防災対策特別委員会会議記録


防災対策特別委員長 柳村 岩見

1 日時
  平成17年10月27日(木曜日)
  午前10時4分開会、午前11時52分散会
2 場所
  第2委員会室
3 出席委員
  柳村岩見委員長、野田武則副委員長、高橋賢輔委員、阿部敏雄委員、佐々木順一委員、
 木戸口英司委員、佐々木俊夫委員、藤原泰次郎委員、平沼健委員、高橋比奈子委員、
 田村誠委員
4 欠席委員  
  なし
5 事務局職員
  佐々木担当書記、菅原担当書記
6 説明のため出席した者
  国立大学法人岩手大学 理事・副学長 齋藤徳美
7 一般傍聴者
  なし
8 会議に付した事件
 (1) 調査
   「岩手県における震災対策とその課題について」
 (2) その他
   次回の委員会運営について
9 議事の内容
○柳村岩見委員長 おはようございます。ただいまから防災対策特別委員会を開会いたします。本日はお手元に配付いたしております日程により会議を行います。
 これより岩手県における震災対策とその課題について調査を行います。調査の進め方でございますが、参考人の方に御講義をいただき、その後意見交換を行いたいと思います。
 それでは、本日御出席をいただいております講師を御紹介を申し上げます。岩手大学の齋藤徳美理事・副学長でございます。
○齋藤徳美参考人 よろしくお願いします。
○柳村岩見委員長 齋藤先生の御経歴につきましてはお手元に配付いたしております資料の5枚目に記載いたしておりますので、割愛をさせていただきます。
 ただいまから参考人の御意見を伺うことにいたします。
 齋藤先生、よろしくお願いをいたします。
○齋藤徳美参考人 岩手大学の齋藤でございます。何かこういう関係でいえば火山であるとか、地震であるとか、それから県境の不法投棄とか、どうも余りめでたい話でないところに登場いたしますので、私ももう少しいいところで事をと思っておりますが、これも大事な地域課題というふうに思っておりますので、そういう面で力を尽くしたいというふうに思っております。
 今日は震災対策というふうなことでお呼びいただきましてありがとうございます。私どもも大学でいろんな研究とか、それから地域の方々といろんな対話をやっております。ただ、なかなか県の中で総合的な対策を進めるためには議員の先生方、どの程度こういう問題について御理解いただけるかということも大変大きな要素でございます。そういう面でいえば、こういうふうな機会で私どもがふだん考えて、あるいは進めていることについてもお話をさせていただくということは大変ありがたいことで、こちらから感謝申し上げたいというふうに思います。なるべくいろいろ意見交換という時間の方が多い方がいいと思いますので、半分以下の時間で現況、それから何が課題かというふうなことを御説明申し上げまして、その後先生方の御意見、意見交換、それから疑問な点がございますれば御指摘をいただくというふうなことでできればというふうに思ってまいりました。
 資料の方をちょっと簡単に、これは先生方のためにというよりも、最近の、非常に地震が頻発している中で、地域の方にもお話をする機会がありまして、そういう形で取りまとめたものですので、行政が、あるいは議員の先生方に特にこういう点をという、そういうかじ取りではございませんが、現状で考えている点を要約してあります。この中身をこれから御説明申し上げますし、それから2枚ものの「津波災害への対応」というところでは、今非常に問題になっている津波についての若干の要点がとりまとめてございます。文字を見ても眠くなるばかりですので、ちょっと絵を少し出しながらお話をしたいと思いますが、震災ということですが、関連して、ここ七、八年、岩手山の火山防災ということで動いてきた経緯がございます。これがある面では自然災害への取り組みの一つの大きな意味というふうなものも含んでおりますので、ちょっとそれも二、三分お話をさせていただいた上で地震、津波というところにさせていただきたいと思います。
 OHPで御覧いただきますが、98年ぐらいから岩手山でいろいろ地震活動、噴気活動があって、結果的にどういうことかということが今ようやく研究者の間でもほぼわかりました。
 これ岩手山があります、山頂の薬師岳です。こちらが雫石、松尾、西根町、盛岡はこっち側にあります。これを東西に切って地下を見てみますと、通常数十キロ下の深いところに溶けたマグマというのがあります。これ火山の下にはみんなあります。それが落ちついて、ふだんはどういうことないのですが、これが量が増えて、あるいはガスの成分が変わったりというときに軽くなって浮上してくる。土よりも軽くなりますので、結果的に浮力で上がってくる。岩手山でもこの地下の10キロぐらいのところに一つのたまりができて、それから地表に向かって、特に東の山頂に向かって板状に、割れ目のところに沿って上がってきた。山が七、八センチ広がりました。上がってきて、何でかわからぬけれども、西側の、こっちは黒倉とか、姥倉とか、三ツ石とか、こっち側の方に分かれていったと。これが3回ほど上がっては流れてというふうなことが繰り返されて、これもはっきりわからないのですが、皮一枚で噴火には至らなかった。98年に雫石で大きな地震がありました。あれがマグマを絞り出すのに力がかかっていたのに地震でずるっと割れてその力が弱まったのではないかと。今まで絞り出されていたのが力が弱まって、さあ、上がっていこうという勢いがどうもちょぼちょぼちょぼというふうになって、運よく皮一枚でとどまったというような、そういう解釈が今なされています。
 これはとどまりました。物は入っています。ですので、まだ地震は起きていますし、いろいろ動きはあるのですが、とりあえずはこれから進行する状況はないので、今回のイベントはひとつまず一段落であったというふうな状況というふうに考えて、現在はいろんな計器類もなるべく、これどんどん壊れます、金もかかります。県にも地震計等をつけてもらいまして、大変生きました。でも、いつまでも税金を食いつぶしておられません。撤去というふうなことを考えております。
 その間、西側の方で噴かなかったのですが、これは黒倉山という山のてっぺんですが、この辺にある木がこれ10メーターぐらいの木ですので、この木が三、四百メーターぐらいの噴気が上がるというようなことで結構すさまじい状況が出ていました。御承知の大地獄谷という谷の中ではこんなふうにかなり地下からガスが上がって、真っ黄色な硫黄分が付着するということで、ガスの成分からもどうもマグマ直結のものがかなり上がってきて、温度も上がったと。場所にはこんなふうな硫黄の銭湯という、これは亜硫酸ガスとか、火山性のガスが上がってきて、硫黄分だけが固まってこういう大きな塔をつくっております。人間がここにいますから、結構でかい代物で、昔の全共闘ではありませんが、ヘルメットに濡れタオルをやって、ゴーグルやってこの辺に近づいて、この辺棒が入っていますが、これ、竹ざおのはるか先に温度計を差し込んで根本の温度を計るとかというようなこともいたしましてやりましたが、今とりあえずは治まっています。ただ、現地に行きますと、これ、竹やぶであったところにこういう噴気の穴、多分これ、地下から蒸気、熱水が上がってきて、マグマは出ませんでしたが、そのとどまった蒸気、熱水が温められて上に吹き出してきて、こういう穴からぼうぼう、ぼうぼうと、まだちょっと湯気が上がっていますけれども、96度、97度、こういう穴が真っ青なやぶの中で、私と、御承知の土井さんという、今、火山対策指導顧問という形でお世話になっていますが、380までは数えましたけれども、あととても全部山の中は歩けないので、プラスアルファ幾つあるかと。これはまだ増えています。この間に登山道通っていますので、ロープを張ったりしてそういうところに近づかないようにというふうな体制をして一応全面解禁ということで、復帰させたというのが今の状況であります。そのときに、これは先生方にもいろいろ御理解いただきましたけれども、どう防災を持っていくかという、これが地域防災を岩手から発信した考え方です。
 これは減災の四角錐ということで、御承知のように噴火は止めることができません。地震も止められません。人間ではそういう技術、恐らく将来的にも無理だと思います。アメリカでは台風の被害来ております。だけれども、あれだけの力を持った国ですら、これに対しては無力と言っていい、そういう状況に動いておると。そうすると、我々ができるのはいかに災害を減らすかという形の面だけであって、その体制をどうするかということが一番の課題なわけです。
 我々も火山、岩手山の動いているときに、有珠とか三宅島みたいに始終噴いているところであれば、幾らか経験があります。わかるのです。有珠なんかは地震がぼんぼん出始めて、三日すると噴くというそういうのを30年ごとにやっているので、多分こうだろうというのですぐ避難勧告出しました。だけれども、本州の多くの山というのは300年噴かなかった、500年噴かなかった。大抵生きているうちにそういうものに遭わんわけです。幸い我々地震でも家が全部つぶれるなんていうところにはぶつかっていません。火山でも岩手山が噴いたのは見た人は誰もいないわけです。私もこういうことを言いながら見たことがない。そういう中でどうするかというと、いかに災害が起きたときに減らすかという体制を作るか、これはまず研究者といっても、気象庁も含めて国の観測機関、これが山がどんな状態かということをやっぱりできるだけ正確に観測をしなければならないと。その観測したデータをやっぱりよりよく解釈して何か予測と、経験ないから非常に厳しいのですが、そういう役割があって、それに基づいて行政機関、これは県、市町村あるいは国の機関もあります。そこが一蓮託生でその対策を具体的に進める、市町村は特に地域の住民の方々の具体的なことになります。国の方は、やっぱり大きな面で、例えば国交省であれば道路あるいはダム、危機管理、いろんな対応をやる。県はその間の連絡調整といいながら、やっぱりかなり大きな力を持って市町村に指導するとあるわけです。
 大きいのは報道機関です。報道機関がいかに情報を正確に伝えるか。前回も風評被害受けました。我々、報道機関を仲間にして、データ全部開示して、正確に伝えてくれということで動きましたけれども、それでも観光客が減るとかいろんなことが起きて、我々できるだけ情報は開示して相互信頼でと、あるいは避難をするときに正確な現場の情報が出なければ住民の方も逃げられません。そういう意味で、報道機関は非常に大きいということで、情報の伝達と普段からの啓発、幾ら行政が災害の対策やっても住民の人が賢くなければだめなのです。崖崩れなんて、あんなの予測できない。住んでいる人が自分で危険だと思わなければだめ。噴火だってわからなければ、住んでいる人が、おっ、何かおかしいという逃げる意思なければだめなのです。そういうことの啓発を報道機関がすると。
