所得税とか法人税でやるならいいです。だけれども、消費税で、かつ企業の税負担をなくしてやると、企業も必死なわけですよ。それはだって、みんな非正規職員にしてしまったから、35年、40年、年金を積み立てる人がいなくなってしまった、中核労働者が。だから、もうどうしようもない状況ですよね。それを消費税でやってしまえというのが基本的なねらいですから。そこのところを制度設計として、それはそれで企業の考え方ですけれども、全体として消費税の増税で税方式化に全部消費税を充ててしまったときに、福祉目的税という、聞こえはいいですけれども、実際本当に財政再建になるのか、地方の税源強化になるのか、それは制度設計次第で、深く考えていかないと、またやってみてあれということになってしまうのではないかというふうに思います。
 それで、その消費税率の引き上げというのは当面見送られたわけですけれども、保険料とか、自己負担の引き上げ等が結構されているということです。ここの部分もちょっとお話ししておきたいのですけれども、これも日本の場合に公的な負担というのを削減、抑制すると、それは小さい政府で効率的だから、国際競争力にもつながるのだという話があります。これは、全く意味がないとは私は言いませんけれども、かなりの部分はドグマだと思います。それはなぜかというと、例えば財政を健全化するために給付水準を下げるといったときに、例えば医療で言えば自己負担部分がふえるとか、介護保険で言えば自己負担部分がふえるとか、だけれども、受けなければいけないサービスというのは、そこ自身をそんなに変えているわけではないわけです。ということは、税金の形でその部分を払っているのか、自己負担という形で家計から負担しているのか、その違いだけであって、つまりスウェーデンの人たちは所得の7割ぐらい税金に払うと。だけれども、その税金でやってくれるから、自己負担部分とか少ないわけです。日本の場合は税金は低いから効率的かといったら、税金プラス自己負担部分がある。それを合わせれば、必要な額というのは変わっていないわけです。変わっていないというか、日本の中でですね。別に何も効率化されていないというわけです。政府が小さくなっただけであって、国民の負担というのは変わっていないわけです。自己負担部分がふえるということは、ある意味、消費税です。自分がサービスを消費したときに負担がかかるということですから、消費税に逆進性があるとすれば、所得税とか企業負担の法人税、所得税にはある程度の所得課税累進性、それを再分配して必要なサービスを国民にやりましょう、つくりましょうというシステムをつくるのか、それともその部分は少なくて、結局、福祉を受けなければいけないという窮迫した人たちが自己負担として負担するかというだけであって、国民負担というものは変わらないといいますか、別に減っていないわけです。日本の場合に悲しいのは、税金として一度納めて、政府がそれを必要なサービスに充てるというふうにすると、何か無駄が多いとか、何かどこかでちょろまかされているのではないかとか、政府自身にそのシステム、一度お預けいただいて、必要なところにちゃんとサービスしますよということに対する信頼感がない、どんどん弱まっているわけです。だから、もうそれは小さくていいと。あとは自己負担で企業がやるとか、自己負担部分でやるとか。でも、実際はそこには潜在的な国民負担というのがあって政府、自治体が信頼されていないという形になっている。昔の総理府からずっと今もやっていますけれども、政府の大きさと国民の満足度の意識調査という国際比較があるわけです。日本が外国と協力してやってずっと、何年に1度か、何十年とやっていますけれども、それはこのGDP比で政府の大きさが大きいほうが、負担率が高いほうが国民の満足度というのは高いのです。ドイツにしたって、スウェーデンにしたって。日本というのは、では小さくしていって、国民の満足が高まっているかといったら、どんどん不満がうっせきしているわけですよね。それは、いろいろ目の届かないところとか、お金のない人はもう医療機関に行けないとか、そういうことにどんどんなっていくわけですから。それから、年金とかもらえない人とか。もう学生なんかも、20歳から年金を納めるなんていう制度をつくるでしょう。だけれども、担税力が彼らはないわけだから、結局納められないですよね。そうすると、いろいろ制度とか出てくるけれども、本当に納めるべきなのか、納めないのかもぐちゃぐちゃではっきりしないでしょう。それで、しまいには学生は、どうせ自分たちのときには年金制度なんて財政危機でなくなっているのだから、あんなものはもう払う必要はないのだみたいな話が広がっているわけです。