産業振興対策特別委員会会議記録

産業振興対策特別委員長 小野寺 研一

1 日時 
  平成18年1月19日(木曜日) 
  午前10時3分開会、午前11時24分散会
2 場所
  第3委員会室
3 出席委員
  小野寺研一委員長、新居田弘文副委員長、川村農夫委員、大宮惇幸委員
 平野ユキ子委員、菊池勲委員、平澄芳委員、小原宣良委員、亀卦川富夫委員
 阿部富雄委員
4 欠席委員
  佐藤正春委員、佐々木一榮委員
5 事務局職員
  小船担当書記、大崎担当書記
6 説明のために出席した者
  国立大学法人岩手大学工学部 教授 岩渕明氏
7 一般傍聴者
  なし
8 会議に付した事件
 (1) 岩手県における産学官連携活動について
 (2) 次回の委員会運営について
9 議事の内容
○小野寺研一委員長 おはようございます。ただいまから産業振興対策特別委員会を開会いたします。
 本日は、佐藤正春委員から欠席の届け出がございます。それから、佐々木一榮委員が少々遅れますとの連絡が入っておりますので、御了承願います。
 それでは、これより本日の会議を開きます。本日は、お手元に配付いたしております日程により会議を行います。
 これより岩手県における産学官連携活動についての調査を行います。
 本日は、講師といたしまして、国立大学法人岩手大学工学部の岩渕明教授をお招きいたしておりますので、御紹介いたします。
 岩渕教授の御経歴につきましては、お手元に配付いたしておるとおりでございます。
 本日は、岩手県における産学官連携活動についてと題しまして、貴重なお話をいただくことになっております。
 それでは、これから講師先生のお話をいただくことといたしますが、後ほど講師を交えての質疑、意見交換の時間を設けておりますので、御了承お願いいたします。
 それでは、岩渕教授、よろしくお願いいたします。
○岩渕明参考人 おはようございます。岩手大学の岩渕でございます。今日は、年末に話をせいということで安請け合いしたのですが、いつも自転車操業をやっていまして、なかなかまとまった話をできるかよくわからないのですが、とにかくある資料を集めて早急に作ったということで構成がうまくいっているかどうかわかりませんが、我々が日ごろやっているこれらの活動について説明をしていきたいなと思っています。流れですが、1時間の間に連携あるいはINS連携の戦略ということで話を進めてまいりたいと思います。
 産学連携といいましてもいろんな立場がある。行政から産学連携を考えるとか、大学から産学連携を考えるとか、産業界から連携を考える。あるいは我々は大学なのですが、大学で産学連携をお話しするのは例えばうちの地域連携推進センターの実際のメンバーがやったりする方が最適かなと思うのですが、では別な視点から僕が出てくるというのは、INSという1つのネットワークが平成4年からできていまして、いろんな形でこれが評価され、その1つの仕掛人で、その流れに沿って大学と絡めてお話しするのが自分の一番の立場かなと思っています。
 御存じかどうかわからないのですが、岩手県の産学官連携というのは日本のモデルです。ですから、日本のある意味で地域における産学官連携のトップランナーである我々が次に何を仕掛けるかということがすごく全国的に注目を集めているわけですが、これはそのトップであるということで、毎年京都で産学官連携会議をやるのですが、一昨年増田知事が5人のパネラーの中で地域代表で発表しました。あるいは秋に、これに対して東京でやるのですが、このサミットでうちの学長が4人の中のパネラーとして大学代表としてやります。
 ですから、いろんな意味で岩手県の産学連携が注目を浴びて、その事例紹介ということでいろいろ呼ばれ、これが15年度に京都であった会議でINSが経済産業大臣賞をもらいました。何でもらったかというと、産業も大学のレベルもそれほど目立つところではないのですが、そういう中で地域は今はやりの言葉で言うとINSがクラスター的な1つの活動を通して種をまいてきたということに対してすごく評価されたわけです。経済産業大臣賞をもらったのですが、岩手大学の事務局に言わせると、どうせもらうなら文部科学大臣賞の方がよかったねというようなこともあるのですが、とにかくもらうということはいいことです。
 それから、まだ1回しかやっていないのですが、平成15年9月に地域おこしに燃える人の会ということで内閣府から全国で33人選ばれて、総理官邸に呼ばれて首相と昔の福田さん、安倍さん等々そろった会議を50分ほどやったのですが、そのときに全国で地域に一生懸命頑張っている人間を33人ピックアップしたら6人がINSといいますか、岩手県から選ばれました。1人は県庁の相澤さんで、この私で、それから花巻支援センターの佐藤さんという方が3人選ばれたということは、日本の1割がこの岩手から出ているというようなことでもあります。
 それから、もう一つ注目されているのが、うちの大学の共同研究の推移でありますが、平成5年に設立しまして、大体10年経っているのですが、こういうふうに共同研究の数、すなわち産学官連携の1つの実績である共同研究が増えています。当初これがすごく各大学にとっては不思議な現象でありまして、なぜならば岩手県の工業事業所の数が3,000事業所、今はそれを切っていますけれども、そういう中で研究開発を大学とやれる企業がそんなにあるわけがないではないか、何で岩手大学の先生方がこんなに頑張っているのというのが1つのモデルになっています。
 もう一つの指標が中小企業との共同研究、一番多いのはやはり東大なのですが、東大は中小企業なんて目にしておらず、大体大企業とやる。そういう中で、去年の平成16年度の実績で言うと中小企業比率、全体に占める中小企業との共同研究は61%ということで、一応全国でトップクラスになっています。
 我々は、平成5年に地域共同研究センターを作ったときに、普通の大学はどちらかというと作ることに努力をして、あと維持するのは惰性でいいということなのですが、我々は全国で言うと30番目にできた大学の研究センターでありますから、とにかく作って終わりではなくて実績を上げて何かやりたい。そのときに暗黙の戦略といいますか、では実績を示すために共同研究の件数で10位以内に入ろう。これは努力してきた結果、さっきの右上がりになっているわけですが、平成10年に全国10位になっています。他の県の追い上げが大きいために相対的順位は下がってきておりますが、件数としては依然として伸びています。
 もう一つのポイントは、統計が出ていないのですが、教官数当たりというのは各大学でうちは4番目ぐらいなのです。それは大学の教官、うちで440名の教官で、そのうちで分母を割ると0.3とか0.4。ただ、農学部と工学部の教官で割ったら、多分全国一でしょう。我々は非常に実績を上げていますということです。右上がりで岩手の企業との共同研究が60%、あるいは中小企業との共同研究が50%を超えていますという話です。