 それから、もう一つは、当然、住民の方自身が賢くなって、自分で自分の身を守るということをしなければならない。こういうそれぞれの役割をみんなで連携してお互いにスクラム組んでやることで地域の安全といったものが保持されるというのが減災の四角錐という考え方で、これを机上の空論でなくやったのが岩手方式、岩手から発信した新しい防災のあり方の実践だということで、これは全国的に評価されて、今、富士山とかそういうところでもこれを学ぼうというふうなことが行われています。
 そのときに非常に重要なポイントだったのが最後、目的はみんなどうやって地域の安全、住民の命を守るかということを考えたときに、後から申し上げます、地震は予測できないでいきなりドンと起きるのです。起きるなら、例えば風水害とか火山はある程度予測できる。盛岡も堤防が決壊したりしました。そのときにどの時点で、どの機関が、どんな判断をして、どうするのだと。例えば、避難してくださいというのを誰が言うのですか。これ、火山の場合でいえば、御承知の火砕流なんてものが起きたら、時速200キロで誰も逃げられません。溶岩がとろとろ流れるのだったら走って逃げても命は助かるということはあるのですが、雲仙で御承知の火砕流がざっと来たら、あんなのはもうだめです。すると事前の避難が要る。でも、避難して1週間も噴火起きなかったら、おれの被害はどうしてくれるのだという話が起きます。では、判断1分遅れて、その間に起きて人命にかかわったら誰が責任負うのですかという、これ非常に難しい命題です。現在でいえば気象庁がそういう火山なり、あるいは津波、これ津波もそうです。地震が起きた後に予報が出ます。そういう形で持っていますが、逃げろとかどうとかということは言いません。気象業務法という中に、地震、火山から予知、警報の業務を外すと書いています。なぜかといえば、逃げろと気象庁が言って噴火起きなかった、あるいは津波来なかった。被害どうするのということで、気象庁も金ないのです。本当に金持っていない。文部科学省も金なくて大学もピーピー言っていますけれども、気象庁もお金なくて、そんな補償なんかできっこないし、わからん。ですので、彼らはそういう情報出しません。誰がやるかというと、これは避難勧告、その他は市町村の首長さんです、村長さん、町長さんです。それが権限であり、義務なわけです。だけれども、済みません、言いました、松尾の村長さんに。「村長が避難勧告出すのだから、あなた判断して」と。「だって、齋藤さん、火山なんてそんなもの、おれわからん」と。それはそうです、火山噴火予知連絡会という国の最高の学者の集まった集団でも火山の予測は非常に難しい、外れもありますと、三宅島なんかよくわかっておると言って、後から山が陥没してガスが出て、それから避難始まったみたいな事態があります。そうすると、この間はどうにか学術的な情報と防災上の情報をどう切りかえるかということが非常に大きな課題で、誰かしなければなりません。岩手県、どこが必要かというと、これはかなり大胆なことになって、火山防災ガイドラインというそういう災害のときのガイドラインができて、これは地域防災計画に全部組み込んであります。ここに書いているのは、俗に言う国の機関、県、市町村というのは縦割りなのです。一斉に組もうと思っても、どうしてもうまくいかないので、連帯責任と、それからさっきの減災の四角錐に挙げたものの連携をきちっと図るということを基本にしてこういうふうなことを聞きました。これは、私は特に政党がどうとかという色はありませんけれども、増田知事は危機管理については非常にかなりはっきりした考えをお持ちだったと思います。我々が申し上げたことに対して、それはそうだと、すぐそういう体制を作ってくれました。
 火山でいえば、岩手山の火山活動に関する検討会という、私とか、山の調査をやっている土井さん、あるいは観測をやっている東北大の浜口先生とか、そういう方々が地元に集まって、それから気象台長にも入ってもらって、本当は気象台長は入れないのですよ。防災に関することになまじ首突っ込んだら本省から怒られます。ですが、地方の台長がかかわらなくてどうするということで火山活動に関する検討会というのを作って、そこで知事に、はっきり言ったらやばいよ、逃げた方がいいぞと我々も言います、責任を負います。知事、すなわち警戒本部長を中心に協議、判断し、判断しということは知事がやれますということです。市町村長に避難勧告を助言する、知事がやったら違法になります。ですので、村長ぜひ、これは出すべきであると思いますがと。そのときには村長さんも齋藤が言った、知事が言ったではなくて、今回の避難はどのようにしましたかと、報道訓練しました。行政の長として私の責任で今回の避難を勧告しました、私の責任ですとちゃんとテレビカメラに向かって何遍も言う練習をしたのです。そこで、岩手でいえば初めてこの学術的なところと、それから取りまとめの知事、それから現場の責任者の市町村がきちっとそれをやるという連帯責任みたいなものが一応形として作られました。これ全国で例がありません。ただ、それが幸いにして実践をしなくても済んだというところがありますので、いざなっていたらいろいろ問題は起きたと思いますし、私正直言って3年ぐらい、本当に最後は自律神経失調症になりました。どこでそういう判断するのだと、もし間違ったら、今までは齋藤も一生懸命やっていたという、そういうお声も幾つかありました。だけれども、失敗したらあいつが悪いというので、それこそ竹やりで突くのはいる、内部でけるのはいるし、鉄砲で撃つのはいる、最後は瀬戸の粗塩を塗り込むようなやからもいるかもしれないということで、これはまじめに考えたら夜眠れませんでしたし、3年たったらやっぱり自律神経失調症で大分医者でこっそり養生しました。そんな話を雲仙普賢岳でやっていた太田一也先生という九大の観測所の所長呼んできたら、「齋藤さん、当たり前だ、あれは命もたない」と。飲んでいた精神安定剤見たら同じ代物で、「いやあ、お互いにそういうものだな」ということで後から笑ったことがあるのですが、これをしなければどうしようもないのだけれども、やっぱり責任者はそれだけ非常に厳しい。だって、私が間違って腹切ったってだれも得しないですよ。補償する裏の山だってないし、あるのはあと5年残ったうちのローンだけだと。そうすると、これはやっぱりみんながかかわる。住民の人もそれを理解してもらう。多分空振りになるかもしれませんが、これは空振りしたっていいという、そういう理解を住民の人に持ってもらわないとそういう対策ができないというふうなことで、実は7年たった後にさるお方から私は文句言われまして、「齋藤さん、ところで7年間何だかんだ言って、噴かなかったけど、その間の影響の責任は誰がとるのだ」と。では、あなたは生命保険かけて、死ななかったのがけしからんと文句言うのかと、死んで金が入ればその方がいいのかというようなやりとりをやったことがありましたけれども、まさにこれは我々幸いにして噴かなかったので助かりました。だけれども、そのための対応というのはお互いにやって、それはこれからの地震でも、風水害でもいろんなところで役立つし、これが今、火山検討会の反省点です。
 実は、観測もしましたし、ハザードマップも作りました、避難訓練もしました、全部体制はやったのです。ところが、実際にマグマが上がってきた、一番危なかった時期は98年の2月、4月、まだ我々地震が出たといって、バタバタとしていたとき。それから8月と。2番目のハザードマップできていませんでした。だから、そのとき実は岩手山防災は丸腰だったのです、何もできていない。そのとき噴いたら、恐らく混乱の極みだったろうというふうに思いますし、いろんな観測のデータができたのも実は東北大の浜口先生がない金をつぎ込んで岩手山の周りに深い井戸を掘って観測機械をたくさん埋めていました。気象庁なんかは一個も持っていません。バタバタしてから地表に置いただけです。そういうことを平時からやっていたので異常がつかめた。そういう機械があったから入山禁止ということも、何かつかめるということで前倒しにやって、地域経済に対する影響もできるだけ少なくした。ということを考えれば、これはすべて平時からの重要さということ、これをちゃんとやっておかないと災害には太刀打ちできないし、今、我々一つのクッションで終わったと思っていますが、このたびの噴火危機対応の終わりは、次の噴火に備えたスタートだと、これですべて終わってバンザイではなく、これから平時の備えをしなければならないということが大きな教訓というふうに今我々考えているところであります。
 その意味で、火山の教訓といったものは、これは地震災害といったものにもろに結びつくわけでありまして、御承知のように阪神・淡路以降、多くの地震災害も起きているわけです。皆さん方御承知でしょうけれども、地球の上がこんなふうに幾つかのプレートという硬い岩盤に覆われていると、人間の頭蓋骨を考えるといいです。骨、これひびは入って幾つかになっております。これは人間、生物としてはやっぱり脳が動いて、だから生まれるときにこんな大きな頭出るには大変なわけです。骨がある程度ずらしながらという非常に働いた知恵がありますが、地球もそういうものではないのですが、こういう硬い岩盤というのがあって、このことだけは理解しておいていただかないと。
 地球の上にこういった岩盤があって、これは地球、6,300キロの大きな球です。日本列島があります。太平洋の端からわき上がったプレートがハワイを乗っけてずっと日本列島に来ます。ここで日本列島の乗っかった大陸のプレートがあって潜り込みます。ぎゅぎゅぎゅと潜っていく。これ何かというと、地球内部は熱いので、熱が上がってくる熱対流です。ふろおけで上の方が温かいのと同じです。冷たい水が下がっていって、また温かいやつが上がっていって循環します。この硬い岩盤もそういう動きをしているのです。1年間で3センチか4センチ。ですが、じわじわじわと潜り込んで日本列島の下に入ってくる。するとぎゅっと押さえ込まれて、時々ばきっ、ばきっと割れるわけです。それで地震が起きるわけです。だから、地震というのは必ず起きるわけです。ただ、いつ壊れるかはなかなかぴたっと予測がつかないということで大変困っているわけでありまして、ちょうど岩手県のあたりをこんなふうに輪切りにしてみました。岩手県、秋田県を輪切りにします。そうすると、太平洋からこういう硬い岩盤が入ってきます、日本列島が乗っています。引っ張り込まれる縁のところが日本海溝という深い海です。プレートが潜り込んでいって、このプレートの中でばりばり割れることもあれば、この境目のところが一番起きます、引っ張り込まれていって、ばんとはね返る。ですので、三陸沖では地震が非常に多い。海底が動くと津波が起きるということでセットで来るわけです。