後期高齢者の負担増にしたって、本当に後期高齢者でも資産と所得を持っている人であれば、ある程度取っていいと思うのだけれども、今のような制度にしてしまって、それもだから結局ああいうところから取って高齢者から天引きするのが一番取りやすいから取るという制度にするのだけれども、しかし担税力がない人から取るということは、制度として長続きしないのです。やっぱり担税力がきっちりあるところから取るという制度設計にしないと。企業なんかにしたって、赤字だったら払わなくていいわけですから。住民税とかは、別に家計が支出と収入で赤字だって税金を払わなければいけないですよね。だけれども、企業は赤字だったら払わなくていい、しかも5年間の欠損金の繰り越し制度まであるわけだから、それはもうかったときに払っていただいていいと思うのです。もうかったところでちゃん払うという制度にすると。それは、担税力のあるところからきっちり取るという制度にしていくというのが大切なのかなというふうには思います。
 最後のほうにいってしまうのですけれども、分権改革の展望ということなのですが、私が思うには、分権改革というのは一体何だったのだろうか。分権というものはもう終わったのだということであれば、それはそれで一つの立場なのですが、一番のキーワードを一つ出せといったら、自己決定権です。自己決定権をきちんと拡充していくというふうな制度になっているかどうかということがすごく重要だというふうに思います。
 それから、きょうはここ盛岡での話、岩手での話なので、地方の役割ということで言うと、三位一体改革で悪い側面というか、国の財政再建のために利用されたという側面があるというお話をしたのですけれども、そのときのキーワードがこの自己決定権と非常に近い言葉なのだけれども、地方の自立という、そういう言葉が2001年ぐらいからずっとキーワードになってきた。地方の自立というのは、これは道州制にもつながってくるのですが、補助金とか交付税をもらっているから地方は甘えていつまでも自立できないのだという議論が政府の財政関係の答申や何かに、本当にそういうふうに書いてあります。だから、それを削るのが地方のためなのだと。地方は、無駄な公共事業ばかりしてモラルハザードを起こしていると、そういう話で、東京の人たちが汗水垂らして取った所得税とか法人税というのを交付税を通じて地方にあげているから甘えているのだと、そういう発想から、それではだめなのだというので、地方の自立という言葉が言われたわけですけれども、それはおかしいでしょうと私は思うのです。これは、やっぱり国民経済、日本の国家というのがこういうふうにできている中で、地方がなくなったら東京って生きていけるのということです。京都議定書一つ見ても、森林による二酸化炭素の吸収というのを出して、日本はようやく切り抜けたのですから。だから、その森林保全というのをだれがどこでやっているのだという話ですよね。それから、電力一つにしたって、原発に日本は30%ぐらい依存しているわけだけれども、東京電力の原発というのは、関東地方の中にはないわけですよね。新潟とか、ここはあるのですか。
 (「ないですね」「福島」と呼ぶ者あり)
○金澤史男講師 福島ですよね。東北電力あるかもしれないけれども、そういうところにつくって、地方に原発のリスクは負わせて、電力を供給されている。水も東京は利根川から買っているわけですし、産業廃棄物なんかは地方に預かってもらっているという状況です。そういう役割があって一つの国ができているわけで、東京人が、大体この間10年ぐらいずっと財政改革でやってきた人たちというのは、東京の税務署が徴収する法人税、所得税というのは、東京人の汗でできていると思っているわけです。御存じのように、それはたまたま本社が東京にあるから、そこに記帳される会計上の問題であって、工場は地方にあるわけだし、さっき言ったいろいろな原料とか水とか、そういう話もあるわけだし、そういう国民経済全体で成り立っているのだから、それは当然、地方交付税として再配分を受ける権利が私は地方にはあると思うのです。だから、そういうのをもらっているから自立できないのだとか、そういう議論というのは非常におかしいというふうに私は思います。そういう根拠に基づいて地方交付税とかの必要性を言う必要があって、地方交付税をもらっているから自分たちに自己決定権がないのだという言い方はすべきではないと。これは、分権改革が盛り上がったときの一つの誤った考えだと私は思うのだけれども、歳入の自治がなければ、つまり自主財源が100%ではないと自分たちは自治は実現できないのだというような議論があるのです。これは、最初から私は批判しているのです。それはそうではないと、今言ったような論理とか、いろいろな生存権の保障とか、そういうことをあわせて地方交付税というのは国全体で再配分して、それはもう正々堂々と再配分してもらえればいいので、その上で地方税と地方交付税を合わせた一般財源を基礎にしながら自己決定権を主張するという方法です。それを地方は目指していくべきではないかなというふうに思っています。