 そういう流れの中で、どうして我々がそういう仕組みをつくってきたかというと、産学官連携といったときに岩手はどうしても企業が弱いのですね、産が弱い。そうすると、リーダーシップをとってきたのが大学と県庁です。昭和62年と書いていますが、60年代、50年代後半から岩手はこれでいいのか、岩手大学はこれでいいのかという危機感を持つ有志がいたということです。それを酒を飲んだりしながら、本音でぶつかり合いながら、どうしたい、こうしたいということでINS、岩手ネットワークシステムが大体62年ごろにできたのです。
 大学の話で言うと、他の大学に博士課程ができてきた。地域共同研究センターが全国で昭和62年に熊本と神戸と富山にできたのですが、うちもそういうのが欲しいということで、よその流れを読みながら岩手大学にどう入れていくかという動きも絡めて、やっぱりこういうものをつくることが必要であるということでINSが発足しました。
 それから、昭和62年ぐらいにテクノ財団がテクノポリス法でできて、ですから三位一体と言われているのですが、大学とテクノ財団と、テクノ財団が県だとするとINSの中に民間が入っている、こういう流れの中で、とにかく産学連携をしていこうというのが当時の話です。
 必要性ということで言いますと、やっぱりギブ・アンド・テイクというか、片一方がおんぶにだっこというわけではなくて、役割分担もあるし、それぞれの目的があるわけですが、特に企業にとっては体力がない。何の体力かというと、研究開発をするための人もなければ設備もないし、お金もない。加工業について言えば、図面をもらって加工するだけです。自社で研究開発するなんていう雰囲気は当時は全然なかった。ところが、何が起きてきたかというと空洞化という問題が出てきて、空洞化というのは企業からすれば安い方に移るということですが、地域としては生き残るかどうかという問題が出てきます。
 それから、大学としてはセンターをつくる前というのはとにかく共同研究の実績を文部科学省にやれますよと示したのです。その動機というのが研究費が欲しいとか、成果を活用したいとか、大学が眠っているのではないか。当時岩手大学は、宮内庁と同じだとみんなで言っていたのです。宮内庁と同じとは何かと言ったら、前例がなかったらやらない。だから、自分で全国初とかそういうキーワードは絶対禁物なのです。そんな余計なことをするな。そういう文化に対して、寝ていちゃいけないよというのがやっぱりあるし、さっき言った実績がある。
 我々産学連携で岩手県の特徴というのは、大学の先生と県がものすごく仲がいい。仲がいいというのはコミュニケーションがとれています。なぜかというと、要は大学の施設を使って産業振興をしたい、特にお金がないなら国の支援事業を呼び込みましょうということであったわけです。ですから、岩手大学工学部から見た動機というのは、大学自体が人、物、金がなかった。世界的に見た場合、こういう博士課程とか研究センターがないのは大学と言えるだろうか。ですから、大学自体が1つの活性化として産学連携を必要とした、ここがキーポイントなのです。他の大学は、大学が文部科学省からお金を持ってくれば別に何も働きかけする必要はないわけで、しようがないな、つき合うかぐらいなのですが、我々としては主体的にやらざるを得なかった。
 そういう意味で、県が産学連携で国の研究費を取ってくるということで、いろんなものを取ってきています。ただ、3年とか5年という1つの区切りで終わっていますから、それが継続しないといけないというところで、県は例えば生活流動研究が終わったら地域技術創造研究をやるとか、こういうふうないろんなつながりがある。最近のトピックスで言えば、岩手県工業技術センターの隣にある岩手県先端科学技術研究センターにJSTのサテライト岩手ができて、12月9日に開所式をやったわけですが、研究施設を呼び込んで、その中で研究を例えば毎年1億円規模の研究をやるということは、大学にとってもハッピーなのですが、それを実際に産業に移していくという技術のトランスファーの中では、大学が勝手にやる、企業が勝手にやるというよりは、こういうお金を使いながら、あるいはそのフォローアップとして岩手県のこういう研究推進のサポートをしながら育てていくということが実際必要です。
 これはINSの話なのですが、岩手ネットワークシステムを我々は自嘲ぎみに、いつも飲んで騒ぐ会、こう言っているのです。これを真に受けた人がいて、「おまえら研究も教育もしないで、いつも夜に酒だけ飲んでいるのではないの」と、こう言われているのですが、実際はそれは仮の姿であって、いつかノーベル賞をさらう会、こう言っているのですね。田中耕一という若い人がノーベル賞をもらいましたね。あれは日本の若い研究者とか技術者にすごくインパクトを与えた。なぜかというと、小柴さんがもらったって、あれは学会の親玉だから、まあいいか。西澤先生がもらっても、ああ西澤さんがもらったのか、くらいなのです。無名の若い人がもらうということは、おれにもチャンスがあるのではないか、こう思うわけですね。だから岩手大学あるいはINSのグループからいつかはノーベル賞をさらう会ということで頑張ろうぜというわけです。
 昭和62年ぐらいからスタートしているのですが、平成14年に10年たったので、一回区切りをつけましょうということで考えた。そのときに産学官に民を入れて産学官民の連携にして、その中で人と情報の交流をしながら岩手県なり産業の振興に向かっていきましょうかということで、我々としてはINSが交流の場所です。
 これがまたおもしろいというか、的を射ているグラフだと思うのですが、INSは何ですかというと産学官連携なのですが、例えば、今日私は大学を代表して来ています、県庁の産業振興課を代表してとか、岩手工業クラブを代表してという、フォーマルな形の産学官連携ではなくて、アメーバ的にいろいろと人が入る。外に出ていく人もいるし、入ってくる人もいるし、何か議論をしたときに面白いねと思う人がいるかもしれないし、面白くないよとこっち向いている人もいる。そういう中で面白いといったひとつの話題に対して、みんなで酒を飲みながらやってみよう。酒は飲まなくてもいいのですが、インフォーマルな形での会で、例えばそれが翌日戻ったときに、では昨日の話を具体化するためにどういうものがフォーマルな形で立案できるか、企画できるかというようなことが出てくる。