 あとは浅いところで押されていますので、地下でぱりぱり、ぱりぱり割れます。これは俗に直下型という、直下と言っても神戸の下で起きれば神戸からすれば直下だし、盛岡では別に直下ではないのです。ある都市の下で起きれば直下というふうなことで、浅いところで起きれば小さい地震ですらたくさん被害が出ます。このプレートの境で起きる地震と直下型の地震というのが日本で二つあって、多分これが岩手県でどうなるかということが問題になります。
 最近起きている大きな地震、これ三陸沖のあたりとか、ここがプレートの境目です。ここに大きな地震が起きました。今言われている宮城県沖地震、この付近で起きている地震です。プレートが入ってきますから必ず起きます。何年かのうちに起きる。ですので、こういうところでいっても、例えば69年に起きて、94年に起きてと、そうするとまた何十年かたつと起きるというふうに同じところで繰り返しの周期で起きてくる。あとは浅いところにもぱりぱり起きて、岩手県で言うとここに1896年に、これ御承知の明治三陸地震津波で1万8,000人死んだときに湯田町のあたりで山の中で大きな地震が起きて、岩手県本当は過疎なのですけれども、全体としても。でも特に申しわけないのですが、沢内とか湯田あたりは人口が少ないです。あそこで秋田県を中心にして206人が死んで6,000棟が全壊というすさまじい被害が100年前に出ています。そういう地震もありまして、結構被害が出ておるということになります。
 どういう地震が起きるかといえば、三陸沖は繰り返し起きるのです、もう。プレートが潜り込んでいって、常に繰り返し起きて、そうすると津波が発生するということで、例えば江戸時代から津波はたくさん発生しています。最近は1896年、1933年、それから余り起きていません。漁業に被害等はありますが、人は死んでいません。チリ地震という地球の裏側からも津波が来ましたが、これは今はちゃんと予測がついていると言われます。
 この前に被害受けたのは、気象庁の当直がサボっていて電報が来たのを無視しておいたという、そういう人災みたいなことがあるということですが、今はそういうことはありません。ですので、この部分ではともかく地震は起きる。
 どのぐらいの地震が来るかということを考えると、実は浅いところで起きれば岩手県からは遠いわけです。プレートがこうだんだん深く入ってきますので、境目で起きると岩手県よりは遠い。近づいてくるとプレートが深くなってきますので、例えば盛岡の下では100キロあります。100キロの深さがあるということは、100キロ向こうで起きたというぐらいに弱まると、私は楽観視して阪神・淡路のように、震度7といえば建物は3割ぐらい壊れるという壊滅的な被害です。多分そこまではいかないでしょう。どのぐらいかというと、一応想定しているのは震度6というたぐいのもの、一部の家屋は損壊するというふうな形のものは起きるであろうと。ただ、全部崩壊して、この前パキスタンで被害ありましたよね。あれは孤立して、恐らく今も人が死んでいると思いますけれども、あんな泥の家が壊れるような形のひどいことはないだろうし、日本であんな手抜きのビルばかりがあるわけではないと思いますので、盛岡が壊滅的になるという形ではないというふうに予想はしています。
 ところが、これはまた嫌な話は、さっき浅いところで地震が起きると言いましたが、そういうところは繰り返し、繰り返し中がばりばり割れます。浅いところでばりっ、ばりっと。繰り返し起きているのを活断層というふうに呼んでおるのでありまして、この活断層というのは岩手県の中でも結構あるのです。一つはここに、川舟断層という沢内村に地表に現れた断層があるのですが、これは1896年に起きた地震が地表に現れたもので、こんなふうに田んぼの段差があります、1.5メーターぐらい。これ、だっと追いかけていくと十数キロぐらい見えるのです。今行ってもわかりません、ただ田んぼを整地しただけに見えるのですが、これはその地震で起きた代物で、その境目にもう家も建っています、こうやって。だけれども、いいですよ、これ1回動いたから当分動かない。次に動くにはもっともっと力たまって押されてこないと動かないので、別にここに家あったが、これはすぐということはない。むしろ逆に言うと一発ストレス解消やったらしばらくもつんじゃないのと。
 済みません、うちらも結構ストレスたまって、時に大宴会をしてうさを晴らさないと大変ですが、毎日なくても、昨日たくさん飲んでやったなといえば二、三日仕事たまっても何とかもつだろうという、例えが悪いのですけれども。ですので、これはこれで別にいいだろうと思います。ただ、こんなものが起きていると。そういうものがどこにあるかというと、この県境の折爪断層というのは、これどうも半分死んでいると思います。一番嫌なのは雫石の盆地のわきであります。これ実は動いたのです、さっき申し上げました岩手山動いたときに、98年に雫石で震度6という地震が起きました、こういうふうな。岩手山中腹でペンション村が随分やられました。これ何だかということを、あのときは岩手山が噴いたと思って、うちらも本当に真っ青になったのですが、それは火山ではなくて、さっきの活断層が動いて田んぼの中にこんな稲が倒れた線が出ていたのですが、これ30センチぐらい段差ができて、これはまさに活断層で、なかなか人間、我々学者が断層が現れるのは一生のうちで見れるかどうかというのは余りないのですが、なるほど出たなと、これ活断層だなということで、決して無縁ではない。幸いこれは人が余りいなかった滝の上温泉付近から、ペンションが少しやられたが、被害出なかった。幸いでした。でも、さっきの、これは不規則発言というと、何かちゃんと残るらしいけれども、雫石の盆地の断層の北側だけが動いた。全部割れたのではないらしいということで、ほか大丈夫かなという話はありますが、わかりません。
 それから、北上川平野のわきのところに花巻断層帯というのがずっとつながっているのです、水沢ぐらいまで。これは何遍も動いたという証拠があって、国からお金をいただいて大分調査をしました。最後は穴を掘って、実際動いた形跡があるかないかというのを目の当たりにすればいいわけです。ここにちょっと青い土の層がありますね。これ最初たまったのは平らに真っすぐたまっているわけです。ここですぱっと切れています。これはこのときに、この層がたまった後に地震が起きてずばっと切れたということで、要するにこれが堆積した後に地震が起きたという証しになるわけです。この辺の木の破片かなんか探して分析やると何千年前とか、何万年前というのがわかるのです。これ3万6,000年前でした。
 ちょっと上の方にも実はずれた場所があって、そっち調べたら4,000年前で、ここは4,000年前に最近動いたと。途中あるかもしれないが、どうももめてわからない。4,000年前に動いた。ところで、周期がわかれば、例えば4,000年ぐらいで繰り返し動いているというのがわかれば、4,000年たったということは、定期預金の満期になったということです。そろそろやばいよなと。例えば周期が5,000年だと、1,000年ぐらいゆとりあればうちらが生きている間にどうってことないでしょうというような、そういう判断ができるのですが、調べに調べたけれども、周期がわかりませんでした。ですので、これが安全かどうかということは何とも言えない。ただ、少なくとも何千年に一遍動いているものが、うちらがたかだか80年の人生のうちでぶつかるかといえば、それは可能性としては小さいというふうに、そういう予測をするしかないでしょう。明日起きたらどうすると慌てふためいても仕方ない。だけれども、これが直下で北上平野で、たとえていうならば花巻温泉のわき通って、紫波インターチェンジのところを通ってとかという、そういうところで動いたら、真上では震度7ぐらいのかなりの強烈なものが来るし、これが起きたらちょっと手の打ちようはむしろないのかなというふうな、嫌なことを思っています。
 あとよく先生方にちょっと御理解いただけるかと思うのですが、地震の発生確率という話も最近出て、何か新聞に、この活断層が30年内に動く可能性は0.0何%だという、わけのわからぬ数値出ています。あれ説明しにくくてしようがないのです。どういうことかというと、人間の寿命を考えたときに、今、平均でいえば八十何歳まで生きます。でも、50で死ぬ人もいるし、110まで生きる人もいる。そうすると、今八十何歳の人が死ぬ確率というと、今まで生きてきたので、これから先、つまり全体の人が死ぬうちで、その残りの可能性みたいなところがパーセンテージになるわけです。例えば、私が今60になったのですが、例えば今後10年間に死ぬ確率というと60歳から70歳までの間にというと、このある面積のところには確実に死ぬという流れの中でどのぐらいのパーセンテージなのか。例えば私が110歳、つまり50年後に死ぬ確率といったらもう100%です。絶対死にます。だけれども、10年間といえば今の年齢から今の面積がどのくらいかというふうな形で計算してきたのが確率なわけです。だから、0.0何%なんていうのはほとんど起きない。でも、20%といったって、それは非常に小さい確率、ただ、起きたら被害が大きいので、どうとるかというのは、もう行政的な判断になってくると思うのです。これがひとり歩きしていて、非常にやりにくい。
 岩手県でいえばそういう事態が来て、皆さんのプリントのところに、これは住民の方向けに地震発生時の心構えなんて、こんなのをちょっと書いておいたのですが、二つあって、三陸のプレートが動いたときには最初はカタカタカタという、こういう縦波が来ます。これがしばらく、続いてから大きな横波が来ます。三陸沖であれば十何秒間カタカタ続きます。これ小さいうちは大丈夫です。後からちょっと大きなのが来ますけれども、それで壊滅的になることはないし、一応念のために火を消すとかやればいいのです。最初からガタガタガタとでかいのが来ると、次の横揺れが非常に大きい可能性があるので、そういうときにはもう火を消すなんてやめようと、あんなのは火傷するだけですから。大抵はこぼれてもすぐ燃え上がりません。ガタッと来たら、火消している間にやられてしまいますので、ともかくここで言えば、私もすぐ机の下に潜り込んで、崩れたって何でもともかく空間つくって生き延びるというふうなことということで対応ができるのです。ところが、さっき言った直下型のやつは、いきなりドカッと来ますので、これははっきり言ってちょっと手の内がないと思うのです。阪神・淡路だって、いきなりガラガラッと来て、みんな家具の下敷きになって死んでしまったという、そういう状態で、これについていえば逆に言う普段からの備えをしておくしかないという、そういう直前では手の打ちようもないことだと思います。