 もう一つは、国の財政の話を少ししたし、国がすぐに企業課税が日本は高いと言って、きっちりとした担税力のあるところから税を取らないで、財政赤字を放置するというところが問題なのだというお話をしたのは、つまり国の財政がしっかりしていなかったら、税源移譲もできないのです。そこでやろうとすると、やっぱりゆがんでくるのです。三位一体改革もそうだと思うのだけれども。国がやはり自分の責任でまず財政を健全化すべきなのです。きょう全部はお話しできないのだけれども、例えば資料の5ページの上の表3を見ていただいて、2001年までしかありませんけれども、国税と地方税というのを見ていくと、日本が国税がバブルのときは高くて80年から90年まで対GDP比で14.2%から18%にふえているわけです。それが2001年、13.6まで落ちているわけです。地方税のほうは、1980年8.0%が9.6、9.7、これだけ平成不況、1990年代になっても地方税というのは減っていないのです。一生懸命取っているわけです。国税のほうが対GDP比で5%ポイント近く落ちているわけです。ほかの国を見ると、国税でここまでミゼラブルな、鳥がらのようにやせ細ったと私言っているのですけれども、国税がここまでやせ細ってしまった国というのはないです。どこも福祉が必要であれば、きちんと国税をそれに対応して取っているわけです。日本は、別に福祉をひたすら削っているわけではない。やっぱりある程度ふえているわけですけれども、それに対応して必要な担税力のあるところから取っていないと。これは、国税のレベルで、アメリカは少し小さいように見えますけれども、連邦政府の州というのはステイトで、ステイトというのは国家ですから、連邦と州を合わせた、州の半分ぐらいは国だと思って見てみると、それなりにしっかりしています。OECDの26カ国のうち、国税の対GDP比収入は、2年ぐらい前の統計数値ですけれども、日本はビリです。これは、韓国とかメキシコ、ついこの間まで途上国だった国よりも国税収入は少ないです。地方税は、日本は7位ぐらいです。これは健闘しているわけです。国税がここまでひどくなってしまっているというのは、日本の特徴です。三位一体改革の前の段階では、もうちょっとあったわけですけれども、もうちょっとすると、ほとんど地方税と改革しないでも1対1になってしまいそうな勢いで国税が減っているわけです。だから、国税でその部分赤字がふえているわけですから、まず地方に財政健全化法云々と言う前に、まず自分たちが財政再建しろと。しろと言うと、三位一体改革や何かで交付税と補助金を削ってくるという、この悪循環なわけですから、やはり必要な税は必要なところからきっちり取ると。少なくともこの間、減税続けているわけです。減税続けているというのは、いろんな特例をつくって税収を軽減しているわけです。特例措置、特別措置的なものですよね。それから、ゼロ金利に近い状況、これだけ続いていますから、利子収入の所得が物すごい減って、もうほとんどゼロなわけですよね。だから、これは県の利子割交付金に響いてくるわけですけれども、この額も半端ではないわけです。これも結局は金融機関の不良債権の処理のためにこれだけの低金利というのをしていると。これだけ低金利を継続すると、先ほどの国際競争力の話もそうですけれども、普通5%ぐらいあるのを0.何%でしょう。そうしたら、外国から資本が入ってこないわけです。だから、国際競争力云々かんぬんとやらないといけない。税を下げなければいけないとか話になるわけで、5%の金利があれば、それはほっといたって入ってきますよ。0.何%だから、日本のかなりの銀行がサブプライムや何かに手出してしまうわけでしょう。それだけの金利格差、5%もあるわけですから。それで、日本人はまた経済が活性化しないと言って、羽田空港とかなんとかを民営化して、そしてそこの株を売って外資に入ってきてもらうとか、日本売りが始まっているわけですよね。だから、そういう悪循環というのはどこかに出口を見出さなければいけないし、出口を見出しながら国が財政再建しなければいけないし、財政再建を前提にしながら地方が税財源の充実を要求してくるという、そういうシナリオに入っていかないと、地方の税財政改革などの展望はないのではないかというふうに私は思います。
 時間が来たようですので、とりあえずここまでで終わります。駆け足で、どうも御清聴ありがとうございました。
○小田島峰雄委員長 金澤先生、大変ありがとうございました。
 それでは、これより質疑、意見交換を行いたいと思います。先生のお話に対しまして、質疑や意見がありましたなら、御発言いただきたいと思います。