 ですから、表に対して裏というのは非常にフレキシブルで、好きなことをやっていますという性格をINSは持っているわけです。いつも飲んで騒ぐ会とか、夢を語る会ということで昭和62年ぐらいに出ているのですが、夢というのをこれを愚痴と読んで、うちの大学は本当に駄目なのだよなとか言いつつ、駄目で終わりではなくて、では駄目だったらどうするかというときに、ではやりましょうといって、無理なことはやらないで、やれる範囲でやってきた。こういう範囲でやってきているわけですが、十何年たって振り返ると、好きなことをやってきたわけです。だけれども、時代の流れを見ていくと確かに何か目的を持ってこうしたいという戦略はなかった。とにかく自転車操業的に、明日とか来年とかこうしたい、では何をするかというようなことで場当たり的にやってきたのですが、多分ベクトルは外れていない。
 特徴としては、さっき首相官邸に呼ばれた3人を含めてキーパーソンがいる。何かというと、産学連携で継続してやるためには、やっぱりキーパーソン、継続して組織を見ていく人がいないといけないのです。例えば行政が産学官連携でやりますといったときに、今の産業振興センターにそういうミッションを上げたときに産業振興センター、昔のテクノ財団で言うと3年ごとに人が入れ替わりしているわけですね。そうすると、ネットワークの形成というのは絶対できないわけです。ですから、そういう意味でキーパーソンがいるということ。
 岩手の特徴は、さっき言ったように大学主導であること。それから個人参加。だから、うちの学長もいろんな会に出てくるのですが、表面的には平山先生とか平山学長と言うのですが、個人的には平山さんで済んでいるということで、仲間です。アメーバ、ボトムアップ、ボランティア。だから、無理をしないで活動できます。
 これが総会ですが、講義室は大体満杯になります。それで、そこにあるすゞ禅という割烹料理屋さんで120人入る席に160人入って、3時間も4時間もいろいろ議論しながら、名刺交換しながら年1回交流をやっているというのがINSの実態であります。会員数も当初120名ぐらいあったのが平成10年からちょっと風向きが変わって、最近落ちついて大体1,000名のレベルになり、現在1,031名います。そのうち産が517で学212で官302、官の主なメンバーというのが県庁とか市役所とか、あるいはサポート団体のメンバーがここに入っています。
 我々全体で活動するとともに、もうひとつ、個々のテーマに従って研究会活動というものもやっております。これがリストですが、トライボロジーとかエネルギー変換技術とか地熱利用とか、最近非常に頑張っていたのはうちの齋藤理事が中心で岩手山の防災、これが非常に岩手県では活躍してきていますし、今日お話しするポイントの金型研究会というところがありますし、ほかの先生を含めて今38あります。
 大学の先生が会長をやっている場合と、街づくりとかは民間の方が会長をしています。それから、これは人文社会学部の体育の先生が地域とスポーツということで仕掛けを始めていたり、県庁の方だったり県立大の先生だったり、いろんな方が自分の得意とする分野でグループ化をしてそれぞれ活動している。もうこの活動自体は、INSという本体がいろいろサポートするというよりは、もう勝手にやってくださいという方が多いわけであります。
 平成14年に第1フェーズ、第2フェーズという1つの分れめなのですが、ではそのINSは何が一番の実績ですかと言われたときに、我々は最初の10年間は1,000人を超えるメンバーのネットワークができた。県庁と大学あるいは県庁と民間、民間と大学とか、非常に大きな産学官連携のネットワークができたというのが一番大きな財産だと思っています。
 そのままでいいのか、ではセカンドフェーズは何をするのかというと、ネットワークができたっていつも飲んで騒ぐ会、単なるお茶飲みクラブではないの、というふうになってしまうわけです。やはりかけ声だけでなく実質的なものをつくるということで、目に見える成果、目に見えるというのはさっき言ったように産業振興に資するというところがINSの1つの目的ですから、時の流れで言えばベンチャーをつくるとか、新製品をつくるとか、特許を出すとか、それによって岩手県の雇用とか製造出荷額にどれぐらいコントリビューションできたかということが数字で示せるようなものをやっぱりある程度つくっていかないと、単にお茶飲みクラブで終わっているのではないのと言われるわけです。
 そういうことで、我々は第2フェーズとして、こういうことを意識しながら活動しましょう。それから、地域との連携というものをもっと密接にしなければいけないということで、後で説明しますが、やめた人のフォロー、こういうこともやらなければいけない。ただ、38ある研究会がすべてこういうことができるかというとそうではなくて、単に情報交換で終わっている研究会もあるし、それが目的の研究会もあるし、研究費を取ってこういうものに貢献できるような研究会もあるわけですから、やれる研究会がやればいいというようなことで、ある意味でいろんなクラスターがあってやっている。
 後づけなのですが、さっき言ったベクトルを間違っていないということで1つの流れというものを整理してみますと、初期の段階というのはネットワークをつくった。では次に何をやったかというと、やはり産学連携で技術開発に対する取り組み、その中で意識改革と資金確保というのがある。
 2番目にやってきたのは、確保してやったけれども、継続的な取り組みというものをどう考えてやってきたか。ベンチャーあるいは研究センターとか、最後はここの話に持っていきたいわけですが、技術を研究して新しく雇用を生み出して、高度化をやって、けれどこの高度化をやるためには人材育成もしなければいけない。
 それで初めて地域振興になりますよということでやるわけですが、私は平成7年から4年間、岩手大学地域共同研究センター、今の岩手大学連携推進センターの長をやっていました。バックグラウンドが機械工学部の加工という部門ですから、北上、水沢、宮古、釜石の企業の製造現場を見て歩いているのですが、当時はやはり元気がなかったですね。何で元気がないかというと、我々は借金を抱えたくない。1億円の設備を投資して、それでペイしなかったら駄目。とりあえず今のままでも食っていけるからいいのだ。もし私が10年続いて会社があればそれでハッピーだし、なくなればそれでもいい。ですから、守りの社長さん方が非常に多かった。
 一方ではどういう動きがあるかというと、中国から安いもの、あるいは中国へ進出していく企業、空洞化という問題があって、だったら生産工場から研究開発工場へ転換をしましょう。転換をするためには何が必要かというと、お金と人と設備が必要なわけです。研究費と設備とスペースがあるのですが、スペースは問題ないにしても、だけれどもここへ転換するという非常にポテンシャルが高いというか、憶病というか、本当にやっぱり経営者とすれば慎重にならざるを得ないわけですが、ここは転換するための1つとしてとにかく研究開発をやりましょうということで地域コンソーシアムというものができておりまして、そこに申請しようとすぐ手を挙げたところと、いや、そんな難しいことできないと尻込みする企業がありました。いろいろあったわけですが、岩手県で初めて次世代金型製造プロセスに関する研究開発で2億2,000万の研究費で2年半やるということでもらいました。