 地震が予知ができればいいのですけれども、これできません。よく後からそういえばうちのポチが吠えていた、ナマズが動いたとか、いろんなことを言って、もしかすれば動物がそういうものを感ずるということがあるかもしれません、人間よりも感覚は鋭い。うちのポチもそういえばこの前の地震のときは吠えていたのですが、でもあれは猫が通るといつも吠えるし、地震以外で吠える確率が高くて、地震と対応があるかというとほとんどないだろうと。あるいは、こんな地震雲があったとかということを言うところもあるのですが、これもわかりません。ただ単に空気の竜巻のちっちゃいやつが出て、そんなようなものがあって地震雲だとか。何時何分に地震が起きるという予測は、今は全部デマです。それは絶対言えません。
 今対応しているのは、起きたときに早目に情報をつかまえて何か災害を防ごうと。今実際やっているのは、例えば三陸沖で地震が起きる。すると盛岡まで十何秒かかります。ぱっと向こうが感じたら電波飛ばして間もなく地震が来ますといえば、それなりにみんな体勢できるわけです。新幹線は270キロ、あれ脱線したら全部終わりです。飛行機事故と同じです。だけれども、すぐ減速すれば、100キロまで落とせば人は半分以上助かる。そういうことで、リアルタイム地震防災ということで、今は起きたのをつかまえて、すぐ連絡してよこせというシステムが、新幹線は動いています。ただ、この前の中越地震みたいに下で起きたら、地震起きた、止めろといった途端にガラガラガラと来るから、これはどうしようもないということで、そういう対応はほとんどできないのですが、そういう形での対応を今図っています。
 防災対策に何が必要かというと、さっき言った地震は予知ができませんから、起きたときにどうするかと危機管理、これ岩手県が阪神・淡路の後に随分やった幾つか、回し者ではありませんが、まとめさせていただいておりますが、例えば電話網という、これは電話がつながらなくなりますから、これまだ生きていると思いますけれども、衛星通信で情報をやる。ただ、盲点が車庫は大丈夫かと。立派なものがあっても車庫がつぶれたら終わりなのです。気象台でも随分非常電源持っていて、阪神・淡路のときも全部動いたのだけれども、情報が来なかった。何でかというと、そのエンジンは水冷式でやった。水で冷やしてエンジンを回す。水道が止まったら、すぐ焼けつくと。そういう盲点がいろんなところにあるのです
 あとは、非常に岩手山でも助かりました防災ヘリの「ひめかみ」。入った当時はこんなもの入れて税金のむだ遣いだという話があった、新聞にもたたかれました。遭難者が救援に行って、自力で下りてしまった、せっかくのチャンスをというそういうジョークがあったぐらいの時期があったのですが、今はもうこれはドクターヘリとしてオーバーホールのときにもう一機なければというぐらいになって、生きています。森林火災でも非常に活躍をして、地震のときにも、これは恐らく沿岸との連絡、緊急物資の輸送、中越地震でみんな孤立しました。そういうときに大きな戦力になるはずで、あとはこれが相互応援協定といって各県ごとに全部連携してやっていく体制ができています。
 ちなみに、私は生まれが秋田なのですが、秋田の防災ヘリは「なまはげ」といいます。男鹿半島で正月に「泣くわらすこいねえが」と言ってくるあのなまはげなのですが、しかしなんかふさわしくないと言ったのですが、隊長が「齋藤さん、いいんだ。全国どこへ行っても一発で秋田のヘリとわかってもらえる。ひめかみなんて美しい名前だとかえってわからん」という話をしていましたが、なるほどと思いました。
 あとは今は全市町村に地震計があります。テレビの画面ですぐどこが震度幾つと出ます。あれ昔は岩手県だって盛岡の気象台と大船渡、宮古の測候所しかないわけです。だから、例えば真ん中の遠野で大きな地震があったとしても出てこないわけです。大船渡震度3とか、そんなもので状況が把握できないのです。今中越地震だって、今まででいけば新潟震度4、でも山古志のあたりでは震度6、7というものまで出ていた。それは、今地震計が山ほどついているので、すぐリアルタイムで連絡されて、出てくるというところがあります。でも、この前どこかの地震計がそういうことで電波が来なかったといって新聞にたたかれていたのですが、私からするとそういうのは完璧にあるにこしたことはないけれども、人間の作った機械何万個もあれば、それはやっぱりある時期には不都合が起きて当たり前なのです。それが補完できるように二重三重をやっているので、それが1個支障があったから県の責任はとか、気象台の責任はとかという話ではないと私は思うのですが、そういうこともありました。そういう形で防災訓練をしているし、危機管理の体制が非常にうまく進んで、これはかなりの合格点がつけられるところまで来ると思います。
 それから、もう一つは、災害が起きにくい町をつくれと、実際、住宅が全部耐震化を図れればこれは被害を受けません。はっきり言って、今地震が起きて壊れているのはみんな古い家です。なるほどこの家なら壊れるなというのが壊れています。耐震化が図られれば被害が少なくなる、そうするためにどうするかというと、長期的な視点に立たなければならない。一つは、行政でいえばこういう、例えば木造住宅の危険、これどうするかといえば、一応建築許可も出しています。それから、耐震設計についていえば、これは規制の強化ではなくて、もう一つあるのは実は地震が起きても場所で揺れが全部違うのです。地下で岩盤割れて、下は硬いのです。大抵地表は軟らかいのです。そこで波が増幅されて揺れが大きくなります。盛岡でいえばこの県庁の下は岩手公園の御影石という硬い岩盤でできている。これ県庁は地下室つくれない、ダイナマイトかけても割れないぐらい硬い岩盤です。建物は知りません、私は見ていませんが、岩盤だけは硬い。だから、揺れないのです。ところが、青山町へ行くと、あそこは岩手山が崩れた土砂が50メートルもあります。物すごく悪い言い方すればこんにゃくの上に人が住んでいる。だから、同じ揺れが来て、盛岡で震度4といっても、それは気象台のあるところで機械が震度4示したので、県庁は3だった、青山町は5だったと、2ぐらい違うのです。だから、同じところであっても非常に耐震性の問題が違うわけで、一番今強いのは東署、新しいやつ、あれはちゃんと岩盤の上につくって耐震設計やって、しかも免震構造でゴムのダンパーの上に建物が建っています。揺れても全部吸収します。その上にヘリポートを造りました。ですので、最後になればあそこが緊急対応の一番の拠点になるということになると思いますけれども、ともかく地盤で違う。そういうのをうちらで実は調べていて、これは盛岡市で、ちょっと位置関係があれでしょうが、ここに盛岡駅があります。こっちは青山、みたけの駅ですね、雫石川が流れて、北上川がここを通る。色付きの絵を掲げておきましたが、これは去年、おととしに宮城県沖地震のときに起きた地震で、これは250メーター四方ごとに、ですから結構ラフです。住民の方に一々聞き取りをしてどのくらい揺れたかということでデータを出したのです。そうすると、赤いのは震度5以上、オレンジのところは震度4.5以上と、青山町、みたけ、滝沢は揺れが大きいのです。市内のところは青で揺れが小さい。だから、逆にいえばそういうことを考えて個人が住宅をつくるときには足元の地盤をちゃんと調べてもらう。きちっと耐震設計、はり1本入れるだけでいいです。あとは金具でとめるだけでも耐震性向上しますので。こんな立派な大きな窓ばかりつくるのではなくて、ちょっと硬くしようと。それは建築士も考える、それと住宅会社は手抜きするなと。もし崩れたら、今は賠償責任だぞということぐらいしてと、そこでは県の建築指導も要る。そのためにうちら集まっているのは、そういうメーカーの人もみんな集まってお互いに防災どうするかという仲間づくりしようという連携のことをやっているということもあるのですが、そういうふうなことをして、地震に強い家をつくる。一方、行政の方でいえば、これは県立高校の耐震化が非常に悪い。この前も大船渡の高校全部ひびが入ったりしました。ああいうのは避難の拠点にもなるのです。そういうふうなことをやっぱり公共の施設を防災の道具としてちゃんと整備しようと。
 ジョークではなしに、阪神・淡路の中で、岩手県でも冬場の防災訓練しました。みんな学校に避難しました。避難して助かったと思ったら、体育館で凍死したと。それ冗談でなくて、何も暖房ないわけです。今停電したら、温風のこんなヒーターだって役立たない。きくのはマッチで火つけた反射ストーブです。岩手山対策では雫石なんかでも全部町じゅうから石油ストーブの反射式を集めました。これで体育館を温めようという体制まで全部とりました。そうすると、やっぱり学校だったらつくるときにそういう施設を入れる、どうしたって避難場所にするとしたら、やっぱり飯も食わなければならない、調理場ちゃんとしておこう。地下には水槽タンク入れようとか、何かそういう機能を持たせておけば、これはいざというときのそういう対応にできる。だけれども、それ全部なんてお金ないでしょう。済みません、今日本で最大の問題点は財政の逼迫、貧乏だということです。金がない、子供は減る、人口が減る、これは壊滅的な問題です。県だってすさまじい数の借金状態で、学校を災害のために全部造れといったって無理です。だったら、例えばこういう被害の受けやすい拠点のところから計画を立てて一つずつやっていく。確かにここには西消防署なんていうのはかなり地下にボーリングを打って崩れないようにやっています。そういうところから順次防災の施設をつくってやっていけば、50年待とう50年、うちらの孫子の時代のときになったら住宅は全部建て変わる。公共の施設も耐震化ができて、それからいざというときの生き延びる拠点になる。病院なんかもそういうふうにやっていこう。そうすれば50年後には防災都市ができるのではないですか。だけれども、それを計画的にやっていない。これは済みません、大学もそうなので、よその悪口言うと自分の悪口になるのですけれども、例えば教育委員会がそういう視点で学校を一つずつ造るという、そういう長期計画持っていますか、あるいは県が公共施設をそういう形で位置づけて優先順位を決めて、50年後に防災都市をつくるという長期的な青写真持っていますか。ないのです。済みませんが、首長さんだってそんな長期にやっていない。防災なんて金にならないのです。票にならない。その間、災害が起きなければもうけものであって、それよりももう少しみんなから脚光を浴びる事業に税金使った方がいいと、完全の安全というのはどうしてもおそろかになるのです。だけれども、50年後をちゃんと見据えていかなければだめだと、そのためにはやっぱり首長さんにそういう方向性を出してもらう、それから実際担当の人だって2年、3年で替わってしまったのなら、この防災の経験全然生きないのです。多分阪神・淡路でいろんな人が行って、学んできました。岩手山でいえば火山ということで有珠にも行った。三宅は行っていないと思いますが、そういう形でやってきたというところが実は継続されていけない体制ということ、これをどう克服するかということが一番の課題だろうと。専門性と、それから継続性ということをやっぱり行政が対策で考えていかなければ防災に強い町はできない。