○佐々木大和委員 では、ちょっとお伺いしますけれども、先ほどの資料の3ページで、企業負担の国際比較について、GDP比で出ていますけれども、この企業負担の中でこういう見方、当然あるわけですが、企業の生産額の割合はこの国の中ではどんなものなのでしょうか。
○金澤史男講師 生産額ですか。
○佐々木大和委員 はい、GDPの中のですね。
○金澤史男講師 それはちょっと出してません。多分さらに日本は低くなると思います。
○佐々木大和委員 その比較が必要ですね。
○金澤史男講師 そうですね。法律上の税率の比較と実際に負担がどのぐらいかというと、製造額というよりも、私が時間があったらやりたいなと思っているのは、利潤です。利潤に対して、実際にどのぐらいかかっているかという。
○佐々木大和委員 法人税だけは利潤ですけれども、その他は関係ないですね。社会保障関連は関係ないものね。
○金澤史男講師 関係ないというか、実際にもうかった部分との比較というのが意味があるのではないかというふうに私は思っています。だから、もうかっている部分に対してこういう負担を合わせてみると、担税力といいますか、そういうものが出るのではないかなというふうに思います。
○佐々木大和委員 利潤とは連動しないですね。法人税だけは・・・
○金澤史男講師 ええ、計算上はおっしゃるとおりしないのですけれども、対比という意味で意味があるかなと思っています。そこは課題です。
○佐々木大和委員 あと、さっき道州制のところが出たのですが、ここにもあるように、分権改革の最終仕上げは道州制ということでいろんな話が出されるのですけれども、実際この中で地方の立場からいえば、これまでも東京を中心にやっぱり人材供給も常々やってきたと、こっちから出して、そして結局、生産を上げる人材供給は、役所も含めて、霞が関も含めて、地方から行った人が東京の人になってやっているということで、中国あたりは住所を移せないそうですからあれですが、日本の場合は自由に東京の人になってやっているわけです。そうなったときに道州制は一応もしこうやって分権の完成の姿になると、そして国際競争力を上げるための一つの方法としてとらざるをえないとなった場合には、やっぱり大学の配置というのは相当影響するのではないかと。東大に準ずる大学がやっぱり州のレベルに全部置かなければ、そういう国際競争力を持った州の力というのは、人材育成そのもの自体ができないで、ますますおかしな状態をつくるのではないかなと、そういうことをちょっと思ったことがあるのですけれども、その辺についてはどういうお考えなのでしょうか。税財源とかそういうのではなくて、人の部分で霞が関がいろんな力を持っているものだから、さっきの分権改革でも中身は結果的にはその知恵の戦争で負けたようなものですけれども、そういうことが実態の中に出てしまっていると。そうすると、その人材のところに問題があるためにこれが起きるということになれば、地方六団体の人材と霞が関でそういう結果を出してしまうというところに大きな問題が生じるので、その点で大学の配置というのがいよいよもって問題になるのではないかなと、そのことを思っているのですけれども、その点は何かで議論はないのでしょうか。
○金澤史男講師 大学と絡めて考えたことはちょっとなかったのですけれども、人材育成という点でいうと、道州制を進めようとしている人たちは、堺屋さんの話とか聞いていると、江口さんとか、黒川和美さんという法政大学の方、専門部会では座長なのですが、こういうイメージを考えているのかなと思うのですけれども、例えば北海道だと、北海道で生まれ育った人は北海道の大学にしか行かない。北海道に道庁が、国の霞が関みたいなものができて、そこの道庁さんとか議会の人たちは北海道人だけでやられるというふうに考えていらっしゃるのだと思うけれども、そんなことはできないわけですね。先ほど言ったように、労働力の移動というのが自由になっている限りは、そういう世界、むしろ明治の初期はそうだったから帝国大学をそれぞれにつくって、大体そこの人たちの優秀の人はそこに来てということだったけれども、もうこれだけ労働力の移動が自由にされる、交通も日帰りで行ったり来たりできるという状況の中で、どんどん北海道からの優秀な人は大体北大どまり、東北大どまりだったのが東大に来てしまうとか、そういうふうになっているわけですよね。だから、そういうのを津軽海峡で行ったり来たりさせないみたいな形でやるのであれば、そこに何かそれなりのものができるかもしれないけれども、そうでない限りはやっぱり協力するというほうを前提に、より偏差値の高いところに人が集まってしまうとか、所得の高いところに人がまずは来るということを前提にして制度をつくっていかないとだめだと思うのです。
○佐々木大和委員 そこは違いますね。