 細かい話はいいわけですが、設計と加工と、あと防食と工程管理をやっていますが、これは1つのものを金型でつくっていく流れなのですが、そのときにポイントは何かというと、大学には金型の専門家はいなかった。それぞれの設計の専門家とか、加工の専門家、防食の専門家はいるわけですけれども、結局金型というキーワードはどこにもなかったわけです。大学の先生のシーズを利用してというよりも、マッチングをさせてこういうものをつくってきたということはひとつのあれでありまして、それが終わったら1年半の中でとにかく時間がないので、NEDOあるいは当時の通商産業省に事業化しないとだめですよと。だけれども、お金の切れ目が縁の切れ目というのがあったわけで、継続しなければいけないし、その中で目指すということで、1年後に金型研究会という研究会をつくったわけです。
 何がここで重要かというと、要はフォローしていくということが重要なのです。さっきもちょっと示しましたけれども、お金をもらってそれで終わりというのではなくて、国の支援とか県の支援をもらいながら、例えば継続的に5年とか10年とかやって初めていいものが出るわけで、2年間で投資したらすぐペイしますよ、そういうものではない。そのためにフォローというのは絶対必要で、それはお金的な問題と人のサポートとか、そういうことをやらないとなかなかうまくいかないので、フォローに対応しますということです。
 我々が最初にやったコンソーシアムでできているのは、防食装置とか放電加工でワイヤーカットという装置なのですが、これがさびてしまうのですね。さびないためのセットをつくったり、細かい精密加工するために、これちょっと錆びているのですが、砥石です。ここの砥石の先端半径が今まで50ミクロン、50ミクロンというのは髪の毛の太さぐらいなのですが、これが20ミクロン以下にきれいに削れますよという装置を開発した。
 ここで僕らが考えた問題点は何かというと、秋田の由利本荘市の小林工業がメンバーなのですが、製品開発で何が問題だったかというと、岩手の会社が6社入っているのですが、6社は最終的な製品ではなくて、こういう部品をつくることは可能なのだけれども、最終的な製品をつくるところがなくて、市場に出すためのものは秋田の会社に取られた。こういう会社もやっぱりつくっておかなければいけないということでして、とにかく研究開発をして、面白いことをやっている。私たちも入れて。ということで研究会がどんどん、今60社ぐらいで活発にやっていますが、その産学連携で仕掛けをしていくということに非常にメリットがある。
 もう一つのポイントは、さっき地域に経済状況に対応した連携ということで、我々INSが何をやってきたかというと、アルプス電気とかアイワとか、最近では松下通信が600人規模で雇用を閉鎖しています。我々と一番連携があったのがアルプス電気で、アイワとか松下通信は全然INSと関係なくてよくわからないのですが、やっぱり知っている会社が、知っているメンバーがいなくなるということは非常にもったいない。だから、岩手大学が採用支援ということでINSが素早い支援をしてきた、こういう例がある。
 ですから、例えばアルプス電気で言えば500人がいて70人の技術者がいて、そのうち20人はどうしても残ってしまう。ほかの人は、いわきとかそこらへ行ってしまうのですが、残った人というのは非常に有能な人材なのですね。だから、いかに残った人材を地域で生かしていくかということを我々は我々のレベルで考えたわけです。ですから、ベンチャーをやったらいいよということで最初にやったことが、研究会がサポートして補助金を申請して、岩手大学地域共同研究センターでは部屋を貸して、産業振興センターは、無職では困りますから研究員として採用して、こういうコンソーシアムを立ち上げた。
 ですから、これも目標は世界で一番小さくて軽くて安い、こういう減速機をつくろう。減速機というのは何かというと、モーターを歯車を使ってゆっくり回す。例えばこれは1,000回転で回るものを100回転に落とすとか10回転に落とす。こういう速度を遅くするのを減速装置というのですが、金属でつくっているわけですね。それを1個1,000円するやつを100円でつくろう、プラスチックでつくろうということで考えたわけです。
 成果としては、目途が付いて大学発ベンチャーの株式会社アイカムスラボというのを作って、今大学のインキュベーション施設に入っておりますが、プリンターを作ったり監視装置を作ったり、マイクロシリンジという注射器みたいなやつを作ったり、非常に減速装置をうまく使った装置を開発して、まだデスバレーから立ち上げて3年目なのですが、こういうふうに下がってきて大体今年度、今期は利益がプラマイゼロぐらいまで回復して、来年以降はこうなるであろうという予想のもとで今やっています。4人でスタートしたのが7人です。4月からもう一人採用したいということで、とにかくやれることはやる。これはデモ機として作ったのですが、プリンパクト、プリンターにインパクトを与えるという意味でプリンパクトという商標で世界最薄のプリンター。これは携帯のメールなんかを印字できます。あるいは携帯で撮った写真を熱転写で印刷できます。爆発的には売れていないわけですが、とにかくこういうことができるという技術を示したという意味で、我々の作った会社から最初に出した商品です。
 その後も岩手大学で平成16年度現在11社というベンチャーができておりますが、この会社は森工学部長の表面処理をする会社ですし、株式会社ラングというのは横山先生というリモートセンシングの先生が考古学の土器とかそういうのを3次元計測するという非常に未知な分野なのですが、今15人ぐらいでやっている。あるいは、有限会社西澤商店というのが一番新しいのですが、これが二戸とかあの辺の、雑穀を作ったりパンやお菓子を売ろうということで西澤商店という名称でベンチャーを立ち上げたとか、いろんな先生方がいろんな形でベンチャーで頑張ってきているわけです。
 ベンチャーで、多分統計を取れば出てくると思いますが、岩手大学のインキュベーションの中で例えば30人ぐらいが雇われていて、その中で売り上げがどれぐらいでというふうな形をすれば、将来的にはある程度貢献できるという数値が明確に出てくるでしょう。