 最近いろんな面で言うと、私は、これ勝手な意見で済みません。地域づくり三つあると思います。戦争直後はろくなものなかったですよね。甘いものはサッカリンとばあちゃんのつくった甘酒だというのが私の思い出です。今ホテルでパーティーやったら甘いのをみんな食い散らかして、この前なんかは某医学の学会がやってアワビのステーキが山と出て、ううむ、何だこれはと思って、うちのかみさんに本当に1個、2個持って帰りたいというぐらいの思いがあったのですが、もう無理です。中国も勢い増しています。世界じゅうで相争います。戻りましょう、ひもじくなく。物はちゃんと食えるという、そういう時代、それをきちっと基本に据えるべきです。あとは安全です。自然災害どんどん起きている。だけれども、これ地球が生きている限り地震も火山も台風も来るのです。我々それに生かされてきたのだし、これからも生かされていくし、減災ということで安全を考えて、一方でいえば人間が、すぐお父ちゃんを子供が刺したとかという、そういう本当に信じられない出来事が起きて、そんなことを考えていると、これは本当に純粋な気持ちですけれども、うちらも留学生たくさん呼んできて何を誇ろうかというふうに思っています。自然災害には太刀打ちできない要素がある。だけれども、お互いが、人間が人間を殺し合うなんていうことは、それはやめればできる話であって、日本というのは60年間戦争しなかった。これは、多くの国が戦場になっています。だけれども、日本が60年間戦争をしなかったということは世界に誇ってもいいのではないかと。そのことは留学生には日本はそうやって平和に貢献してきたということは、やっぱり大事だと思うべきではないかと。
 キーワード二つ目、安全です。三つ目は精神的ですが、少し心安らかに、豊かにと。60になっても達観できないで私も情けなく思っています。煩悩も山ほどあって。でも、もう少しみんなと仲よくしてコミュニケーションとりながら、心豊かな社会、ひもじくなく安全で心愉快な社会と、そういうことを考えていく、その中でこの防災といったものをきちっと位置づけてやっていかなければいけないのではないかなというふうなことを強く感じていました。
 時間にもなりましたので、もう一つ宮城県沖地震についてどうかというお話もありまして、これは先ほど出た宮城県の沖合のところで30年おきぐらいに地震が起きます。最近でいえば前回が1978年、仙台でブロック塀が倒れて人がたくさん死んだというその地震です。その前が1936年、40年近くたっています。それが大体30年周期ぐらいで起きていて、今後30年間で起きる確率は99%、確実に起きます。それは済みません、委員長には失礼申し上げますけれども、50年後といえば、私予測します、絶対死んでいます。これ100%なのです。これは予測当たるわけです。私も同じように50年後といったら齋藤は死んでいる。だけれども、3日後にどうしているかということがわからないと本当は困る。それこそ今日あたり一杯やって、スナックの3階の階段から転げ落ちて死ぬかもしれないという可能性もあるわけでありまして、これは受けると。
 実は2003年に、5月26日に起きたわけです。これは震度6いきました。これが本体かということで問題になったのですが、このプレートが潜り込んでいて、想定された宮城県沖地震の境界で起きているやつだと、そのとき起きたのはプレートの中が悪い、2年前です。これは別物だという判断がなされた。これが別物だと言っているうちに、実はこの8月16日に起きましたね、新幹線も止まった。それもそのときに、これも本体かどうかということでいろいろ議論されたわけです。この辺で起きていたのが5月26だった、これがことしの8月だ、境界で地震が起きた場所も結構想定されるところに近いのです。これは学者が論争をやって、結果的にはどうも違うのではないかという意見が強いのですが、これ大胆に言います。そんなところまではっきりわからんのです。すごいラフなことを言うと、例えば30年おきぐらいに裏の山からイノシシか何か出てくるのですよ、もそもそと。次にシカが出てきたらしい、どうも30年に一遍何か出てくる。だけれども、そんないつもはっきりイノシシなのか、シカなのかということまで全部わからないわけ。今回も何か出てきたのです。ウサギだったのか、シカに見えたが、どうだと。何か来たのです。
 今も新しい地震学会というところで話が出たら、東北大の連中は、これは同一のやつであると。ただし、想定される場所の半分ぐらい壊れたのでちっちゃいやつだと、マグニチュードというのが地震の規模を示すもので、これ言うのは難しいのですが、1違ったら30倍違うのです。マグニチュード6と7は30倍違うのです。想定されているのは7.5だと、この前起きたのは7.2で0.3の違いで、非常に近いのですが、実は5倍か7倍か規模違うのです。だから、そこで起きた本体だったとしても一部が壊れただけであって、物は残っている。私は、そんなことよりもここではもう起きるのだから、やっぱり頼みますよと、30年のうちには震度6弱から強ぐらいのところが来る。これは県の方でも一応地震被害の想定やって、100人単位以上の死者が出るという想定はしていますが、この想定というのは非常に難しくて時間帯とかいろんな確率で変わってきます。ですが、死者が出る程度のそういう被害が来るということは想定して危機管理をやっているわけですけれども、ただ長期的な、30年後にもし起きるとしたら、それまでかなりできるでしょう。さっき言った長期的なまちづくり、それをしなければならないということが大きな課題で、これは議員の先生方にもぜひそういう点について強く訴えていただければということを思うわけです。
 最後に、岩手県でいえば津波の問題、御承知のように津波災害というのは、これは奥尻島の例ですけれども、かなりひどい、最後は焼け野原になってしまうという壊滅です。岩手県はそれやられています。今回、県の方で三陸沖等を考えた津波のシミュレーションというのをやって、例えば、これはたまたま大槌のところですけれども、これ全市町村やっております。全部ありますので、今は写しておられませんが、明治、昭和、それから想定される宮城県沖地震でどの程度被害が来るかと、何メートルまで浸水するかという、こういうふうなもの、何分で来るか、ただしこれこのとおり信用してはいけないのです。ある地震の規模を想定して仮定してやっているわけですので、それ以上のものが起きればもっと強くなるし、よくこういうのを出すと、おれの家はぎりぎりで来ないとかと。火山だって泥流が来ると、みんな見ているのは、おれの家が入っているか入っていないかと。そうではないわけよ。ですが、これ被害の目安としてそういうものを出して、あとどうするかというと、これ皆さん方のところでさっきは、これは津波被害の対応というふうなところでプリント2枚お願いしているのですが、こういうデータのもとにやらなければならないのは、津波というのは対応は楽なのです。今起きた後に気象庁が全部警報を出します。前は警報を市町村の首長さんがどうすべ、どうすべと悩んでいて、宮古出したから釜石も出さなければだめとかという話で、実は大変遅れたのです。今は自動的に警報が出たらすぐ避難の勧告出します。でも、そこには非常に重い首長さんが判断したというプロセスが入っているのです。自動的にやっていますが、それは同時に首長が避難をすべきだという責任上判断したということにして、一斉に避難勧告出すと。勧告出たら、逃げてくれればいいのです。逃げれば命助かるのです。
 津波災害を防ぐためには手が二つあるのです。町を高台に移す。だけれども、土地ないでしょう。あとは町は何十メートルの防潮堤で囲む。そんな防潮堤造ったら町がなくなります。どっちも無理です。あとは避難する。これ注意報は二、三年に一遍です、数えれば。沿岸というのは、これ言ってみれば、済みません、先輩たちもみんな持病を持っています。私も血糖値が高いとか、不整脈が起きるとか、これは薬飲んで持病でつき合うしかないのです。三陸に住んでいたら、津波は持病みたいなもので、それに対して身を守るということをやるしかないのだから、逃げなければならないのです。そのことをもっと具体的にやるのは、例えば私は岩手山で、公民館で住民の方とひざつき合わせてどやどややりました。こういうマップをもとに各市町村もう家にレッドカード張れと、あなたの家はこのぐらい被害受けた場所だと、逃げないとだめですよと、そういうことをやった上で公民館で地域の人と話し合いをする。
 今一番問題なのは災害弱者です。お年寄りをどうやって逃がすかです。これ実は問題、隠れているのは、本当はリストに入っていないのだけれども、日中例えばお父ちゃん、お母ちゃん稼ぎに行って、動ける子供が学校に行ったら、残ったばあちゃんはひとり暮らしと同じなのです。そういう世帯が山とある。それをどうするかというと、これ解決策ありません。今は自主防という形で地域の人とコミュニケーションをとって何とかしようということでやっていますけれども、それだって限度がある。その課題をどうするかというのは名案はありませんけれども、これやっぱりみんなで意識持つしかないし、そういう啓発をするしかないということで、この津波はいつ来るかわかりません。岩手山は当面危険性は去ったと思います。津波は岩手県で最大の課題であって、これどう啓発して逃げてもらうかです。これはいろいろ考え方があります。冬場にばあちゃん連れて逃げたって、あんな寒いところにいられないという話があります。避難場所にみんな暖房施設を入れて金かければできる。よく言われるのは、それだったら湾口防波堤に何千億かけるよりは避難場所を100カ所つくった方がいいとかという議論があるが、それはまた次元の違うところの話だと思うし、そういうものを政策的にどう考えているかと。