○金澤史男講師 東北と言えば、東北の人はみんな東北大学に行くのかといったら、そんなことはないでしょうと。では、霞が関の人は霞が関だけで育って終わるのかといったら、やっぱり送り込まれてくるのではないですか。だから、その人事交流というのを前提にして考えたら、道州制といっても砂上の楼閣というか、だからEUのオランダとかスウェーデンというのは、さっき言ったように、庶民はやっぱり英語、フランス語、みんなべらべらしゃべるわけではないですから、そんなに労働力の移動がある程度自由だといったって、ある程度は動きますけれどもそんなに動かないわけですよね。それから、アメリカで言えば、アメリカの州というのはそれぞれまずは国だったわけですから、そこで今でも独自の憲法を持っているし、大体カリフォルニア州といったら日本と同じぐらいの大きさなわけですから、移動ももちろんしますけれども、彼らのイメージからすれば、日本なんていうのは一つの州なわけで、そこの中で独自の憲法を持っている状況は考えずらい。一つは沖縄が独立すれば基地をなくすことができるかもしれないから、その部分、観光施設とか充実させて、何か今より発展するような気がしますけれども、それ以外のところはやっぱり地域振興はそれぞれの地域が頑張るけれども、頑張っても財政的に足りない部分は地方交付税や補助金で先に進んだところから取ったやつで再配分をするというほうが私は効率的なシステムだというふうに思います。ただ、自分たちでやったほうがいいというか、自己決定をふやしていったほうが住民のためにもなる、きめ細かいサービスができるというような分野についての自己決定権はふやしていくということは必要なのです。だから、財政システムで協力するという話と自己決定権をふやすというその二つを両立できるかどうかというのが私は課題だと思っているのです。そこを切り離してしまう人が多いのです。だから、自己決定権をふやすということは、何か財政的な地方交付税というのは減らさなければいけないというふうに考える。それは、ドイツの連邦制だって、州間の財政調整、それから国が入った財政調整とか、補助金とか、それはあるわけですから、それもみんな必要ないとか、そういう話というのは、日本人はどうしてそこまでいってしまったのかなと思って、私は梶原さんとか、もう何か目が据わってしまって、補助金というのはあるからいけないのだとか。
○佐々木大和委員 どっちかというと、地方のほうが要求していたスタンスですよね。
○金澤史男講師 そうです。
○佐々木大和委員 だから、狂った、おかしなところが出てきたというのが私としては感じますけれども。
○金澤史男講師 そこが何かそういうふうに思わされてしまったのね。補助金は、財政学の基本でも必要なのですから。補助金がない国なんてないのですよ。補助金は悪だみたいな、バナナたたき売りみたいに10兆削るなんて言って、私は海の中に飛び込んでいくネズミのように見えましたね、梶原さんの姿を見て。とめてやりたかったです。
○佐々木博委員 どうもありがとうございました。
 三位一体の改革について言いますと、本県の今の総務大臣もどっちかといえば旗を振ったほうなわけでありますが、議会の中では結構その点については当初から厳しい意見が多かったのです。岩手県議会としては、それはどういうふうにしても負担金、補助金減らして税源移譲といっても、税源の移譲の仕方はどうあれ、これは所得が高くて人口が多いところによくて、その反対のところは悪くなるに決まっているわけで、そんなことはもう見え見えですから、非常に危惧があったわけでありますが、全くそのとおりになってしまったというのが現実ではないかなというふうに私自身は理解しております。
 それで、いずれ本県の場合も7年かな、8年かな、もう連続毎年、財政規模が小さくなっているのです。これの一番大きな原因というのは、やはり交付税が減っているということが一番大きな要因です。一方、国を見ますと、本来であれば交付税を減らしていて、交付税だけではなく、国の一般会計見ていますと、補助金も減らしているでしょう。だけれども、国の一般会計ってこの間減っていないのですよね。ですから、それを言いますと、地方に随分しわ寄せ来ていますけれども、私は国は本当に行政改革をやっていないなと。むしろそういうふうに言いたいようなところは、地方の立場としてはあるのです。ただ、いずれ非常に財政が窮屈になってきて、当面、今の経済情勢ですとますます厳しくなるというふうには思っているのですが、そういった中で地方債もだんだん厳しくなってくるわけでございますが、竹中さんなんか本当に市場主義ですから、あの地方債も市場で調達しようというようなことをよく言います。現実に今、やっているところもありますけれども、これを本当にやったら、財政力のいいところは、これは低金利で調達できますよ。恐らくみんな格付されるわけですから、本県なんか、東北各県なんか、そんないい格付が出るわけはありませんから、調達金利は高くなるわけです。もうただでさえ差があるのが、ますます差が開くような方向にいっているのではないかと思って、そういった点では非常に危惧をしています。それから、本当に地方交付税が一つの悪玉みたいな風潮もありますけれども、これはやっぱり私は全然そうではないのではないかなというふうに思っているわけであります。