 次は、技術の開発をどうしていくかということで、金型技術センターを1つの例として示していきたいと思います。御存じかと思いますが、岩手大学は相互友好協力協定を県内の9市村とやっておるわけであります。地域は大学に何をして、大学は地域に何ができるかというような中で、多くは産業振興とか生涯学習とか、そういうテーマで各地域に協力くださいということで、現在行っております。
 それから、共同研究は締結という話ではなくて、共同研究でいろいろやりたいという未利用資源とか地域特産物、例えば浄法寺でやったのがリンドウをどうするか、というふうな話とか、花泉がどうとかいろいろ地域に特徴があるわけですね。地域貢献というのが大学の理念としていろいろやっていますから、そういう中で協定を結ぶ。北上市との特徴では、もう北上市との協定の中に大学のサテライトを置くということが決まっているわけです。普通は産業振興を図るとか言っているのですが、大学のサテライトとダイレクトに言っている。伊藤市長は、1年経って議会で説明するために、その協定を結んだ成果が何か、ちゃんと具体化しなさいということで商工課の方におりてきて、我々のところへ来て、岩渕先生、大学の単なるオフィスを作るのではなく、やっぱり地域にとって研究開発型のサテライトを作りたいのだけれども、何がいいでしょうかといろいろ議論しながら、では金型でいきましょうということで作ったのが平成15年5月です。2つの初めてと書いていますが、地方財政再建促進特別措置法、昭和30年ぐらいの法律がまだ生きていまして、地方自治体が国の機関に寄附をしてはいけないということで、その寄附をしてはいけない規制緩和の第1号です。自治体が国立大学にお金を出すということが今まで許されていないのをこのセンターを作るために初めてだったのです。
 それから、大学における金型というキーワードは初めてです。金型というのは、どちらかというと町工場のおっちゃんが何か作っていて、それが日本のものづくりの基盤を支えてきた。ところが、最近中国云々や、2007年問題も含めて技能者がいなくなって、日本はどうするのだということでいろいろ問題になっているのです。学問的に言うと金型を要素に分けると、CADとか精密加工という分野に入るのですが、全体をまとめた研究センターというのは文部科学省にこんなの大学の研究になるのか、という文句を言われながら作ったのです。
 それで、岩手大学工学部と北上のオフィスプラザでサテライトを作りました。金型企業に対して技術ニーズがあって基礎研究部門、これは工学部でやりましょうということで、工学部の各先生方が要素研究で基礎研究をする。それを北上のサテライトに展開してものを作っていく。新商品の研究開発とか製造プロセスの展開を図り、地域にこういうサイクルで回す。最近の言葉で言うと、プロセスイノベーションというのがどう作るかということと、プロダクトイノベーションというのは何を作るか。ですから、中国と対抗して安いものを、いいものを作っていくというのはプロセスイノベーションなのですが、中国で作れないものを作っていくというところがプロダクトイノベーションになります。最終的には、育成をしながら国際競争力を北上地域で作っていくのだということが1つの目的で考えておりますが、こういうような大型のコンソーシアムを作っていきながら、今動いております。
 これは、インテリジェント生産システムのイメージと書いていますが、これはCAEと書いていますが、設計ですね、これはシミュレーションなのです。それから、これが設計で、加工で、これが成形で評価して組み立てる。こういうインジェクションモールド、要するにプラスチック成形で最終的には製品として組み立てていかなければいけないわけですが、今までは別個だったやつをシステムとして考えて漸進的イノベーション、要は中国に負けないいいものを安く作り出すというシステムを地域で展開しようということで、今動いております。
 こういう研究技術をいろいろとやってきました。ところが、一番の問題は何だったかというと、研究が進めば進むほど企業サイドでそれを一緒にやってくれるレベルがなかったというか、人がいない。難しくなればなるほど人がいない。だから、簡単なものであれば、はい、どうもといって研究成果をもらって帰るのですが、一緒に開発していくという段階で、我々大学からすると研究開発する人材のレベル、あるいは人の数とか、そういう問題がやっぱり地域では足りないという意識を持っています。
 これは東北経済局と一緒にアンケートを取ったときに出てきた結論なのですが、東北地域あるいは北上地域で結構ですが、新規人材、それからマネジメントできる人、研究開発できる人、経営を担う人、こういう4つのメンバーをどういうふうに育てていくか。そういうことで、常に自己革新型ものづくり企業育成に必要な重層的産業人材育成支援事業、これが中核人材という名称で今動いていますが、こういうものにプロポーズして支援いただく。ですから、これをどうしていくか、この辺をどうするかということで、やはり産学連携でやらざるを得ないというところが1つのポイントになってきます。
 我々金型研究会を作って中国に行くと、やっぱり中国はハングリー精神ですよ。だから、あのままでいったら日本は追い越される。では日本のものづくりはどうなるの。ホリエモンが成功しているのですが、今回の件でもしダメージを受けると、やっぱりバーチャルはだめなのではという議論も出てくるかもしれないのですが、コンピューターの中の話ではなくて、いずれにせよきちっとものを作って売るというものづくりが日本人はできるわけです。だけれども、そういう覚悟ができていないということがやっぱり中国も脅威となってくるわけですが、他国をリードする技術の展開を図る必要がある。ではどうするか。新たな教育システムを考えなければいけない。ということで、我々は今、色をつけない教育、どこにでも汎用性がある、何にでも使える学生を育てましょうという話だったわけですが、どうも中国とやるためにはもっと色をつけて教育をやっていかなければいけないのではないのというのが専門職ものづくり大学院の発想です。
 地域で私も委員会に入っていたのですが、同様に例えば黒沢尻工高に専攻科を作る、あるいは矢巾、水沢の産業技術短大に専攻科を作るということも、ある意味で汎用的なメンバーから例えば岩手県の自動車産業を育成するために特化してしまう。ものを作りながら企業に行く。こういう社会、地域のニーズに対応する教育システムというものをやはり提案していかないとまずいということで、我々が一昨年から文部科学省に行き、金型・鋳造工学専攻というものを今年の4月に開校するところまできたのです。
 文部科学省に行ったときに、こんなの就職先があるのと言われましたが、地域が欲しいということからやっぱり欲しいし、我々も客観的に見てきちっと日本を支えるメンバーを作らなければいけないということで、作るわけです。では勝手にやってくださいというようなところもあるのですが。これがポスターで、型にハマってみないかとあって、これが鋳造ですね、これがモールドで、型にハマってみないかといいながら、型を破れ、型にとらわれないというか、こういうキャッチフレーズでやってみようというわけです。