 今は津波避難ビルといって、町中のホテル等を避難場所にする。つまり、鉄筋の建物は流れない。そういう新しい発想で、多分皆さん方も視察に行かれたと思いますけれども、東海地震の方であれば地震が起きて数分で来ます。避難できません。そうすると、すぐ目の前のビルを使うとか、何かそういう対応をするというふうな新しい発想をして防災といったものを見据えています。そんな発想はたくさんありますが、岩手県でもこれが緊急の課題であるということ、危機感を持っているということを申し上げまして、済みません、1時間超えてしまいましたが、要点だけの話ということで、あと先生方に御議論いただくし、私めに何か注文が、あるいはこれはどうだという点がありますればこれからお話をさせていただきます。ありがとうございました。
○柳村岩見委員長 齋藤先生には熱く、岩手県における震災対策と課題について、御講演をいただきました。大変ありがとうございました。
 それでは、質疑、意見交換に入ります。ただいまのお話について質疑があればお願いをしたいと思います。
○藤原泰次郎委員 齋藤先生には大変示唆に富んだお話を本当にありがとうございます。私のような者にさえ十分理解できるような話でございました。感謝申し上げたいと思います。
 実は、つたない質問でございますが、今先生のお話にありますというと、岩手山はほとんど心配ないというふうなことなのですが、これはもちろん非常に想定というのは難しい話は再三お話あったのですが、地下の構造から見た場合、岩手山並びに岩手山の地下にも地震の起きる危険性という発生の予測というのは、これもはかり知れないわけですが、何年ごろというか、想定されるものが地殻構造の中でどんなことが考えられるのかなということが1つ。
 それから、もう一つは私もかつては議会でもかかわったことがあったのですが、現在災害対策本部になるわけですが、そうした場合に、私はいつも警察も含めてなのですが、やっぱりバックセンター的なものが必要ではないかというような、中枢部門が、仮に先ほどのお話のように集中した、例えば発電機を例にとりましても、そういったような事故があった場合に、本部設置の際にはバックセンター、もちろん事故発生後ですから、何もないところに作られると思いますが、常時警戒態勢の中においても私はそういうバックセンター的な役割の持つものをやっぱり設置すべきではないかというような感じを持っておるのですが、その辺がひとつ御指導いただきたいというふうに思います。
 さらにはまた、結果としてはいろいろと最終的には自己責任の中で避難しなければならない、とございました。何か事故があった場合に、あんたほの責任だというふうな問題にはですね、そういうことはこれから我々住民としても十分自覚しなければならないということが一つあるのですが、その辺のPRの仕方というのはどのようであればいいのかというようなこともひとつ教えていただきたいと思います。私からはその2点でございます。
○齋藤徳美参考人 ありがとうございます。難しい課題ばかりの御指摘でございまして、1つ、いつ起きるか。これわかりません。正直言うと誰もわからないと思うのです。次の岩手山は何年後かという予測は全くつきません。生きているうちにないかもしれないし、あるいは何かの引き金で今たまっているマグマのところに新たに供給されて、今度は早いよということがあるかもしれません。岩手山のほかに秋田駒ケ岳は30年前に噴きました。三、四十年であそこは噴火しています。そろそろ次があってもおかしくないなという、そういう気はひとつしています。ですが、正確には誰も予測できません。さっき申し上げたように、特に一番嫌な活断層は何千年に一遍、これが数年単位の予測も恐らくはできないと思いますので、残念ながら誰も責任持って言えないということが言えます。
 それから、中枢機構といったものの必要性、これは我々も本当にそれが大事だと思って訴えております。だけれども、例えば静岡県でいえば、あそこは防災局という100人近い専門の職員がやっている。これは東海地震というまさに切迫したものがあるという形で、それだけのものをかけています。長い間きついのだろうなという同情は持つのでありますが、では岩手県でそれだけできるか。この職員体制の中でそういう防災に対する中枢機構がどこまでいるかということは、私は作ってほしいというのが願いです。大学院も作りたいと思って文科省に予算申請していますが、もう独法化で全く無理です。
 極端な話をすると、数人の職員でも結構です。ある程度バックアップ体制として、一つのスペースのところで長期的にいろんな危機管理をやっていくということなども、もちろん今は総合防災室がありますけれども、もう少し専門の人が専門的にやっていくという形のものが必要ではないかというふうなことを思っています。
 こんな席で個人的な印象を言っては悪いのですが、今、岩手山対策で活躍した土井宣夫氏が、これは彼は民間人でして、地質学者としては一流で、ドクターということで本当は岩手大学の教授にしても全部審査が通っていくだけの学者です。私よりも向こうの方がもしかしたら多いかもしれないということですが、防災の担当ということで対策顧問、これは臨時です。岩手山対策が終わったら、一応所期の目的はということなのですが、私はそういうふうな人間が、極端にいえば非常勤ですので、物すごい安い半値の給料で働いているという現状もあれば長期的な防災対応、そういうふうな面で、そういう他には得がたい人間がそういうところで細々なりとも中枢を維持していくなんていうことも必要なのかなというふうなことを個人的には思ったりしております。こんな公の場で申し上げるべきではないのかもしれませんけれども、私も多分岩手県に将来的に防災といったものに骨を埋めてやる覚悟でおりますので、そういう気持ちでいえば行政の方にも何か対応ができないのかなという思いを常々しております。それは今の個人的な名前は別にして、いわゆる中枢機構組織といったものを何とかできないのか。これは先ほど申し上げました地域づくりのキーワードとして安全をちゃんと位置づけられるかどうかという、その位置づけによって努力するかしないかというある面では思想、理念の問題だというふうに思います。
 それから、三つ目は何でしたっけ、最近物忘れが激しくて、啓発の件で、これはなかなか難しい。人間は忘れるといういい才覚をもらっておりまして、忘れないと委員長を長年つらい思いをしてこの年までやってきたつらいことが毎日毎日浮かんできたら、もう首をくくるしかない。幸い神様が忘れるといういいことを与えてくれたということで何とかのうのうと生きているということがあるわけです。その面でいけば、災害についても喉元過ぎれば熱さを忘れる。火山についても「えっ、防災マップ、ああ、何かどこかにありましたね」というのが今の感覚です。ですから、これは地域の中で災害に対する、つまり自然との共生、我々は生かされているのだという、そういう話し合いの場とか、それから報道でのそういう特集なり、時にはそういうものを取り上げて目を向けるというふうなことが努力できる唯一の線だと思います。あとは一番いいのは人が死なない程度の災害が時折来ると言うと、みんな「えっ」と思って、刺激になると、これ非常に発言悪いのですけれども、そういうことが最終的な面でいえば、みんなの人間のためにはいいのかなという思いもしたりしていますが、そういう答えしか思いつきません。
○藤原泰次郎委員 関連でございますが、宮城県沖地震の関係の中で、今後何年かのうちに起きる可能性が何十%とかということが報道されたことがあるものですから、プレートの何か状況から見た場合の大まかなという意味で報道されると、あと何年の年起きるという細かいことではないのですが、地殻の構造上からの見た場合というのはやっぱりどのくらいですか。
○齋藤徳美参考人 宮城県沖地震についていえばともかく三、四十年のうちに繰り返して起きているという過去のデータからすれば、我々50年後は死んでいますよと、その間には起きるでしょうというところまでは言えるわけです。岩手山の噴火なんかは周期がありませんし、活断層も何千年に一遍かという正確な取り決めもないもので、そのあたりになるとバンザイだと。ですから、わかる予測が幾らかつきそうなものと、全く番外のものがあるというその違いということで御理解いただきたいわけです。
○高橋比奈子委員 私は、先日県議にさせていただいたばかりなものですから、こういう勉強を初めてさせていただいたので、すごく、とてもよくわかりました。先ほど骨を埋める覚悟でやっているとおっしゃいましたが、その思いがよく伝わって、大変勉強になりました。ありがとうございました。
 二つ質問させていただきたいのですけれども、先ほど問題点は災害弱者というお話をされまして、私も最初にこの委員会に入らせていただいたときに弱者に対する対策をとるようにお話しさせていただいたのですが、市町村に任せていると。それで、県はそれには関与しないというふうに言われたのです。ただ、阪神・淡路大震災のときには観光客と外国人と高齢者が一番被害がひどかったという情報がありますので、こういう方々に対してやっている市町村と全く手をつけていない市町村がありますよね。先日三重県に行きましたときに、三重大学と県が共同でそれに対してどうしたらいいかという共同研究を10年ぐらいまでに出したいということだったのです。ぜひ今後こういう方に対しての御助言なども、県にはいろいろなところを通じてやっていただきたいと思いますし、併せて、もしこれに対してこういういい点があるよということがあったら、今ちょっとお話というか、助言をいただければと思います。
 それから、ちょっと個人的に自分が家にいたときの地震対策として発生時の心構えというところがあるのですけれども、プレートが動いている10秒ぐらいのカタカタというときは三陸沖だとおっしゃったのです。音を伴っているときがありますよね、結構ドンという音がしたりとか、あれはどうというか、もし音とかの聞き分けもちょっと、それがベストというか、それだけということではないと思うのですが、その辺も踏まえて家にいるときのちょっと心構えをお願いいたします。よろしくお願いいたします。
○齋藤徳美参考人 後の方から。地震が起きたときの深さというものがかかわってきまして、特に深いところで起きた地震ですと硬い岩盤を伝わって、かなり下からゴンと入ってくるのです。その衝撃でいきなり大きな波がガンと来ますので、いきなりドカンと来たというふうな、音が伴うというケースは大抵は深いところで起きたりするんだけど、いろんなタイプがありますので、さっき十数秒は三陸沖だと言いましたが、そのほかにも例えば宮城県沖の地震もあれば、十勝沖地震もあれば、場合によっては日本海で起きる地震もありますが、要するにカタカタが続くということは遠方だと。花火上がったときに、明治橋の花火はピカッといってドーンと来ますよね。御所湖のダムのやつはピカッといって、何かしばらくのろのろした後にドーンとかと、あれは音は1秒間に340メーター、光は29万8,800メーターといいますから、光はあっと言う間に来るわけです。音は340メーターで、その分だけ時間かかるので。地震の最初の波は早く来るのです。遅れたやつは遅いので、時間差があるということは遠方だと。多くは三陸沖で地震が起きますけれども、三陸沖だっていう想定ではあります、遠方だということで御理解いただきたいと思います。