 それから、もう一点、道州制についてはいろいろ議論があるところでありますけれども、正直言って地方では今、道州制に向けて全然煮詰まっていないというのが偽らざるところではないかなというふうに感じています。例えば本県の場合でいいますと、江戸時代、南部藩と伊達藩と二つに分かれていたわけですけれども、今でもまだやっぱりその垣根というのはあるのです。ましてや道州でばらばらになって、それはやっぱり伝統も違いますし、風土も違いますし、これはなかなかそこまで至るまでには少なくとも今描いているようなスケジュールではとてもいけないのではないかなというふうに私は思います。ただ、いずれ何かやらなければ、道州制のねらいの一つの行財政改革を大きくやれるというのは非常に大きなねらいなのでしょうけれども、すぐに道州制というわけにはいかないのでしょうが、しかしながら何かそれにかわるようなことはやっていかなければいけないのだろうと思っています。けれども、いろいろ考えていてもなかなか名案がないというのが現状のところではないかなというふうには思っているのですが、ちょっと先生にお伺いしたいのは、ますます市場主義といった傾向がこれからも強まっていくとお考えなのかどうか、ちょっとその辺の見通しについてお伺いをしたいと思います。
○金澤史男講師 その前に、きょうのお話で地方債のお話が、今述べられて抜けていたなというふうにちょっと思いました。ただ、最初にやっぱりビジョン懇なんかで言われた破綻法制という話が、今、お話あったように、完全に市場のアナロジーで制度をつくった場合に大変なことになるということは相当地方から意見が出て、最終的に総務省が出した地方債の協議制というのは、ある程度総務省が責任を持ちましょうと。財政融資の制度をある程度は活用できるような形にはなっているので、総務省としてはそういうところにも配慮した制度にしようということだと思います。ビジョン懇なんかの完全市場原理主義の人が言ったのは、とにかく破綻したら企業と同じように整理すると。それがデフォルトの影響がほかに及ばないように隔離すると、そういう制度にしてということだったのだけれども、やはりそういうことが日常茶飯事に起こるような状況というのは、ちょっとまずいのではないかということです。
 きょうお配りした資料の最後のほうに健全化判断比率等の対象についてというのがあると思うのです。これは、総務省で説明を聞く機会が私あったので、そのときの資料を出させていただいたのですが、御存じのように地方財政の健全化法ができて、この1年をかけて指標を精査するということになって、9月に発表されると思います。省令で出てくるのです。法律のスケジュールというところで、指標の公表が秋になっています。内容が、法律自身が健全段階から財政の早期健全化を勧告する段階、それから財政再生のために従来の地方財政再建促進特別措置法でいう財政再建団体に当たる部分、2段階で指標によってチェックしていこうという制度ができます。これ、国会で議論しないのかといったら、要するに省令事項だからということであります。健全化判断比率等の対象についてというものを一つ見てもらうと、従来は実質赤字比率というので、普通会計を中心にした部分だけだったわけですけれども、連結実質赤字比率、公営企業部分を入れて、さらに一部組合、広域連合についても実質公債費比率で入れて、地方公社、三セクに関しては将来負担比率で指標化していくと、この指標の内容についてはまた別途調べていただきたいのですけれども、それについての数字が現実に県と市町村で早期健全化の水準は何%、それから財政再生をしなければいけない水準は何%という数字がもう出ています。これが9月に公表されて、これで多分岩手県内の市町村、それから岩手県財政について、その水準を計算していくわけですけれども、勧告される水準かどうかということが問題になってくるだろうというふうに思います。
 そういう点で、私がちょっと細か過ぎるかなとは思うのですけれども、地方債の発行も含めて住民がそういう指標に基づいて自分たちの財政状況の全体像を三セクも含めて見るようになるというのは、方向としては悪い方向ではないのかというふうに思っています。ただ、それが国から一方的に省令でやられるというのは、地方の側としては悲しいですよね。そういうところもやはり国と地方の協議会とか、そういうところで実質的な水準というのを考えていこうというような状況というのが分権改革だと思うのですけれども、分権改革から出発してこういうのが上から出されて、それできゅうきゅうとするというか、むしろ分離からの乖離が深まっているというような気がしないではないので、実質的な効果はいいと思うのですけれども、やり方については分権ということをまだ旗として掲げるのであれば、地方としてはいろいろ言っていくべきことはあるのかなと思います。