 この特徴は何かというと、金型と鋳造に特化する。意識としては、水沢の鋳造と北上の金型というものを意識しています。研究重点でなくて大学院なのですが、やっぱり高度技術者という教育に重点を置く。
 もう一つ重要なことは、産学官連携で地域で必要な人材を育成する。大学教育、大学院教育というのは文部科学省の独壇場でありまして、他は口を出せない。ところが、独立行政法人化になったら勝手にやってください、お金も出さない。普通は新しい専攻を出すと、教官定員、学生定員が来て、国からそれの設備導入で予算が来ますが、そんなのないのですね。やりたいのだけれども、お金をどうするのということで言うと、地域で産学官連携でそういうものを作っていかないといけないということが1つの考えです。
 それから、やるということは大学で教育しっ放しではなくて地域が必要とする技術なり知識をきちっと教えるカリキュラムとか、社会人教育の再教育の場としてやっていくとか、長期インターンシップ、こういう項目で新しく作りますということなのです。それから、こういうセンターと連携していきます。学生定員10名と非常に少ないのですが、教授4名、助教授2名、こういう形で今年の4月からスタートします。
 なぜ大学院かというと、さっき言ったように高度化を図るためには学部卒以上の専門性が必要で、学部で作るということは高校生に募集しなければいけない。金型とか鋳造の基盤技術を高校生が理解できるかといったら、ほとんど理解できないでしょう。やはりある程度専門教育を受けて、その必要性を意識した大学生はこういうものは簡単にいいね、面白いねと思うのです。
 従来がこういうふうな研究開発中心の大学院教育に対して、経営もということでオールラウンドに教えましょうというのが新しい専攻で、特に特徴的なのは大学院なのですが、きちっと実習をします。普通は座学だけなのですが、実習をします。それから、論文を書くわけですが、6カ月以上の長期インターンシップを作りながら、会社に行って共同研究しながら、そこで論文を書くというような仕組みをつくる。
 特に運営体制というのは、ここが非常に重要でありまして、産学官連携で考えるカリキュラムの内容、それから奨学金、支援基金、お金がないものですから、こういういろんな仕組みを今から考えて、社会人学生を派遣してください、卒業した学生を受け入れてください、このような全体の戦略をとる。だから、大学だけで考えるのではなくて、地域と常に連携しながら大学の運営を考えていくというのが地域でつくる連携体制であって、具体的に連携というのはインターンシップとか設備を貸していただいたり、実習の指導をいただいたりして企業と全体の戦略を練る、その支援組織としてこういうものがあります。
 具体的に自治体というのは、北上市の場合はスペースを貸してもらうとか、設備を貸してもらう。水沢市も鋳物技術交流センターを使わせてもらって、1月31日にはここに岩手大学鋳物技術研究センターサテライトを立ち上げるのですが、こういう設備を使わせてもらいます。岩手県については工業技術センターと一緒にやるとか、産業技術短大と一緒に連携するとか、協議会とか、そういう県の1つの人材育成の中の枠組みとして、このものづくりの大学院を位置づけていこうというわけです。
 実習の場の提供、提供というのはただでもらってくる。インターンシップ、実務経験者を教員に入れていくとか設備を出すとか、いろんな意味で産学連携で人材育成をやっていく。それによって5年後、10年後に世界をリードするポテンシャルを上げていく。だから、技術だけではなくて、産学連携で人を教育する。ところが、この間議論していたのは、せっかくいい人間を10人つくって、それが岩手に定着するという保証はどこにあるか。つくったら、みんなキャノンとかトヨタとか松下とか、金型や鋳造でレベルの高いところにみんな行ってしまって、地域に結局残らないのではないのか。だから、残す方法は何か、さっき言った奨学金制度をやってひも付きにすることでどうだろうかとか、やはり教育された人間が地域に残るためには、残るための魅力のある企業が育っていないといけない。単に義務で残れと言ってもなかなか難しい。その辺が次の展開かと思います。だから、そういう意味で我々としては連携の広がりということで、地域からもこういう確保をして研究センターをつくった、大学院もつくったということで、人づくり、技術をつくりながら日本のものづくりという視野に入れて、外国も視野に入れていく。問題なのは、これがうまくいくと10人の学生すべてが中国人の留学生だったらどうする、せっかくつくっているのに結局中国に貢献している、そういうことはなりたくない。
 そういう意味で、岩手大学の知能創造サイクル、要は知的財産の権利化、移転。移転というのは大学のシーズを企業にやる。新事業創出、地域振興、こういうふうな形で回すことによって地域貢献をしていければということであります。岩手大学工学部としては融合化ものづくり研究開発センターができて、これが来週1月31日スタートしますし、花巻の基盤技術センターの中に今度は融合化デバイス研究サテライトをつくって、この3つのサテライトを中心に融合化、あるいは宮古のデバイスコネクター関係とか、地域それぞれの特徴に合ったようなプロジェクトあるいはサテライトをつくりながら全県を産学官連携でやっていきたいというのが岩手大学であり我々のINSであり、そういう問題であります。
 最後になりますけれども、やはり産学官連携という単にお題目でやっても中身が出てこない、本気で取り組まなければいけない。本気で取り組むためにはきちっとそれぞれが戦略を練ってすり合わせをやっていかなければいけないというのは当然の話で、できるところから着実にやる。今流行りで、クラスターとか産学連携でやっているのはどこもあまり成功しない。だから、成功しない数が多くなると、もう予算的にもやめろというふうな話になるのですが、やっぱりきちっとやるところはやって、その成果をきちっとプレゼンすることによって、別に買いかぶられる必要はないわけですが、着実にやっていく。これが我々岩手県で岩手大学と岩手県庁と、あるいは企業がやってきた1つのINSの流れで、とにかく着実にやる、そういう中できちっと産学連携をやっていけばいいのではないかと思います。
 以上で私の話を終わります。どうもありがとうございました。
○小野寺研一委員長 お話をちょうだいいたしました。
 これから質疑、意見交換を行いたいと思います。ただいまのお話に関し、質疑あるいは御意見等ありましたらお願いしたいと思います。
