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第1回岩手県東日本大震災津波復興委員会での知事あいさつ

 委員の皆様方には、この岩手の命運がかかった重大な役をお引き受けいただき、感謝申し上げます。

 3月11日に発生した三陸沖を震源とする東北地方太平洋沖地震は、マグニチュード9.0と我が国の観測史上類を見ない規模の大地震で、その地震とその後発生した巨大津波は、東日本各地に甚大かつ深刻な被害を与えました。

 岩手県における死者数は、4月10日現在、3,811名、行方不明者数4,721名、避難者数45,319名となっています。

 想像を絶する津波被害のすさまじさは、人間の世界の出来事というより神話の中の出来事のようでありますが、これは現実であります。

 明治維新による県の発足以降の歴史の中でも、多くの大災害に見舞われてきた岩手にとっても、かつて経験したことのないような大災害です。先人に習って、決してくじけることなく、また、かつてないほどの努力と工夫をもって県民が一緒になって取り組んでいけば、この困難は必ずや克服できると信じています。

 震災から1か月が経過した本日、釜石市において犠牲者に対する黙祷を捧げるとともに、災害からの復興に向けて県民一丸となって立ち上がろうという決意を込め、「がんばろう!岩手」宣言を発してきたところです。

 被災地は、いまだ本格的な復旧が緒についたばかりであり、被災された方の生活再建が最重要課題でありますが、復旧から復興へと、未来を見据えた活動に向け歩きだすことも重要です。

 このようなことを踏まえ、県では、県としての復興計画を策定して参りますが、まず、復興計画のあらましである「ビジョン」を策定することとしております。

 復興計画は、津波防災や土木、都市計画等の専門家、研究者の方々の実態調査や技術的な意見・提言などをベースとし、被災地・被災者をはじめとする県内の各界・各分野の方々の復興への要望を盛り込んだ地域の未来の設計図とすることが必要と考えております。

 1923年、関東大震災後に帝都復興院を立ち上げた岩手県出身の後藤新平先生は、大胆な復興策を提案して大風呂敷と呼ばれました。しかし、後藤新平先生の提案のベースには、徹底的な調査と緻密な分析がありました。科学的、技術的な必然性と社会・経済的な必要性に立脚した地に足のついた検討を行うことで、結果として、既成概念にとらわれない、斬新なビジョンと計画を作ることができるのではないでしょうか。

 また、大正時代の内閣や国会が、すみやかに復興院を立ち上げることができたのは、大臣たちも議員たちも被災地・東京にいたからだと思います。何が起きているのかが分かれば、何をすべきかも分かります。「答えは現場にある」と言われますが、復興に向けての答えも被災地にあるのだと考えます。

 本日の委員会では、復興の必要な内容、さらにはビジョンの役割や配慮すべき事項につきまして御議論をいただきたいと考えております。どうか委員の皆様には、それぞれひとりひとりが後藤新平であるというつもりで、私たちのふるさと岩手の新しい歴史を切り拓く御議論をお願い申し上げ、挨拶といたします。

第1回東日本大震災津波復興委員会(H.23. 4.11)
達増拓也知事
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