 それから、市場化のほうですけれども、御存じのように、この前の参議院選挙でそれに対するある種のノーが出てきたわけですから、風向きが少し変わってきているなと思います。それが定着するかどうかはこれからだなと思います。例えば小泉さんと安倍さんのときは、やはり都市再生というのがメインですよね。今、福田さんになってからでしたっけ、構造改革特区、都市再生、地方再生等が一緒になった地域活性化統合本部会合という形になって、地域活性化、地方再生というのが旗印になってきていますよね。基本的には、やはり小泉さんとか安倍さんのときは、先ほど言った地方の自立論ですから、都市部から地方に回す交付税、補助金をどれだけ減らせるかみたいな話でしたから、それに対して地方再生ということで、地方再生の地方の意味は、地方都市と、それから農山漁村と、それから中山間地域、過疎地域、その三つですから、そこを再生させるということなので、地方に軸足を置いた、つまり市場原理では切り捨てられがちだった地方に軸足を置いた政策を今、展開しようとしつつあると私は見ています。
 それから、諸外国を見ると、グローバル化の中で市場化が非常に進んでいるというふうに一方では言えるのですけれども、ではアメリカというのは、先ほどもちょっと言ったのですけれども、市場原理主義で国をつくっているかといったら、そんなことないです。彼らのあの大統領選挙とか見ていますと、政府にすごくみんな国民は期待していますよね。だから、カトリーナの台風のときも、やはり政府がちゃんと対策すべきなのだということを言いますよね。それから、サブプライムでも、まさに日本と同じで公的な資金というのを投入していますよね。政府の役割というものをしっかりと、市場でやるべきところは市場でやるけれども、政府が出ていかないとこれは対応できないというところは、アメリカはしっかりしていますよ。何でもかんでも市場に任せればいいなんていうことは、アメリカ人は考えていないです。例えば納税者の反乱とかで小さな政府のほうがいいと言っているから、では政府は小さくなっているかといったら、アメリカの場合は小さくなっていないです。彼らは納税者の反乱で、その後州ごとにいろいろな、プロポジション13とありましたよね。カリフォルニア州の納税者の反乱で、小さい政府にしていくのだという。日本ではそういうふうにとらえられているけれども、その後、アメリカの州で広まって法律になったというのはどういうものかというと、州税が経済成長率を超えて税収が上がったときに、経済成長率以上の部分についてはもう一度議会で議論し直してくださいという考え方です。非常に私はリーズナブルだと思います。だから、逆に言うと、大体GDP比と同じぐらいの政府の大きさというのは、ずっとこの間保っています。共和党が出てくると、大体削られているけれども、民主党が出てくると、クリントンだったら増税を掲げて当選したのですから。それから、レーガンが所得税のフラット化を進めましたけれども、クリントンというのはやはり高額所得者に応分の負担をしてもらわなければ困るのだというので、もう一度所得税の税率の刻みを高くして、高額所得者にも累進性を高めて、それで財政再建しているのです。だから、大体そこがとんとんなのです。日本というのは、今、急激に下がってきてしまった。
 かつ、先ほどおっしゃったように、政府の一般会計が減っていないと言うのだけれども、確かにそうなのですが、国債費が今、20%から25%です。だから、実質的に出せる支出というのはどんどん減っているわけです。だから、地方にもやれない、それから福祉もできるだけ抑えなければいけない、公共事業もできないという形になっている。では、何で国債費が25%、4分の1になっているかと。それは、ここ20年ぐらいやはり国際的に見てGDP比で2%ポイントぐらいほかの国よりも多い水準で公共事業をずっとやってきたと。その公共事業というのも、1989年に日米構造協議があって、1990年から430兆、10年間。村山内閣のときに、残念ながらそれを上方修正して630兆。630兆を10年ということは、1年間に63兆。63兆という数字は、大体、国債依存度が30%で30兆円ですから、一般会計でいうと一般会計の60%を公共事業にするという話です。地方が国より2倍やっていますから、そういう計算にはならないけれども、要するに国債発行額でいうと、国債依存度で60%ぐらいの水準の公共事業を10年間やり続けるということをアメリカに公約してしまったわけです。