○川村農夫委員 初歩的な質問で恐縮ですが、金型というものの意味といいますか、難しさというものはどんなところにあるのかをちょっと。
○岩渕明参考人 金型の難しさ。金型のイメージはいいですよね。携帯電話がありますね、これをプラスチックでつくるわけです。だから、プラスチックを溶かして、こういうやつとこういうやつをこうやって少し間をあけて、高速で溶けたプラスチックを流して固めて、あと剥がせばこういう側がぽこっと取れるわけです。あと、コネクターがありますね。コネクターというのは、こういうふうに差し込むようになっている。そのくしみたいなやつを1本1本削るわけにいかないわけだから、これを一緒にすぽんと打ち抜くというのがプレス加工なのです。
 例えば自動車のボディーは畳一畳ぐらいの鉄板をばしんと押してこういう形をつくって、しわができないようにやるのです。だから、そういう意味で溶けたものを固めていく場合も、プレスで形をつくったり抜いたり穴をあけたりする場合も1個つくるのにはいいのですけれども、これが例えば関東自動車が年間30万台、同じ機種で10万台つくるときに10万個もたないのです。要は摩耗したり欠けたりしてくるわけです。
 プラスチックで例えばコンタクトレンズをつくった場合なのですが、あれはレンズですから、非常に滑らかに、例えば溶けたアクリルでも何でもいいのですが、溶けた樹脂をこうやって剥がすときに、こっち側の溶けたやつが金属の型の表面にくっついてしまう。そうすると、次は打てなくなるのですね。どうしてかというと、ここにごみがついて米粒がついたようになりますから、穴があいたレンズになってしまうわけです。そうすると、金型はだめになるのです。だから、寿命というのが1つの問題です。
 だから、いい金型を加工していくという問題は、同じ形をつくるために例えば10回作業が必要なのだけれども、うまく考えると5回でいいよというと10回の半分ですから、納期短縮になるわけですね。それから、100回でだめになるやつを1,000回まで寿命が延びれば、それだけ型代が安くなりますね。型というのは安いのは5万円ぐらいで買えるのです。高いやつは1,000万円。プラスチックレンズとか、半導体の金型というのは大体こんなものなのですが、1組で3,000万円するのです。家1戸建つ。それが例えば理工光学とかでも光学用レンズ金型というのは年間例えば10型必要ですから3億円かかる。それを寿命が3倍延びたら、1億円で済む。
 もう一つは、コネクター、くしを考えてもらえばいいですけれども、今まではくしの間隔を0.5ミリにする。今どれぐらいかというと20ミクロン、髪の毛も入らないぐらいのすき間をこうやってつくっていかなければいけない。どうやってつくるのというのは、その技術のイノベーション。安くつくるか、品質がいいものをつくるか。
 だから、分野としては、テレビから自動車から携帯から何でも大量生産するやつは金型なのです。それをどうやってつくるか、それで何をつくるか、今まで不可能だったものをどうつくるかというのは世界の競争になるわけです。それを北上の地域は結構ニッチなのです。ニッチというのは、ある分野ではもう世界一なのです。だけれども、マーケットが小さいから1億とか10億とか、そういうものをきちっといっぱいつくれば非常に大きい。
 そういう意味で、いろいろと金型は使われて、要求されていますよということ。特に我々が今地域との連携で考えると、自動車金型というのはすごく大きいのです。電気機械、岩手東芝とか富士通という半導体金型というのはこんなものです。こんなものを30個一気につくるから、これぐらいするのですけれども、自動車というのはこんな大きさです。今は静岡で材料をつくって群馬で加工して金ケ崎に持ってきている。今度関東自動車が例えば30万台体制になったら、運ぶよりつくった方がいい。では、岩手でそれをつくれるのかというと、誰もつくれないのですね。だから、新しい研究開発で自動車用の金型も岩手県でトライしていきたい。プレスでばんばん打つためには3,000トンプレスとか1万トンプレスが必要なのです。岩手県で今関東自動車は1,000トンプレスしか持っていないのです。3,000トンプレスをやって、試し打ちをして納入するわけです。ところが、会社にとって3,000トンプレスを買うために7億かかりますから、7億立て替えて出すなんて、やっぱりやめた。そうやってビジネスチャンスを失う可能性がある。
 だから、県が自動車産業が1つのベクトルで、関東自動車を誘致するだけではなくて、それをサポートする企業が一緒にやらないと、単に来てつくって、はい、さよなら。そういう意味で、多分いいか悪いか別として自動車産業に投下して、その周辺企業にいろいろ設備とか人材育成とか、やっぱり地域に根ざすためにターゲットを絞っていかないと。
○亀卦川富夫委員 同じ意味で、鋳造の方もちょっと教えていただけますか。
○岩渕明参考人 この鋳造のイメージはいいですよね。鋳造の問題点は何かというと、南部鉄瓶をつくったって産業的には大したことはない。工芸品としては非常に価値があっても産業としてはだめで、やっぱり一番大きい鋳造の産業というのは自動車エンジンです。
 ところが、自動車エンジンは豊田から持ってきているのですね。だから、トヨタ構想で言うと、トヨタ東北と金ケ崎で50万台年産すれば、東北地区への輸送費を考えたらエンジン鋳物工場をつくった方がいい。今いすゞキャステックが北上にありますけれども、あれの何倍ものエンジン工場ができればものすごく地域としては良い。
 何が問題かというと、硬くて脆いというのが今までの鋳鉄なのですが、岩手大学の堀江先生のグループが薄くてやわらかい、壊れにくい、そういう高機能の材料をいろいろ開発していますから、マーケットとして自動車が一番大きいので、そういうものを自動車部品につける。あとはマンホールとか、割れないマンホールなんて大したことないし、例えば大きい弁とかポンプ、こういう大きいものの外枠も鋳物ですが、それはあまり精度や、重さは要らないのです。そういうものは人件費の安い中国でどうぞ。やっぱり日本で同じ鋳造でも、どこをどうねらって技術開発して、それを具体的に例えば水沢なら水沢でやれるかどうかというところもきちっと視野に入れないと、みんな福島の会社ですとか山形の会社に取られていく。
 それから、産学連携でやるということは、ある意味で鋳造にしても金型にしても大学がベストではない。やっぱり産と学と官が一緒にならないと、技術移転もないわけです、みんな取られてしまう。だから、鋳物もそういう意味で将来のターゲットは、金型も鋳物金型をつくるということもひとつなのですが、やっぱり高機能のエンジン用とか、エンジンでも乗用車はアルミ化になっていますから、大型のバス、そういうディーゼル関係の部品の高機能化で、強くて薄くなれば軽くなりますから、バスだってあんな排気ガス出さなくて済む。そういう意味で新しい展開が図れる。