 あとは地震でもゆっさゆっさ揺れる周期の長いやつと、それから岩盤がばりっと割れてカタカタというやつもあって、これはいろんなタイプがありますので、これはやっぱりしばらく起きたら逃げないでゆっくり感触を味わってもらうとか、いろんなタイプがあるということがむしろ実感できるかもしれません。
 それから、災害弱者の問題、これは大変であります。市町村がという話は、現実的に住民との対応についていえば、やはり市町村の担当がかかわる場合が非常に多いわけです。どこに弱い人がいるか、そういう話も役場ではかなり掌握しています。その対策についていえば、県がある面では国との中間的なところにいて、その具体的なところまで個々の地域的特性も踏まえて、全面的に前に出るという話ではないだろうということは私もそう思います。ただ、どうしても広域的な対応をする場合には県の指導とか、あるいはやっぱり後押しがないと市町村そのものが動きが鈍いということもありますので、そういう意味でいえば、私はさっき申し上げました国、県、市町村の連帯、連携といった、住民からすれば県税であろうと国税であろうが、税金みんな同じです。税金払っているという、そういう感覚であれば、行政はやはり一体化した形で動かなければいけないだろうというふうに思っています。
 具体的に弱者をどうするかというかかわりについては、これは我々例えば県の方とも常々連携はとっておりまして、一緒に津波対策の調査をやるとか、あるいは今度シンポジウムを開きます、住民の人とも話し合いします。いろんな形でどう知恵を絞ったらいいかということについては共同研究まではしていませんが、かなり踏み込んだ相談はやっているつもりです。ただ、それがすべて生きているかというと、結果、難しいものですから、どうしたらいいのか、津波てんでんこでみんなばらばら逃げろというのが津波の状況なのです。そのときにうちの年寄りだれが運ぶのだという話を具体的にどうするかというと、これはもう仕方ないけれども、やっぱり地域のコミュニティーをどうつくるか。
 阪神・淡路で淡路島の町は人死ななかったのです。家みんな崩れたのですけれども、隣のおじいちゃんどこに寝ているか、周りはみんな知っているわけです。崩れた中から、「あそこにばあちゃんいるはずだ、掘れ」というふうな形で、結局地域のコミュニティーがみんな助けて、それは都会に行ったら隣は何をする人ぞというふうな形で、どうしても地域のコミュニティーをどう復活させるかということが今の災害弱者に対する話で、一方では噴火の時に目にあいました。雫石町では、弱者のところ全部リストアップして、対策図の中にみんな載せたのです。だけれども、それはプライバシーの問題、そして今は情報保護法というちょっと取り違えた形で走るようなそういうものが出てきて、我々学生を指導するときに親の職業どうだか、兄弟が幾つかもわからない。それでどうやって指導するのか、今はそれは目的を講じてちゃんと了解とってやっていますけれども、非常にそれが厳しくなってきて、ですので弱者のリストは結局役場が持っている別図面のところには全部掲載して、でも本当は消防から何から、あるいは隣とかがみんな見ていないと本当は役立たないのだと。でも、しかしそれができないという、情報開示について熟成していない社会の構造がある、その辺を克服していかないと。今岩手では、コンピューターのデータ整理で、どこにどんな人がいてというデータを全部打ち込んで、どう回っていけばどう避難させるかという、そういうシミュレーションといったものもかなりやって、危機管理プログラムをつくっています。それを行政の方に入れて対応と。でも、一方でいえばまた情報開示という問題のところがひっかかって、どこまでそれを出せるのだという、それが一つのネックになっていて、では、それ理解するにはやっぱりコミュニケーションしかないのではないですか。みんなこれ情報いるよね、出したっていいよね。そのかわり悪用しないよねという、そういう地域の了解を得たいみたいなことも一方で出てこないと何もできないのだろうと。地域に一人でも反対する人がいるので・・・・。
○阿部敏雄委員 今の図面の話ですけど、大槌にもいたのですよ。問題は障害者、役場しかわからないからそういうの出してですね、やるべきじゃないかと。ちょっと私民主党だから、別な政党だととんでもないと。そういう何ぼ正当理由であっても、やっぱりなくては国、行政、そういう障害の方をなぜ知らせてだめなのか。それは、岩手県だって町がやるべきでないのか、人任せみたいな。そして、そういう人ほど別なところに行くと言うのですよ、災害を。障害も老人も把握が一番大事だと思います。だから、誠に二度びっくりしています。今、先生がいったとおり、見ない人大概来ないから、見た人から口コミで言ったら本当にびっくりしているのです。
○齋藤徳美参考人 これは市町村はお金はない。だけれども、県の人は知恵と労力ぐらいは出してくれと、5年間うちらも行くわと、必要だったらひざ突き合わせて、火山にうちから200回ぐらい行きました。そうやって語ることによってやっぱり話がわかるし、その草の根の運動をして理解してもらわなければいけないし、その過程で情報も持たなければならないとかという相互理解が出てこないと、ただ一方的にこうだから出せとかというと必ず1人反発する。今の民主主義の時代になれば1人が反対したら絶対何もできないということになってしまうという、そういう大きな欠陥を抱えていて、何か起きれば、でも責任だという話が来るわけです。そこが非常にネックで、つらいと思っています。それが全部結構になったら大学運営も順調にいくのですが、なかなか過半数の代表でいくわけでもないし、全員賛成でもいかないしと、そうすれば本当に大きな悩みは共通でないかと思います。
○佐々木俊夫委員 素朴な質問をします。先ほど盛岡でも内丸と青山の地盤がすごい違うと。そうだろうと思うのです。1週間ぐらい前でしょうか、全国的な地盤の発表ありましたね。あれ見ますと、岩手県は全国的に地盤が強いという形で発表されたような記憶をしています。それはどういうように理解したらいいのだろうかな。北上山系は昔から地盤が硬いのだそうだということは知っていたのですけれども、この間、全国的な発表がありまして、国交省から、それが1つと。
 それから、先ほど秋田の「なまはげ」は随分活躍しているのだけれども、岩手県の「ひめかみ」は優し過ぎると、全くそうだと私も思うのです。といいますのは、岩手のヘリ「ひめかみ」は年中、1年のうちの何十%かは北上山系越えることができないのです、気象が悪くて。したがって、内陸には極めて有効なのですけれども、長い海岸線を持つ岩手県から見ますと、「ひめかみ」の活動範囲というのは何分の1なのです。したがって、海岸の方に「あらなみ」でもいいし、「つなみ」でもいい、ヘリをやっぱり配置しなければ本当の対策できないのだなと私ども言っているのですけれども、先生の御見解は。
 それから、もう一つ、極めて初歩的なマグニチュード、テレビに出ますね、6.1だとか、6.2と。0.1のところで何倍も違うのだそうだと、このごろわかってきたのですけれども、何でそういう計算の仕方をしているのだろう。これ学問的なものでしょうけれども、もっと国民にわかりやすいやり方ないものかなと、学問の世界がそのまま来てしまっているものだから、何で0.1が何十倍だと、こういう初歩的疑問を持つのですが、その辺庶民的なやり方ないものでしょうか。
○齋藤徳美参考人 ありがとうございます。揺れの違いということについていえば、これは、国はある面では物すごい日本人、というスケールで見ているわけです。ところが、さっき言ったように実際には私が250メーター四方で町なかのことを調べていると、それでも震度2も違うということがあるのですが、それはもう最後はゾウさんを乗せる何トンという体重計見ていれば1トンか2トンかわかるのです。でも、人間だったら何十キロ、でも薬品を扱うのだったらミリグラムのてんびんでなければならない。どのぐらい細かく見るかという違いで、大ざっぱに物すごいラフに言えば北上山地は硬い岩盤で揺れないのです。北上川の平野部は、これ川だということは、地盤が新しい、平らだったら大洪水起こしてみんな土砂流れたから平らになったのですけれども、そんな面でいうと大洪水が起きたから人間が生きているのであって、でも今また来たらみんな死ぬのです。ダム造ったって、堤防造ったって、100年に一遍の確率ですから。それ以上の造れば金かかって仕方がないというぐらいのものだということで、どういう目で見るか、ラフに見れば岩手県の半分は北上山地で硬いのです。
 本当は私はあそこの地下に日本のコンピューターのバックアップ基地を造って、今、首都圏がやられたら一番でかいの情報ですよ、銀行から証券から何から全部データにしてしまっているわけです。北上山系、山地が地震に強いのです。活断層もない。三陸沖で地震起きても、仙人トンネルの下はもつのです。あそこに首都圏の全部コンピューターを持ってきて大データバックアップ基地を造らないかとまじめに案を作って県も検討したんだが担当者が1年でかわっていたと。
 冗談は抜きにして、揺れの違いでいえば、これ実は盛岡市には、うちらが七、八年前に全部研究やってボーリングデータだとか、それから震度の調査でどこがどう揺れるかという、さっき絵で、カラーで示したののもっと詳しいデータを全部載せて、こういうものを参考にさっき言った公共施設を造ってくれ、あるいは建築業者もこれ使って役立ててくれということで、産学官の連携の会合、INSという岩手ネットワークシステムというところで地盤と防災研究会、そこに集まって、これ全部コピーとって作って配布したのです。だけれども、余りやっていない。今これはホームページに全部載せてどこからでも見れるように立ち上げたので、これは宣伝して行政にも企業の人にも使って、どこがどう揺れやすいかと事細かに全部図面で作っています。