だけれども、アメリカというのは本当に自分の国のことをすごく考えていますから、そのときにアメリカがどういうことを考えたかというと、それがIT投資とか、日本の国際競争力をふやすような公共事業をされたら困るわけです。ハブ空港をつくってしまったとか、港湾施設をよくしてしまったとか。だから、アメリカというのは生活関連社会資本の比率を上げろと言ってきたわけです。つまり生産を高めるような公共事業はだめだと言ってきたわけです。それを日本はのんだわけです。それを政策化したのが生活大国何カ年計画、生活関連の社会資本。そのとき御三家があって、流域下水道と都市公園と、それから廃棄物の処分場、これだったらいいと。重点項目はこれだと、これをふやしますと。それの計画を立てれば、じゃぶじゃぶお金が水のようについたということです。それは、日本が対外的な貿易摩擦をクリアするために必要だったことで、それを地方が手足になって一生懸命やったわけです。それで、アメリカに許してもらったという状況だったと。ところが、公共投資の縛りがなくなった途端、国が何言い出したかというと、地方は無駄なことばかりやっていると。モラルハザードを起こして、日本の財政を滅ぼすのは地方だと。それはないだろうと。だから、この公共事業批判というのは世論で、マスコミも公共事業批判をするけれども、それはそういう国の政策のむしろ対外的な経済政策の中で枠組みをつくられて、地方が嫌だと言っても食えと言って、地方債発行しろと言って、地方に食わせていたわけではないですか。でも、それで日本経済の対外的な貿易摩擦というのは切り抜けられたわけなのです。だから、国としてはそれが終わったら、よく協力してくれたと。これからは日本は地方の地域振興のために公共事業をやっていこうと、額は減らさざるを得ないけれども、そういうことを考えていきましょうと言うのだったらわかりますよ。だから、あるところまでさんざん地域の振興のためにならないと言うと問題ですけれども、流域下水道とか、都市公園なんて、これだけ緑が豊かなところに緑を削って、それで都市公園をつくって、1人当たりふえたといってやっていたわけではないですか。やらされたのです。それは、アメリカの重点項目できちんと協議の中に入っていますよ。だから、やはりそういう縛りから抜けて、きちんと地方の内発的な発展なり、地域振興のためになるような公共事業をどうしていくのかと、それをしっかりと考えていく必要があると思うのです。そういう日本の国自身の対外的な危機を救うために公共事業を20年間ぐらいやったわけですから。国際会議に行くたびに、日本というのは内需を拡大しろ、公共事業をふやせと、がんがんアメリカとかヨーロッパに言われて、それでやったわけですから。それに協力したのが地方なのですから。だから、それで危機を乗り越えて得した人たちが今、ちゃんと負担すればいいのです。そんなことをちょっと言いたい。
○小田島峰雄委員長 ありがとうございました。
 予定の時間となりましたが、ぜひこの点だけは聞いておきたいというのがもし万が一おありの委員の皆さん方、何かありますか。
 (「なし」と呼ぶ者あり)
○小田島峰雄委員長 それでは、ないようでございますので、以上をもちまして本日の調査を終了いたしたいと存じますが、改めて一言お礼を申し上げます。
 金澤先生には、本日は終始大事な示唆に富んだお話をたくさんちょうだいいたしました。私どもも今のお話をちょうだいいたしまして、今後の本県の地方財政運営に少しでも生かしていきたいと思います。改めて委員の皆様方、金澤先生に謝意を表したく、拍手をお願いいたします。
 委員の皆様方には、この後、若干御相談したいことがございますので、お残りをいただきたいと思います。
 それでは、時間がございませんけれども、9月4日に予定されている次回の当委員会の調査事項についてでございますけれども、この件につきましては当職に御一任いただいているところですが、現在、詳細調整いたしておるところでございますので、固まり次第御連絡を申し上げたいと思います。御了承いただきたいと思います。
 次に、県外調査についてお諮りをいたします。平成20年度行財政構造改革等調査特別委員会調査計画(案)を御覧いただきたいと思います。
 県外調査につきましては、大阪府及び九州方面を考えておりますが、この際各委員の御意見をお聞きした上で、次回協議したいと思います。何かこれについて御意見ございませんか。
 (「なし」と呼ぶ者あり)
○小田島峰雄委員長 それでは、そういうことにさせていただきたいと思います。
 終了するに当たりまして、何かその他について御意見ございませんか。
 (「なし」と呼ぶ者あり)
○小田島峰雄委員長 それでは、ないようでございますので、以上をもって本日の日程は全部終了いたしました。
 これをもって散会いたします。御苦労さまでした。

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