○小原宣良委員 お話をお聞きしまして、岩手大学の役割というのはこれから本当に大事だなという感じを持ちました。
 そこで、私は北上の出身なのですが、北上の金型産業、北上の皆さんの技術というのは、かねてから高いレベルにあるというふうには言われておったのですね。そういうことで、金型の企業が1つの団地形成をしておりますし、そういう点では開発でも横の連携、そこに企業秘密はあるのでしょうけれども、そこを取っ払ってというか、一緒にやっていける、そういう基盤がないとなかなか進まないのだろうと思うのです。その辺が先生の目から見て金型の企業の皆さん方がどういう研究開発に向けた企業同士の連携というか、共同研究、そこに大学の先生方がアドバイスするとか、技術支援をするとかという形で、その点は、どんなふうなことが必要なのでしょうか。
○岩渕明参考人 それは2つのポイントがあって、さっき言ったように個々の技術はそれぞれ持っています。ということは、それはパーツ屋さんになってしまう。でもハードディスクとか、ああいう機械がマイクロ化になっていますね。今までは例えば1センチのボールをプラスチックでつくる。誰でもつくれる、中国だってつくれる。それを1ミリ以下の丸い球をつくれるかというと、なかなか難しいわけです。だけれども、物は1ミリの球でしかないわけです。それとこれを組み合わせて何か物をつくって、初めてそのアセンブリーがソニーでも松下でも儲かるわけですよね。
 だから、ある意味で得意分野をみんなまとめるとすごくいいものができるのだけれども、各企業が100人規模あるいは50人規模の会社をマーケットしたってなかなかできない。そういう意味で、今金型グループとしては鈴木さんという方がいるのですが、その方がいろいろと各企業の特徴を組み合わせて共同受注する。だから、例えば新しい携帯電話の注文を取ってくる。そうするとA社はここをやって、B社はここをやって、C社はここをやるという分担をする。個々で営業活動してもなかなか難しい。そういう意味で営業の地域連携をしようというのが1つです。
 それから、技術的に言えば、大学の金型センターというのはオープンですから、ある意味で我々が持っている情報というのは常に・・・・。だから、企業と企業というのは非常に仲のいい協力する部分と、片方東芝で片方富士通ですといえばやっぱり非常に敵対するわけですよね。そういう中で大学という中立があると、情報交換ができる。だから、その技術を漏らしていると言われかねないのですが、ある意味で大学というのはベクトルとしては全体の底上げに貢献して、そこから企業が独自の技術をやっていけば地域連携に繋がる。みんな一緒というのはみんな一緒に沈みますから、そういう意味で基盤を上げながら各企業が特徴ある技術を伸ばしていくようなベクトルがないと、うまくいかない。大学というのはある意味で、情報の発信だったり集めたり、そういう企業をサポートする。
○亀卦川富夫委員 そこで、この大学院に入る学生はどういうところから募集するといいますか、応募してくれるのでしょうか。
○岩渕明参考人 定員が10名ですね。基本的には学部学生、うちで言うと機械工学科と材料物性工学科の学生の何人かがこちらに入ります。それで大体8割方は定員を満たす。だけれども、社会人教育もやるというのが1つのポイントで、だから社会人を派遣してもらう。とにかく試験を受けてもらわないことには入れないわけですから、昨日も1日掛かって、北上市の企業7社、金型のメンバーですので、8社を回ってよろしくと。問題点は何かというと、その趣旨はわかる、我々も派遣したい。だけれども中小企業というのは明日仕事をする役割がもうみんな決まっている。そこに例えば1年間抜けられたら仕事ができないだろう。だからわかるけれども、難しいよなというのが大方の反応。だから、来てくれる可能性というのは時間の問題ですね。そのために我々は今どういう手を打っているかというと、テーラーメイド教育というふうに言っているのですが、社会人をとにかく受け入れるということが1つの目的ですから、会社が終わって6時から講義を始めます。そういう時間割りの問題と、それから大学のシステムでは長期履修制度というものがあって修士課程は2年間かかるのです。だけれども、いろんな事情によって最初に私は3年で取りますとか4年で取りますというと、授業料は2年間で100万円かかるのですが、4年間で100万円で済むのです。留年すると50万円ずつ増えていくのですね。だから忙しいという会社では1年目はだめだけれども、2年目からだと3年かかる、それで3年を100万円で割ると1年30万円という計算です。長期でもやっぱり最初から計画してもらえば、そういうスケジュールもいいです。
○亀卦川富夫委員 単位制という。
○岩渕明参考人 はい。それから、北上市は支援企業に対して学生を派遣してくれるように、授業料ぐらいはサポートしてあげたいと伊藤市長が言っているようですし、僕らが県にお願いしているのは、それは企業の育成ですから、県から大学院へ行くのも企業から大学へ行って技術を覚えるというのも、企業がトヨタの関連会社へ行ってトヨタ方式を覚えてくるのも同じでしょう。だったら同じにサポートしたらと言っているのですが、そういう意味でやっぱり中小企業で人がいなくなる分をどうサポートするかということは、産業政策として重要であると僕は思うのです。だから、とにかく我々は来てもらったら、満足したというカリキュラムできちっと送り出さなければ、という義務を負っている。余り良過ぎると今度はみんな中国とか外に行ってしまって、そこのジレンマをどうするかというのはやっぱり難しいのですね。
○小野寺研一委員長 ほかにございませんか。
 それでは、ないようでございますので、本日の調査はこれをもって終了したいと思います。
 岩渕教授には本日は大変お忙しいところをおいでいただきまして、誠にありがとうございました。
 ただいまから岩渕教授が退席をされます。拍手をもってお送りしたいと思います。
(参考人退室)
○小野寺研一委員長 委員の皆さんには次回の委員会運営について相談がございますので、少々お待ち願います。
 4月に予定されております次回の当委員会の調査事項についてでありますが、御意見ございますでしょうか。
 (「一任。」と呼ぶ者あり。)
○小野寺研一委員長 よろしゅうございますか。一任させていただくということで、よろしくお願いしたいと思います。
 (「異議なし。」と呼ぶ者あり。)
○小野寺研一委員長 それでは、以上をもって本日の日程は全部終了いたしました。
 本当に御苦労さまでございました。

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