 それを活用してもらうという動きを今しようといって、宣伝ですけれども、使ってもらわないと意味がないということで、それを考えているところであります。それから、「ひめかみ」、仕事はやっていますよ、本当に。昔は本当に何かの観測でぜひといえばあいていましたけれども、今はもうともかく訓練するにもゆとりがないというぐらいにフル稼働しています。そんな意味で言うと、確かに天候によってということがあるわけでありまして、それは沿岸部にもう1機常に対応するのがあれば、それは防災という面からすれば非常に有効だと私は思います。だけれども、あれ1機、忘れましたが、たしかフランス製のやつを買うときに核実験で機種が変わったといういわくつきのところもあるのですが、かなりの高い値段でしたし、それからそれを維持するためには防災航空隊十数人以上の人間が常に部隊で張りつくという人的にもかなり大きな、それは言ってみればどこに県の政策の拠点を置くか。さっき申し上げた安全ということをどこまでかかわっていくかというその姿勢の問題で、それにかかるお金はかけてもいいという形の住民の合意と説得性、理念があれば私はそれは大事なことだと思います。それはぜひお話しいただければ、合意形成ができるならば、それは大変安全のためには役立つと思います。
 それから、マグニチュードというのは、これ実際には最後はエネルギーなのです。エネルギーは何エルグとか、ジュールとかというそういう学問的な単位がありまして、例えていえば、では広島型原爆の何十個分がマグニチュード幾つだとか換算はしているのですが、どのくらいの規模だとか測る機械ないのです。最初やったのが、これはさっき言った揺れがゆっさゆっさ来たときの振幅、揺れの大きさからこのぐらい揺れれば恐らくはどのぐらいの規模だというふうな研究から始まったもので、この規定がある方式の地震計が、地震が起きたところから100キロあったとしたときに、そのときに観測された振幅のミクロンを回数であらわしたものだとかという非常にわかりにくいものなのです。それが世界共通で使われているもので、日本だけ変えるわけにもいかない。だから、それはもっとおっしゃるように何か考え変えて、例えば30倍違うのだったら1から1,000までの数値で規模をあらわせれば、今回の850です、次来るのは・・・。大変だな、倍々だから一、十、百、千、万、十万、もっと要るのです。規模が、物すごい、今の話で30倍だったら、2違えば1,000倍違うのです。それが7違うということは1,000倍の1,000倍の1,000倍だから、その数字であらわすのもまた非常にわかりにくくなるというところもあるのです。
 ただ、皆さん本当に震度とマグニチュードを混同して大変誤解を招いていますので、その方策が何かいいことはないかということは実は学会でも出ています。それは御指摘のとおりだと思っております。ただ、概数を使っているのは十、百、千、万、最後は億ぐらいのまでのものを扱っているもので、それを1億3,850だという話だと、逆にどうつなげるのだというところも一つあると思います。私も考えたいと思います。
○木戸口英司委員 ありがとうございます。我々も県議会でやっている限り県の防災に対する役割ということを考える場だと思っているのですが、市町村が防災を責任を持っていくと、また地域住民が取り組んでいくということ、それに県がどうかかわっていくかということ、その中で先生からも連携というお話がありました。いろいろ御示唆もあったわけですが、改めてそこの県と市町村というところでとらえて、今の本県の現状をどのように評価されているか、これからその連携をさらに進めていく上でどういう課題、問題があるのか、あるいはそれが進まないとすれば、そこにどういう問題があるのか、御意見としてお伺いしたいと思います。
 それと国ですけれども、先ほどお話あったように、ついこの間、静岡、三重というところに行ってきて、当然国としての相当な取り組みがあるわけですけれども、具体的に三陸沖地震について、国としてのかかわりぐあいは先生どのように、もっとあるべきとか、その辺も、もし問題があるとすれば我々もそういったことを国に対して大きな声を出していかなくてはいけないということがあるのではないかと思うのですけれども、その点も教えていただければ。
○齋藤徳美参考人 これは明快な答えがあってすぐ進むような違いですが、口で言うほど国、県、市町村の連携と言っても、確かに役割が違っている。それから、目線の向け方も違っている。権限についても違っている。その中で、どうそれを一蓮託生のものとして役割分担としてまとめるかというのは非常に厳しいところがあると思います。名案はありません。ただ、私が火山のときにやったのは、やっぱり担当の人間が一緒に集まってお互いに仕事をやりとりして理解できれば非常に生きるという、そういう実感を持ってもらうというところがどうしても必要だと思います。今の質問に関係するのですが、例えば火山の防災の問題にしても、あるいは津波の問題にしても、非常にお金を持っているところからすれば国交省、今は大きくなりました。ですので、例えばハードの施設で防潮堤を造る、あるいは道路を災害時に強くする、あるいは防波堤を造るとか、いろんな箱物の問題でいえばとても県が単独で、あるいは市町村ができる話ではありません。ですので、国のそういう面でいえば防災といいつつ、ある面では施策に沿った地域づくりのためのそういう視点といったものを出してもらわなければならないし、ですが、一方でいえば最終的に市町村が住民の人とまさに意識改革をしてともにやっていくということをしなければならないのです。そうすると、そこの場合では、お金の問題ではない努力というのが出てきます。それが今のところでいえば、例えば津波の問題で一緒の土俵で話し合って、お互いに、これ連携できればいいよねという具体的なものを深く進めて言っている状態でもないのです。それが難しいというのは、私がさっき言っただれかが接着点なのだと。はっきり言って、国にしても、例えばですよ、国道建設の事務所長は2年でかわっていく。防波堤担当のやつだって本省から来て長やってかわっていく。県にしても、本当に大変だと思うけれども、防災室関係の部分もやっぱり何年かでかわっていく。そうすると、みんながそれぞれどう組んでやったらいいかということのコミュニケーションとか基盤作らないうちに、またばらばらになるという形になって、唯一市町村の場合であれば、人数少ないですから、例えば消防交通係長が教育委員会に行ったとしても、その辺の同じ役場の中をうろうろしているから、いざとなればわっとできる話もあるのだけれども、どうしても人の動きの問題というところがうまくいかない。だから、私は例えば静岡なんかの場合でいえば、県の防災局のところがある面では国とのそういう接着剤、あるいは市町村との行動をうまくやりながら事業を進めていくような、核になって、ただし、長期的な積み上げと専門的なものを持ってやっていくというふうな工夫みたいなものをする余地があるのではないのかというふうには思っていますが、現状では組織的に、いる人の努力だけでもいけないような組織的なまずさがあるのだというふうに私は思っています。
 実際に岩手山のときには、大学が一番接着剤にいいものだから、INSとの会合の中で自衛隊から警察から国交省から気象台から、あるいは県下の市町村からともかくみんな出てこいと、そこで生の話やって、終わったら大学の生協で3,000円で酒飲んでみんなやろうと。それはやっぱりみんな助かったというふうな、一人では何もできないけれども、隣の町とこれなら共同できるだろう、あっちはこうやっている、では一緒にしようと、県の方にもこれをお願いしたいと。県も、それでは市町村これやってくれと、すぐわきには、うちの大学の隣は国交省の事務所があるわけで、言っては悪いが、単身赴任の課長はうちの食堂で飯食っているというような、そういうつき合いの中で、人のネットワークの中で組織のやり方というのを変えていくというのは大きいのです。国交省も喜んでいましたよ。箱物を造って金幾らでは説明できない。だけれども、市町村が何を望んでいるか、ソフトの面をやったと。そのこともそういう会合で、報道でも話をしていた、役割分担だと、そのネットワークがあって初めてできるのだよなというふうな話をして喜んでいたのですが、ただ山がおさまって、私とか何人かは残っていますが、全部人がかわったときに、またそれが復活できるかというと、さあ、それはまた初めから作らなければならないのかなというふうなちょっと不安は持っています。実際、例えば沿岸でも防潮堤を造る、あるいはその時、道路をもった国の予算でかなりの事業はやっていますが、そのことの意味と住民の人がそれをどう理解して防災意識を持つかというコミュニティーの接点が余りないのです。本当はそういうものも必要だし、さっき言った赤札も要るし、住民の人が自分たちのコミュニティーづくりの中でどう守るかという、それも必要だし、いろんなものが組み合わされて一つの防災、自然との共生という一つの大きな枠組みができるのですが、いい仕事はしていながら、それが作られていないというのが今の現状ではないわけです。その辺は、私はやっぱり中間のところで県あたりがそういう形の結びつき、これ全部は無理です。一つの町から、一つの市からなんてことを何か企画してもらえないかなという思いはございます。
○柳村岩見委員長 ほかにありませんか。
 (「なし。」と呼ぶ者あり。)
○柳村岩見委員長 ほかにないようですので、質疑、意見交換を終わります。
 齋藤先生、本日は御多忙のところをおいでいただき大変ありがとうございました。本日の調査はこれをもって終了いたします。先生に拍手をもって終わりたいと思います。
○齋藤徳美参考人 最後に一つだけ。そんなふうな自然とのかかわりということを、ちょっとこんな薄っぺらの本にまとめてみました。1部だけ置いてまいります。関心のおありの方は、たった1,000円でございます。ただ、私の口述筆記でぺらぺらと書いたもので大変不細工なものですけれども、関心をお持ちの方があれば。申しわけありません。そういうことまで。
○柳村岩見委員長 ありがとうございました。
 委員の皆様には次回の委員会運営について御相談がありますので、しばしお残り願います。
 次に、次回の当委員会の調査事項についてお諮りします。
 1月に予定されております委員会の調査事項ですが、津波防災について調査いたしたいと思いますが、これに御異議ありませんか。
 (「異議なし。」と呼ぶ者あり。)
○柳村岩見委員長 特に御意見等がなければ当職に御一任願いたいと思いますが、よろしいでしょうか。
 (「なし。」と呼ぶ者あり。)
○柳村岩見委員長 御異議なしと認め、さよう決定をさせていただきます。
 なお、当委員会の県内調査につきましては、さきに御通知のとおり、11月15日に実施いたしますので、御参加願います。
 以上をもって本日の日程は全部終了いたしました。本日はこれをもって散会いたします。

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